(30)
本格的に冬が到来し、積雪が観測されるようになった時分。その日、昼の間にうっすらと雪が積もった夕方、キャメロン・カラックは寮監のジェーンに連れられて女子寮にやってきた。くるりと上を向くまつ毛の可憐さ、栗色でふわふわの巻き毛と華奢な手足に、豊満な胸部。妙に高く甘ったるい猫なで声……。
キャメロン・カラックは、男が想像する「女の子の中の女の子」が突然肉体を得て空想から出てきたような、非常に愛らしい少女だった。しかし彼女が持つのはあくまで「男が想像する」という冠詞がつくような可愛らしさ。そのあまりのあざとさに、女子寮にいる寮生たちの雰囲気が一度に悪くなって、レンは内心で悲鳴を上げた。
しかしさすが、寮監のジェーンは厳格な咳払いひとつでその空気を散らす。
「キャメロンは生まれつき体が弱く今まで学校には通わずに療養していたそうよ。みなさん、この寮の先輩としてキャメロンのことを気にかけてあげてちょうだいね」
「もちろんです。よろしくね、キャメロン」
「は、はい……よろしくおねがいします」
率先して声を上げたのは女子寮の寮長であるイヴェットだけだった。他の寮生は注意深くキャメロンを観察しているか、あるいはあからさまに敵愾心をにじませた視線を飛ばしているのだから、レンは怖くて仕方がなかった。
しかし寮生たちがキャメロンを――レンが入寮したときとは違って――脅威とみなすのも無理はないと思った。だって、可愛いのだ。ピーチズクリームの肌に、グロスを塗っているのかぷるぷるの小さな唇。小ぶりな鼻に、まろい輪郭。ほっそりとしていて折れそうな手足。丸くてくりくりとした目。――まごうことなき、美少女である。
レンがもっとも見てしまったのは豊満な胸部だった。バストサイズで鳴らすグラビアアイドルもかくやというほどに大きな胸は、窮屈そうに制服のシャツを押し上げている。こんな胸がゆさゆさと揺れたら、思春期の男など一発で沈められるだろう、とレンは下世話な想像をする。
対して、己の胸部の貧相さたるや。インターネットでは貧しい胸を指して「絶壁」と表現することはあるが、レンはまさにそれだった。思わずキャメロンの胸と自分の胸を見比べて、その差にため息をつきそうになる。なんだかんだ言って、レンも大きな胸には興味があるのだ。隣の芝生が青く見えがちなように。
そして体が弱くて今まで学校に通ったことがない――つまり、箱入り娘だ。年中健康体で病気とは無縁なレンとは根本から違う。ついでに声質もあまりに違いすぎた。鈴を転がすような声とは、キャメロンの声のようなことを指すのだろうとレンは思った。
寮生たちが警戒するのもむべなるかな。彼女らはよりよい将来を設計するために、この名門校で日夜優秀な男を探している。そのレースにキャメロンが参加するとなれば、敵としては強大なものとなるだろう。
――これは……明日からひと波乱ありそうだな。
レンの予測は半分は当たった。たしかにキャメロンによってフリートウッド校には波乱が訪れることになるのだが、それは一度きりのものではなかった上に、まさか己が巻き込まれるとまではレンは想像だにしなかったのである。
レンは知らなかったのだが、キャメロンの実家であるカラック家は知るひとぞ知る名家であるらしい。旧家とも言い換えられる。つまり、今はあまりパッとしない――と教えてくれたのは、イヴェットのハーレムメンバーであるマーティンだった。偶然出会ったときにキャメロンの話題になって教えてもらったのである。
名家のお嬢様で箱入り娘……。おまけに美少女。レンの予想通り――否、予想を超えて、フリーの男子生徒たちはキャメロンに殺到した。今までレンにアプローチをかけていた幾人かの男子生徒も、キャメロンのほうが付け入る隙があると思ったのか、その肩書きにやられたのか、あるいは美少女がよかったのか……とにかく、レンをあきらめてキャメロンへと向かって行った。
レンは、キャメロンには悪いと思いつつそんな流れにホッとする。異世界人というだけで珍獣扱いなのに、その上貴重な女とあってレンは注目を集めていたのだ。けれども今やこのフリートウッド校でもっとも――色々な意味で――ホットな女子生徒の座はキャメロンのものとなった。そのことに、レンは密かに安堵する。
キャメロンは今まで別荘で療養していたと主張する通り、その美貌にもかかわらずハーレムを持っていないらしい。フリーの男子生徒たちの多くはそれをチャンスと捉えた。申し分のない血筋と「太い」――と思われる――実家。可憐で美しい容姿だが、世間知らずでどこか抜けているキャメロンは、たちまちのうちに男子生徒たちの人気を集めた。
一部の男子生徒のあけすけな評では、体が弱いのではお話にならない――つまり、多くの子を儲けられないのではアプローチもムダだと考える者もいた。けれどもそんな評をねじ伏せるほどに、キャメロンの外的魅力は圧倒的だった。
キャメロンの編入によってフリートウッド校の男子生徒たちは大いに沸き立った。そして一部の女子生徒たちの悪感情も沸き立った。そうなると女子寮内の雰囲気も悪くなる。キャメロン本人や、品行方正で優等生のイヴェットがいないときなど、一部の寮生は愚痴三昧になる。レンはそれから逃げるように個室にこもることが多くなった。
残念ながらレンには、寮長のイヴェットのように「陰口はよくないよ」などと言える根性も、綺麗な心もなかった。むしろ愚痴を言う側の生徒に共感してしまう部分すらあった。悪意を感じさせないキャメロンの、世間知らずゆえの天然な振る舞いには、レンとしても色々と思うところがあるということだ。
男子生徒にちやほやされて、かしずかれて、誉めそやされて、一応は恥ずかしがるものの、そういうことをされて当たり前と言わんばかりのお嬢様的態度は、一部の男子生徒や、大体の女子生徒にはあざとく気に障って映る。
そしてレンはそんなキャメロンを羨ましいと感じている自分に気づいて、恥ずかしさで死にそうになった。
――そりゃ羨ましいよ?! だってキャメロン、めっちゃくちゃ可愛いんだよ! ああ~……生まれ変わったらキャメロンみたいな女の子になってみたいなあ……。
逆立ちしたってレンはキャメロンにはなり得ない。それをわかっているからこそ、レンは大いに劣等感を刺激されるわけである。だから、キャメロンとは同学年だがあまりかかわらないようにしようとレンは決めていた。
だがしかし、キャメロンという名の嵐は、レンの思惑に反して彼女を巻き込んでいくのであった。
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