(21)
「やっぱり私にはハーレムは荷が重いわ」
授業と授業の合間の休憩時間。アレックスに「お茶会どうだった?」と聞かれたレンはそう率直に答える。ハーレム……夢の言葉だが、夢は夢のままにしておきたい。レンは件のお茶会を経て、そう気持ちを新たにしたわけである。
どこか疲れた様子のレンに対し、アレックスはニヤニヤとどこか意地の悪い笑みを浮かべ、上機嫌だ。
「まあのんびりしてるレンには無理かもなー。ハーレムは」
「私がハーレムが無理という意見には同意するけど、のんびり屋ではない……と思う」
「そうか? 結構マイペースだと思うけど。にぶいっていうか」
「ええ?」
鈍感だと言うアレックスの言葉に、レンは納得がいかない。勘が鋭いという自覚もないが、にぶいつもりもなかったので、レンとしては心外である。おまけに「のんびりしてる」ときた。これは、抗議の声を上げるべきだろう。しかしそれよりも先にアレックスがこれまたレンにとって心外なことを言う。
「レンは『おこちゃま』だからなー。まだまだハーレム持つのは無理でしょ」
「おっ……」
レンはびっくりした。心外すぎてびっくりしたのもあるが、レンはアレックスよりも四つ年上である。そんな年下の彼に「おこちゃま」などと形容されて、単純にレンはおどろいた。そんなに自分は頼りないのか、幼い精神性を持つ人間に見えるのか、悩んだ。だが己を客観視するのはいかな賢人にも難しい。
結局、レンはアレックスが言った通りの子供っぽい反論を加えることしかできなかった。
「私からすればアレックスのほうが『おこちゃま』だけどな。『カワイイ女の子』を召喚しようとしたわけだし」
「あ、あれは悪ふざけっつーかなんつーか! 本気で召喚しようとしたわけじゃないし!」
未だにレンに対して罪悪感を持っているらしいアレックスは、先ほどまでの意地悪い笑みを引っ込めて大あわてだ。レンを異世界に召喚してしまったらしいことは、アレックスのウィークポイントなのである。そこを突けたレンは、気をよくする。
「っていうか、私、アレックスより年上だから。アレックスのほうが『おこちゃま』なんだよー」
「――え?!」
予想以上にアレックスがおどろいた声を出し、目を丸くしてこちらをみたので、レンも一瞬呆気に取られた。
「……あれ? 言ってなかったっけ……?」
「初耳なんだけど! え? 年上……? マジで?」
「マジだよ。……今年で二〇歳」
「四つも上なのかよ!? ……いやあ、えー……マジで? 本当に?」
アレックスはまじまじとレンを見る。それこそ頭のてっぺんからつま先までじっくりと見る。その視線は居心地が悪く、レンは軽く身じろぎする。それでもアレックスは「はあー……」とか「ええー?」とか「マジ?」という言葉を繰り返してばかりだ。
「そんなに意外だった?」
「めっっっちゃくちゃおどろいたんだけど」
「そんなに?」
「だってオレと同じ一年に編入してきたら、普通に一五か一六かそれくらいなのかなって思うだろ」
「まあ、そう……かな。でも見た目でわかんない?」
「わかんない。つーかわかんなかったからこんなおどろいてるんだけど!」
「そうかー……」
レンはたしかに若い。世間全般で見れば若い、が、現役高校生と比べれば若くはない。肌のツヤだって、毎日お手入れをしても女子高生のお肌には敵わない。さすがに顔にシワなどができる年齢ではないものの、高校生よりは大人びた顔をしているだろう――と思っていたので、アレックスの反応にレンはどういうリアクションを取ればいいのか悩んだ。
若く見られたことを喜ぶべきなのか。幼いと見られたことを嘆くべきなのか。二〇歳という絶妙な年齢が、どういうリアクションを取るべきなのかレンの頭を悩ませる。その結果、レンはどう判断すべきかを先送りにして話題をそらした。
「そう、私成人してるんだよね」
「ふーん。レンの国の成人年齢ってこっちと変わらないんだな」
「そうそう。だからさ、成人が未成年に手を出すのってヤバいでしょ。だからこの学校でハーレムを作るのは無理かなあっていう思いもあるわけ」
「つっても片手で足りる差しかないじゃん」
「それでも成人は成人だし……学長からも言われちゃったし」
「なんて?」
「『個人的な交際に口を出しはしませんが、風紀を乱すような真似だけは慎んでくださいね』って感じのことを……」
未成年の一年差というのは案外と大きい、というのがレンの持論である。だからたとえ一八歳の生徒が相手だったとしても、こちらが成人である以上、手を出すような真似をするのはマズいのではないか、という思考が働く。この世界での倫理観がどうなっているのかはわからないが、レンの認識としては未成年とアレコレするのは慎むべきだという判断に落ち着く。
そして学長からも釘を刺されるようなことを言われた。レンが学校生活、寮生活に馴染めているかの聞き取り面談の場で、すでにアレックスとの交際――それは偽りだったが――を聞き及んでいたらしい学長に、やんわりと言われてしまったわけである。当然、学長はレンの年齢を知っているから、そういうつもりで言ったのだろうとレンは解釈した。
「だから、この学校の生徒と惚れた腫れたに発展するのは『ナシ』かなって」
「ふーん……」
アレックスはどこか不機嫌そうな複雑な顔をして、不満げな目でレンを見る。レンはなぜアレックスの態度が急に変わったのかわからず、内心で首をかしげる。しかしそれについてレンが問い質そうとしたときには、既にアレックスは元の快活な笑みを浮かべ、今日のランチメニューについて話し出したので、聞く機会を逸してしまった。
アレックスを見て、レンはやっぱりこのフリートウッド校の生徒と恋愛関係に発展するのは「ない」なと思う。レンからすれば大体の生徒が「おこちゃま」であるのもそうだが、やはり未成年だと思うと抵抗感が強いためだ。たかが数年差、されど数年差。万が一にも手が後ろに回るような真似はしたくない、とレンは思うのだった。
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