(29)

「いや、別にオレは……いや、それにレンは恋人なんて求めてないし。オレたちはあくまでそういうフリをしているだけで――」

「その気がなければその気にさせればいい。ひとまずニセハーレムに潜り込めたんだ。それに付け入る隙は大いにある」

「……あくどい」

「『恋と戦争は手段を選ばない』と言うだろう? レンの気持ちも大切だが、おもねってばかりでは欲しいものは手に入らない。……そう思わないか? ハートネット」

「いや、だからなんでいちいちオレに対して挑発的なんすか」

「わからないのか?」

「……っすね」

「それならそれで別に僕は構わない。ハートネットはどうだか知らないが」

「だーかーらー。いちいちなんなんすか、それ」


「……なんか、仲良くなった?」

「うおっ、レン!」


 ベネディクトばかりを注視していた――というかにらんでいた――ために、アレックスはレンが戻ってきていることに気づくのが遅れた。対するベネディクトは涼しい顔をしてレンを見る。その横顔に冷たさはなく、アレックスはいい気分にならない。


 レンはと言えば、当初のベネディクトの冷たい印象は緊張のためと弁明されたし、自らに向けられる視線が柔らかいものに変わっている今、かつて彼がそんなイメージであったことを早くも思い出せないでいた。


「帰ってきたか」

「はい。だいぶ待たせた感じですか?」

「いや、そんなことはない。ハートネットとは色々と有意義な話が出来た」

「和解できた感じですか」

「別に最初から反目し合ってはいないが?」

「あーまあ、はい。そうですね……」


 ベネディクトの主張にレンは反論の声を上げなかった。表向きは和やかに挨拶を交わしていたのだ。それを深読みするのは邪推と呼ぶのだろう。それをわかっていたから、レンはベネディクトの言葉でひとまず納得することにした。


 それでもアレックスとベネディクト、ふたりのあいだに流れる空気はいいものとは言いがたい。アレックスは不機嫌そうにガラス張りの壁越しに外のテラスへと視線を飛ばしている。しかしレンがこちらを見ていることに気づくと、一転していつもの笑みを浮かべた。


 ――この場合、気を遣うべきは私なんだろうけど、気を遣われている……。


 ニセとは言えどもレンはハーレムの主人。ベネディクトが主張する通りに本気で「男子生徒除け」をしたいのなら、それらしく振る舞う必要があるだろう。つまりハーレムを構成する成員間の感情を調整し、平等に愛を与える。実際にそうする必要はないのだが、それらしい振る舞いは要るだろう。


 そう考えるとさっそく不仲となってしまったらしいアレックスとベネディクトに、なにか「適切な言葉」をかけるべきなのだろう。……だろうが、レンの頭にはその「適切な言葉」が一向に浮かばない。ひねり出そうとしても、恋愛経験値の低すぎるレンには、ちょっと無理な話だった。


 レンには当たりのいいネコかぶりのベネディクトに、引きつった笑みを浮かべてベネディクトを見るアレックス。ニセのハーレムだと言うのに、レンは大いに振り回されていた。心なしか、胃痛すらする。


 放っておくこともできないが、しかし介入するのにはスキルが足りない。八方ふさがりとはこのことだろう。


「えーっと……そうだ、私の登下校の送り迎えについてなんですけれども」

「明日から僕とハートネットが一日交代ですればいいんじゃないか」

「そうですね……アレックスはそれでいい?」

「センパイはそれでいいんすか? 忙しいならオレひとりでも大丈夫っすよ」

「問題ない。ハーレムの主人のために時間を捻出できないで、成員を名乗れはしないだろう」

「そんなに気にすることないと思いますけどねー。レンだってそうだろ?」

「え? まあ、無理なら無理でも――」

「無理じゃない」

「そ、ソウデスカ」


 レンにはアレックスとベネディクトのあいだにバチバチと火花が散っているように見えた。しかしなぜそうなっているのかまではわからない。単純に相性がよくないのだろう、と思った。


 もともとアレックスは奨学生スカラーにいい印象はないようだったし、ベネディクトはベネディクトでアレックスは下心アリと勝手にみなしている。そういう、内に秘めた空気が言葉の端々ににじみ出て、なんとなく「いけすかない相手だ」という印象を形成しているのかもしれなかった。


「他に僕にして欲しいことはないか?」

「……特には。今すぐには思いつかないです」

「勉強を見てやることもできる。僕は学年主席だからな」

「勉強かあ……私の部屋で勉強会をするのもいいかもしれませんね。ほら、周りへのアピールにもなるし」

「えー? それなら街に出ようぜ。休日なら外出してる生徒も多いし、不特定多数の目に触れる場所でアピールしたほうがよくねえ?」

「一理あるけど……アレックスは勉強したくないだけでしょ」

「バレたか」


 若干不機嫌そうな、不満そうな顔つきだったアレックスに、冗談を言う調子が戻ってきたのを見て、レンは安堵する。しかし今度はベネディクトを見れば、なぜかもの言いたげに彼は目を細めているのだった。


 あちらを立てればこちらが立たず。――そんな言葉がレンの脳裏をよぎって行った。やはり己にハーレムの運営は無理だと、レンは心の中で泣きごとを言う。ニセのハーレムでこのざまだ。本気のハーレム運営とは修羅道にほかならないとレンは思った。


 修羅場をさばけない己はハーレムを持つべきではない……。レンはしみじみと決意する。


 そしてレンがそんなことを考えているあいだにも、アレックスとベネディクトは口を開けば刺々しい物言いで応酬しているのだから、参ってしまう。胃痛が気のせいではなくなるときは近いのかもしれない。


 レンは密かにため息をつき、アレックスとベネディクトの会話に割って入るべく腹を括った。

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