(37)

 どうしてこうなった、とレンは思った。おかしい、とも思った。なんであんな流れになったのか、今でもレンはわからないし、結末にも納得はいっていない。


 レンの「逆ハーレム解体計画」は暗礁に乗り上げていた。あれからもレンは何度か似たような提案をしたものの、すげなく却下されるということを繰り返していた。


 アレックスとベネディクトがハーレムの解体を拒否する理由は、納得が行くような行かないような微妙なところだ。集約すれば「レンの身が危なくなるから」、ふたりともハーレムの解体には批判的なのであるが……。レンのほうは腑に落ちていない。


 いや、ふたりの言い分はわかるのだ。ベネディクトがハーレムに加入したことで、今でこそレンにアプローチをしてくる男子生徒は減ったものの、強引なアプローチを仕掛けてくる者がいたことは、ハッキリと思い出せる。だからふたりが珍しく口を揃えて、「ハーレムを解体すれば危ない」と言うのはレンにもいくらか理解できる。


 そしてハーレムを解体しようとした一因であるアレックスとベネディクトの不仲さは、ここのところは改善されている。ふたりとも嫌味の応酬くらいはするが、レンの意見に反対であるというところは一致しているせいか、妙に息が合っているのだ。不仲ムードはまやかしだったのかとレンが思うほど。


 しかし最大の懸念である「ざまぁ」される女の特徴ピッタリ、な件は解決のめどが立っていない。だれに「ざまぁ」されるのか、とかまではレンは考えていない。なぜなら「ざまぁ」はどこからでも飛んでくる可能性があると彼女は考えているからだ。


「学校に突如として編入してきた異世界人」という属性は変えられない。こんな無駄に主人公っぽい要素はレンとしては変えたいところだが、無理だ。ならば「イケメン逆ハーレムを築いている」という要素をどうにかすべきだろう。……レンの頭は終日暴走運転だった。


 だがニセハーレム解体は、当の成員――のフリをしている――であるアレックスとベネディクトに拒絶されてしまっている状況。八方ふさがりとはこのことか、とレンは頭を抱えた。レンは他者を説得できるほどの知性や機知に富んでいないため、八方ふさがりなのであった。



 そんなこんなでレンが打つ手なしの状況に追い込まれ、暴走する頭を悩ませているあいだにも、キャメロンは「奪っちゃいます」宣言通りの行動を開始していた。


 アレックスとベネディクトはキャメロンが好きではない――というか、真っ向から嫌いと言い切っているので、レンは彼女にはじゅうぶん注意するようふたりに警告はしていた。レンはふたりがハーレムの解体を拒絶するところはどうにかして欲しいと思っていたが、ふたりのことが嫌いになったというわけではなかったので、それなりにキャメロンの言動は心配だった。


 今のところ、アレックスとベネディクトのふたりがキャメロンの毒牙にかかるという状況は、レンには想像がつかない。ましてやレンのハーレムを抜けてキャメロンになびくというところも。……レンとしてはふたりの意思でキャメロンになびいてくれて、己のニセハーレムを抜けてもらっても、まったく構わなかったが。


 しかし先述した通りふたりはキャメロンがお気に召さないようである。まあ、その気持ちもわからなくもない、というのがレンの感想だった。キャメロンはあまりにあざとすぎる。もう少しそこがなんとかなれば、無駄に女子生徒からヘイトを集めたりもしないだろうに、とは思うものの、そんなことはキャメロンには言えないのがレンだった。


「離れろ!」


 急に声がしたものだから、レンはびっくりしてそちらを振り返った。いつかのように中庭を挟んだ向こう側にベネディクトとキャメロンがいた。廊下をまばらに行く生徒はベネディクトのほうを振り返って、キャメロンがそばにいるのを確認すると、かかわり合いになりたくないとばかりに早足で通り過ぎて行く。


 レンはキャメロンの「奪っちゃいます」宣言があったこともあり、ベネディクトのことが心配になって中庭を横断し、彼のもとへと向かった。


 近づいてわかったが、珍しくベネディクトは目を潤ませていた。そしてキャメロンを熱心に――というか、忌々しげな熱を伴った目でねめつけていた。レンはなにがあったのかわからなかったものの、トラブルが確実に起きているだろうことは察した。


「今のはなんだ?」

「なんのことですかあ?」

「なにか僕に仕掛けただろう。――魅了魔法か?」


 魅了魔法! レンは心の中で大いにおどろき、「ざまぁ」モノの鉄板である魅了の魔法がこの世界にあることを知った。そしてやはりここは漫画かライトノベルの世界である可能性は大いにあるな、とオタク脳で考える。どんな内容なのかはさっぱり想像がつかないが。


 キャメロンは上目遣いにベネディクトを見て、目を潤ませる。「あ、あざとい……」とレンは感心した。しかしキャメロンのそれは、ややオーバーリアクションに映る。つまり、庇護欲をそそられる前に鬱陶しく感じられてしまう。それはレンがキャメロンと同性だから、というわけでもないようだった。


「そんな卑劣な魔法! わたしがかけようとするわけないじゃないですか!」

「そうか。ならば今から共に職員室へ行こう。まったくの無実であれば僕は謝罪する」


 フリートウッド校ではよほどの理由がない限り、実践の授業以外で魔法を使うことは禁止されている。単純にまだ魔法技術が未熟な生徒たちが、日常的にそれを扱うとなるととても危ないからだ。もちろん魔法の使用がバレれば、それなりに罰則を与えられるし、悪質な場合には退学もあり得る。


 もちろんキャメロンがそんなことを知らないわけがない。彼女は魔法科に在籍しているのだから、口を酸っぱくして聞かされているはずだった。その証拠とでも言うように、ベネディクトの言葉を受けてキャメロンは挙動不審になる。


「そんなおおごとにしなくても……」

大事おおごとにするべきだろう。授業と緊急時以外の魔法使用は校則違反だ。先ほどのは軽度の魅了魔法か? しかし軽度であれど僕の体にはまだ魅了魔法をかけられた痕跡が残っているだろうな」

「ひどい! うたがってるんですか?」

「当たり前だろう。君に声をかけられて、その目を見てから身体の様子がおかしくなった。となれば原因は君だと考え、職員室への同行を願うのは愚行とは言えまい」

「わたしはそんなことはしません!」

「水掛け論は時間の無駄だ。さあ、職員室へ――」


 キャメロンは――逃げた。だれよりも短いスカートを翻してドタバタと優雅ではない走り方をするから、裾からパンツが見えないかレンはヒヤヒヤした。


 残されたベネディクトはキャメロンを追うつもりはないらしい。ため息をついて肩をすくめたあと、ようやくレンがそばにいることに気づいたようだった。

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