(17)
目の色を変えて迫ってくる男子生徒たちをアレックスは追い払ってくれた。レンをなにかの弾みで異世界から召喚してしまった罪悪感がそうさせている面もあるのだろうが、イマイチ頼りないレンを心配して、という部分もあるのだろうとレンは推測する。
そんな面倒見のよいアレックスが一緒にいるときは大丈夫なのだが、ふたりは学科が違う。まだ一年生なので受ける授業が被っているときは問題がないのだが、もちろんすべてがそういうわけにもいかない。
レンのハーレムの成員に納まりたいと考える猛禽のような目をした男子生徒たちが、そんな隙を見逃すはずもなく。また、そんな隙があろうとなかろうとお構いナシといった男子生徒も当然のようにいる。
そういうわけでレンは校舎にいるあいだはありとあらゆる面からアプローチを受けることになり――疲弊して行った。
レンとて「逆ハーレム」なるものに夢を見る、乙女の心を持っているオタクだ。加えて、人生でこんなにもモテたことはなかった。最初は「人生初のモテ期だ!」などと内心ではしゃいでいられる余裕はあった。だが、物事には限度、というものがある。
レンの様子や事情などお構いなしの態度を取る男子生徒ばかり、というわけではなかったものの、あらゆる隙を突き、あるいは隙などなくともお構いナシにアプローチを仕掛けてこられるという状況に、レンは疲れ果ててていった。
特にアレックスといれば大丈夫だと思っていたのに、彼がいてもなんのそのと突撃してくるしつこい男子生徒には辟易する。おちおちアレックスとのおしゃべりも楽しめないのでは、「異世界をエンジョイする」という目的も果たせない。
いっそ開き直って男たちを侍らせればいいのかもしれないと思ったが、それは少々抵抗感がある。「逆ハーレム」に憧れはあれど、レンは一夫一妻、単婚がマジョリティーの国で生まれ育ち、それを当たり前のものとして生きてきた人間だ。加えて、女扱いなどされてこなかった人生。それがいきなり異性に求められる状況になったとて、さっとハーレムを築けるはずもなかった。
「いっそ同性愛者だってことにしたら突撃してくる男子は減らないかな?」
追い詰められたレンは色々な意味でマズイ策を提案する。
「いや、ダメだろ。今さらすぎるし、ダメだろ」
しかし即座にアレックスによって却下された――しかも二回も「ダメ」と言われた――ので、レンはあっさりとあきらめた。たしかに色々な意味でダメだなと残された理性が言ったこともある。八方ふさがりのレンは「ハア」と大きなため息をつく。
今は授業の合間の休憩時間。レンはアレックスに連れられて、ひと通りの少ない廊下からぼんやりと彼と並んで空を眺めている。
次の授業はまた別々だ。となればレンの隣に座りたがる男子生徒が大挙して押し寄せるだろう。レンが生来の性格的にイマイチ押しに弱いということは、すでに狩人のような男子生徒たちには知れ渡っていた。
「ハア……こんなことなら男で通せばよかった」
レンは己の胸に視線を落とす。「絶壁」と呼ぶに相応しい貧弱な胸部を見て、これなら男だと誤魔化せただろうと考える。加えて背も高くハスキーボイス。パキッとした制服に身を包めば、かろうじて女性らしい線も隠れがち。自ら言い出さなければ一〇人中九人が騙されてくれるという自信がレンにはあった。
「無理無理。レンのことだからいつかはバレるって。それにスポーツの授業とかはどうするわけ? ウチは水泳の授業もあるわけだけど」
「あー……そうか、スポーツの授業があったか……」
「今さらアレコレ考えたって無駄無駄。タラレバってやつだ。非生産的だよ」
「アレックスの口から賢そうな単語が出てくるなんて……」
「お? テストの点数がよかったからって調子乗ってる?」
アレックスが肘で隣にいるレンの脇をつつく。レンは「文句があるならテストの点数で勝ってからね」と減らず口を叩く。
アレックスはレンに迫ってきたりはしないどころか、美少女のイヴェットにも興味を示さないあたり、どうもハーレムの成員になるという野望は持っていないらしいことをレンは察していた。だからこそアレックスの隣は安心できる。追い立てられるような学校生活の中で、リラックスできる数少ない居場所なのだ。
「ハア……」
「『ため息つくと幸せが逃げる』って知ってる?」
「知ってる。……そういう言い回し、この世界にもあるんだね」
「そうだなー。男女比とか魔法のこととか除けば、レンのいた世界とあんまり変わんないみたいだからな」
「男女比……それが最大の問題なんだよね」
レンがまた「ハア」と大きなため息をつくと、アレックスは「あのさ」といつものおちゃらけた態度をひっこめた、やや真剣な様子で口を開いた。
「そんなに迫られて困ってるなら……オレとカレカノのフリ、する?」
「――え?」
「『今はふたりっきりの時間を大切にしてるから』とかなんとか言えば、多少あきらめるやつとか出てくると思うけど」
「え……いや、でも、そんなことしたらアレックスは――」
突然のアレックスの提案にびっくりしたレンは視線を泳がせる。それを見てアレックスは「動揺しすぎ」と笑う。
「別にオレ、今は狙ってる女子とかいないし」
「そうなの? ……いや、まあ、なんとなくわかってたけど」
「……オレさあ、ミドルスクールのときに同級生のハーレムに入ってたんだけど、結局その同級生がイヤになって抜けたんだよね。なんつーかワガママなところが徹底的に合わなくなっちゃってさ。それで抜けるときにかなり揉めたんで、今しばらくハーレムとか女の子とかはいいやってなってるってわけ」
「……私も女なんだけどナー」
「知ってる。でもレンって仮にオレとそういう関係になったあと、『やっぱやめるわ』って言ったらあっさり見送りそうじゃん」
「あー。うん、まあ。『やめる』って決めてるんなら引き止めてもムダかなって」
「そういうところは信頼してるから、レンのカレシのフリ、してやってもいいよ?」
「でも――」
レンは迷った。たしかにアレックス曰くラブラブな恋人がいて、「今はふたりの時間を大切にしたい」と宣言すれば、いっときは男子生徒たちの熱も治まりそうだ、という予測も理解できた。けれどもアレックスをそんな計画に付き合わせていいのだろうか。レンにとってアレックスは今や「どうでもいい人間」ではない。だからこそレンは悩む。
けれども重苦しく悩むレンの心を、アレックスは軽々と飛び越えて行く。
「いいじゃん。試しにやってみれば」
「試しって……。でもさ」
「一応オレにだって罪悪感とかあるわけよ? レンを
「まあね」
「だからこれはオレなりの償いだとでも思って、レンは大人しくオレをハーレムメンバーのフリをさせればいいんだよ」
アレックスの鮮やかなグリーンの目を見る。どこか後ろめたさを感じさせる顔に、レンは引け目を感じた。
そして――結局レンは折れて、アレックスの提案を受け入れることにしたのだった。
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