(20)

 春咲きのような華やかさに欠けるが、やはり美しく可憐に咲く秋バラを眺められる女子寮庭の一角。真っ白な鉄製のテーブルとイスを持ち出し、チェック柄のクロスを広げて、その上には色とりどりのお菓子と紅茶。レンが予想していた通りの、まごうことなき「女子のお茶会」の風景がそこにはあった。そのことに、レンは少し感動する。


 そんな甘いお茶菓子の上で交わされるのは恋バナ……であるのだが。


「やっぱりジェラシーコントロールは徹底的にすべきかしら?」

「自ら課さなければ意味はないと思うけど」

「完全に向こう任せにするのも危ないと思わない?」

「わたしはあまり締めつけすぎるのもどうかと思うわ。嫉妬は自然な感情の発露でしょう」


 ビシバシ、という擬音が聞こえてきそうなほどに、その内容はレンからすればシビアで意識が高すぎるものだった。事前に聞いていたとはいえ、半分ほどは甘ったるく浮いた、恋の話が聞けるものだとレンは思っていたが、違った。今テーブルを囲んでいる女子たちはみな、真剣にハーレムの運営方法について議論を交わしている。それはレンの想像する「甘さ」からはほど遠いものだった。


「あのカウンセラーってどう?」

「話を聞いてくれるのはいいけど、聞きっぱなしが多く感じるわ」

「やっぱり? 別のカウンセラーを確保したほうがいいかしら」

「腕のいいカウンセラーならわたしの姉が――」


 ジェラシーコントロールがどうの、カウンセリングがどうの、という会話に、当然のごとくレンはついて行けない。いつもであればフォローしてくれそうなイヴェットは、今は相談を持ちかけたり聞いたりするのに忙しいのか、特になにも言ってはこない。あるいは、肌で感じて学習しろということなのかもしれない、とレンは思った。


 そもそも、レンはハーレムを作る気はないのだ。今のところは。男子生徒たちのアプローチを挫くためにハーレムを形成するにしても、アレックス以上の「いい男」を見つくろわなければ、レンにとってハーレムを作る意味は薄い。そしてレンにはこんな茶番に付き合ってくれるアレックス以上の「いい男」に心当たりはなかった。


 それに逆ハーレムは自分には荷が重い、とレンは考える。今、目の前で飛び交うごく真剣なハーレム運営の話題に耳を傾けていれば、なおさらそう強く思えた。


 レンにとっての「逆ハーレム」とか「ハーレム」はふわふわしたイメージしかなかったので、そのギャップを上手く埋められないままここまできてしまったことも、ハーレム運営の話題に身が入らない一因であった。


 当たり前だが、なすべきことをなさずにちやほやされるなんてことは、あり得ないのだ。愛されるのにも努力が必要なのだなと、レンはごく当たり前の事実に気づく。相手を慮り、声をかけてやり、己が魅力的に映るように研鑽を欠かさない……。レンは「私にはハーレムは無理だ」という思いを強くする。


 話題が発売したばかりのブランドコスメなどに飛んで行くと、レンにはもうお手上げだった。そうなるともう、曖昧に頷くことすらやめて、緩慢な動作で茶菓子に手を伸ばすしかない。淹れてもらった紅茶は、ややぬるくなり始めていた。


「アレックスとはどう?」

「へ?」


 そうやって他ごとを考えていたレンの耳に、唐突に聞き慣れた名前が投げ込まれる。口に放り込もうとしていたクッキーを持ったままという、間抜けな体勢でレンは周りを見た。イヴェットを除く寮生たちはみな、好奇に満ちた目をしている。悪意はないが、居心地がいいものではない。唯一イヴェットだけが心配そうにこちらを見ていた。


 レンは取り皿の上にすごすごとクッキーを置き、一瞬だけ目を伏せて紅茶の水面を見た。湯気はもう立っていない。そんなどうでもいいことを確認したあと、視線を上げた。


「付き合い始めたばかりなのでなんとも……まだまだ、お互い手探り状態です」

「あら、初々しくっていいわね」

「でも気をつけたほうがいいわよ。狙ってる子は狙ってたからね、彼」

「アンとかね。まあ本気で狙ってたわけじゃないらしいけれど、彼女、魔法使いのカレを欲しがってたから……」


 レンは基礎魔法学の授業を思い出していた。魔力は生まれつき、だれもがそなえ持つもの。そして、それは大いに遺伝がかかわってくるとも。まれに血に限らず膨大な魔力を持って生まれてくる人間もいるらしいが。そしてその魔力を扱える才能も、大いに遺伝するのだと言う。


 ――もし、私がアレックスと子供を儲けたとしたら、その子の魔力とか魔法の才ってどうなるんだろう。


 前提からして色々とありえない自覚はあったが、気にはなった。レンは魔力を一切持たないことが証明されている。となればもしこの世界に骨を埋めることになり、だれかと子供を儲けたとしたら、その子の魔力などはどうなるのか――。


 以前、異世界からきたと主張した人間が現れたのは二〇〇年は前。そのころは魔力測定機などという便利なものはなかったので、その主張の真相は闇の中である。子孫がいるという話も聞かないので、レンの疑問が氷解されることはなさそうだ。


 奇しくもレンがそのような疑問を抱いたように、そんなことを考える寮生もいたようだ。


「やっぱりレンも魔法使いの血が欲しい?」

「いえ……今はまだそういうのはわからないです」

「のん気ねえ」

「ハーレムを持ったことがないなら、そういうものじゃない?」

「でもやっぱり魔法使いの血は入れられるなら入れたくない? やっぱり我が子にはいい遺伝子を与えてあげたいっていうか――」


 そうやって話題はいかによりよい血統を作り上げられるか、という方向へと流れて行く。そういうわけでレンはアレックスとの仲を疑われることなく、穏便にお茶会を切り抜けることが出来た。


 しかし恋愛偏差値が低すぎる上に、将来設計が白紙のレンが彼女らの話題に乗れるはずもなく。結局レンは終始居心地の悪い思いをしながら、お茶会を終えた。

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