(31)

「キャメロン・カラックは嵐のようだな」


 次の授業が始まるまでの合間、ベネディクトに誘われ、なりゆきで中庭のベンチに腰を落ち着けているレンは、彼のそんなひとことに深くうなずいた。


「先輩の学年でも話題ですか」

「大いに」

「そうですか……。まあ、家柄美貌そろって、性格もふわふわしてて可愛いですもんね」

「ああいうのがいいのか? 趣味が悪いな」

「いや、一般論であって別に私の趣味では……。そもそも私の恋愛対象は異性ですし。……でも、まあ、彼女みたいなタイプの女の子って好き嫌いがハッキリ出ますよね。アレックスも先輩と同じような反応でしたよ」


 アレックスと同意見であったことがよほどイヤだったのか、ベネディクトの目が細められる。しかしそんな仕草ひとつ取っても彼は絵になるので、美形のパワーはすごいなあなどとレンは思うのであった。


 レンはてっきりアレックスなどキャメロンの美貌に鼻の下を伸ばしそうだと――失礼ながら――思っていた。しかしふたを開けてみれば真逆の反応だったので、レンはちょっとおどろいたわけである。


「ああいう手合いってちやほやしているうちはいいけど、しなくなったらすぐ涙とかに頼りそう……な雰囲気がイヤ」……らしい。そういう邪推とも言える論が出てくるのは、アレックスが一度ハーレムに入って、色々と面倒な経験をしたことが影響しているのかもしれない。


 とにかくアレックス的にはキャメロン・カラックは「ナシ」であるらしい。レンとしては意外だった。


 一方、ベネディクトがキャメロンを辛口に評したのは、あんまり意外性を感じなかったどころか、「やっぱりな」とすら思った。個性が強く直截な物言いが多い彼からすれば、育ちのせいかなんでもかんでもしてもらって当たり前の、察してちゃんの傾向があるキャメロンとは相性が悪いだろう。


 キャメロンのふわふわとした物言い、おずおずとした態度は、ひとによっては庇護欲をそそられるのだろうが、ベネディクトの場合はイライラを募らせそうだとレンは勝手に思う。付き合いは短いがなんとなくレンはベネディクトの性格を把握し始めていたので、その想像は大いに的外れ、というわけでもないだろう。


 ハーレムを持つ女子生徒はキャメロンの登場に警戒信号を点滅させている者もいるが、己はそういうこととは無縁そうだとレンは高を括る。そもそもレンのハーレムはニセモノであるから、万が一にもキャメロンのハーレムに移りたいなどと言われても、彼女は快く見送ることができるだろう。


 まあ、今のところそのような展開には微塵もならなさそうだ、というのがレンの考えである。アレックスもベネディクトも、キャメロンみたいな女の子はタイプではないらしい。となると、いったいどんな女の子が好みなのか、レンはちょっぴり気になった。ただ、改まって聞くのはなんだか気恥ずかしい気がしたので、口にはしなかったが。


「ところで君とアレックスはどういう関係なんだ?」

「え、いきなりですね……。どうって……友達ですけど」


 ここで「親友」という言葉を使えないのがレンだった。気持ちとしては親友なのだが、アレックスのほうがどう思っているかわからないので、無難に「友達」と答える。アレックスはレンとは違って顔が広いし友人も多い。その中にはもしかしたらアレックスが「親友」と呼べる者もいるかもしれない。そう考えるとやっぱり、レンは「友達」としか答えられないのであった。


「本当か?」

「本当です」

「性交渉などはしていないんだな?」

「せっ……!?」

「ならいい」


 ベネディクトは納得の行く答えを得られたような、満足げな表情を浮かべて軽くうなずいた。しかし奇襲を仕掛けられたレンは納得が行かない。


「――よっ、よくないですよ! なんなんですかその質問! セクハラですか!?」

「君のハーレムの成員として確認しておかなければと思ったんだ」

「『ニセの』ハーレムのね……。っていうかなんでいきなり……」

「そういうパターンもあるかと思ったんだ」

「ないです。あり得ないです。アレックスは普通の友達ですし、私は未成年とはそういうことはしません!」

「……ん? 君はもしかして、僕らより年上なのか?」

「そうです。……って言ってませんでしたね」

「いくつだ?」

「……今年で二〇歳になりました」

「そうか」

「そうです」


 ベネディクトはレンの実年齢を聞いてわずかに目を瞠った。声にはおどろいた調子はにじみ出ていなかったものの、アレックスに実年齢を告げたとき同様、少なからずベネディクトもレンの歳におどろいたようだった。


「敬語を使ったほうがいいだろうか?」

「いきなりですね……。気にしなくていいですよ。この世界の学問に関してはベネディクト先輩は『先輩』なわけですし」

「それならいいが……。しかし君は成人しているのか」

「ええ、はい。……見えないですか?」


 アレックスもびっくりしていたのだ。そんなに己は幼い精神性の持ち主に見えるのかとレンは少し落ち込む。大人びた性格ではないが、周囲の高校生たちに比べれば落ち着いているんじゃないかと、レンは自分で思っていたので。


「そう言われればそうなのだろう、と思うくらいだ」


 直接的な物言いが多いベネディクトにしては、こちらを気遣うような言葉だったので、レンの胸に棘が深く刺さった。ベネディクトがそうやって気を遣うていどに、レンは未成年と言っても問題がない人間に見えるのだろう。レンとしてはショックであった。


「しかし成人か……」

「あ、もういいです。そう見えないのはわかってます……」

「なにか勘違いしているな。僕は来年には一八になる。そうしたら成人と性交渉しても問題ないなと思っただけだ」

「いや?! なに考えてるんですか?! ……あ、も、もしかして気になるお相手がいるとか……?」


 仏頂面でいることの多いベネディクトが、珍しくニヤリと笑った。アレックスもわりとする、意地の悪い笑い方だ。レンはそんなベネディクトの反応に冷や汗をかく。


 いや、そんな、バカな、と思いつつも、話の流れからしてベネディクトの言う「成人」とはレンのことを指すのだろう。さすがのレンもその可能性に思い至り、こうして冷や汗をかいているわけである。


 レンは笑うベネディクトに合わせ、反射でいつもの曖昧な笑みを浮かべてしまう。散々ベネディクトに注意されていたにもかかわらず、思わずそんな風に場を誤魔化すような反応が出てしまうのであった。


 そんなふたりの微妙な空気を一掃する、鐘の音がスピーカーから響き渡る。


「――あ、えっと、予鈴鳴りましたね! それじゃあ私はこれで!」


 あわててベンチから立ち上がり、ベネディクトに向かって軽く頭を下げる。ベネディクトは含みある笑みを浮かべたまま、なにも言わなかった。それが妙に不気味で、ベネディクトに背を向けたあとも、こちらを見られているような視線を感じ、レンは思わず抱えていた教科書類をぎゅっと握りしめた。

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