(16)
「なんでそんなに成績いいの?」
レンが女だと知ったときよりも遥かにおどろき、不思議な顔をして聞いてくるアレックス。そんなアレックスにレンは鼻高々に答える。
「勉強したんだよ」
「いや、知ってっけど」
それはそうだろう。レンの勉強の手伝いをアレックスもしていたのだ。……最初のうちは。後半ともなると同学年のアレックスよりも上級生であるイヴェットのほうが頼りになったことは、さすがにレンも忘れていない。アレックスが教え下手であるということではなく、単にレンの学習スピードが抜きん出ていただけの話である。
レンにとって勉強をするということは別に苦ではない。新しい知識を得ていくのは楽しいし、単純に数字と言う形で努力が現れるのを見るのが好きなのだ。
……ということをレンが滔々と語れば、アレックスは「うげえ」とイヤそうな顔をした。どうやら、アレックスにとっては勉強というものは苦役でしかないらしい。勉強しないで済むのであればしない。彼はそういうタイプらしかった。
「アレックスはどうだった?」
「補習ギリギリ」
「……もっと勉強したほうがいいんじゃないの」
「いやあ、まあ……」
アレックスとしてはレンの好成績は中々ショックらしい。けれども結果を聞かれて芳しくないそれを即答できる程度には、彼は開き直っている。言葉を濁しつつもレンの影響で猛勉強に励むなどとはしないのだろうな、とレンは悟った。
「せめて中くらいの成績は出したら?」
「お前はオレの母親か!」
「アレックスならできると思うけど」
「どーだか」
この一ヶ月、レンはアレックスと行動を共にしていた。アレックスは気さくで話しかけやすいせいか顔が広く、意外と要領のいい場面も見てきた。「いらんことしい」でレンを召喚したが、基本的に魔法の実技の成績はいい。魔力量も同年代の生徒たちと比べても多いほうだとレンは聞いていた。
「要領がいい」というのは授業を適度に手を抜いて、サボる場面を見てきたからだ。人脈を駆使してノートを借りて写し、顔の広さを使ってテストのヤマを張る。そういう方向の努力はできる人間……それが、アレックス・ハートネットなのだとレンは理解し始めていた。
ちなみに今回のテストのヤマが外れたのは、言うまでもないことだろう。レンからすればそんなバクチをする気持ちはよくわからなかったが、ことさら「しっかり勉強せよ」とも言う気にはなれず、「しかしやればできるだろう」という思いもあって、母親のような物言いになってしまったのだった。
「しっかしこんないきなり成績上位に入るなんてなー」
「努力の結果だよ。というか学長に学費を免除してもらってるから、こういう形で結果を出さないとダメでしょ」
「それは慰謝料みたいなもんじゃん」
「だからってあぐらをかくのもね……」
「まっじめー」
「なんだったら次は勝負してみない? 負けたら奢る」
「いや、遠慮しとくわ……。お前のわずかな小遣いを巻き上げるわけにはいかないし」
「そっち?」
すっかり打ち解けたアレックスと軽口を叩いているレンは、これから起こる騒動についてまったく予見し得なかった。アレックスは多少なりとも可能性という形で頭にはあっただろう。しかしこれほどまでの騒動になるとまでは予測できなかった。
定期考査の成績上位に、異世界人が入っている――。その事実は爆速で校内を駆け巡った。だれもレンがここまで努力して成績上位に食い込むなどと考えはしなかったらしい。教師陣とてレンのその熱心さゆえにそれなりの点は取れるだろうとしか予測していなかったのだ。
そしてその結果はフリートウッド校の男子生徒たちの波紋を呼んだ。
早い話がレンは「優秀なメス」として認められたのだ。男女比が偏っていたとしても、より優秀な相手とつがいたいと思い、求めるのは、本能なのだろう。よって肉付きは悪いが頭はよいらしいレンが、本格的に男子生徒たちのターゲットになるのは、当然の流れと言えた。
その変化は翌日からあらわれた。
「レンさん、席を取っておきましたよ」などと言って食堂で強引にレンを隣に座らせようとする輩が現れたとき、彼女は目をパチクリとさせるしかなかった。
いきなりのアプローチにぼうっとしているレンに代わって、アレックスが「いやオレが先に約束してるから」と言って男子生徒の誘いをバッサリと断る。皿の載った白いトレーを持つレンの背中を軽く押して、アレックスはひと気のない閑散としたテラスへと向かう。
「ちょっとは予想してたけどついに出たか」
「なんの話?」
「レンが本格的に狙われ出したって話。さっきのあからさまな誘いを聞いたらわかるだろ?」
「……いや、邪推したら失礼かなと思って。純粋な好意からくる行動かもしれないし」
「んなわけあるか!」
「あー……だったらさっきのアレもそうだったのかな」
「『アレ』?」
不思議そうな顔をするアレックスに、レンは授業終わりに勉強会に誘われたのだと告げる。アレックスは魔法科、レンは普通科なので、常に一緒の授業が取れるわけではないのだ。
「誘いに乗ってないよな?」
「面識なかったし、大人数で勉強するのって苦手だから断った。二~三人くらいまでならいいんだけど」
「どこの寮のやつ?」
「えーっと……赤いネクタイだった気がするから、赤寮じゃない?」
「これからも誘いには軽率に乗らないほうがいい。オレと同じ青寮のやつが相手でもな」
「……そんなに?」
レンは壮絶な鈍感人間というわけではなかったので、アプローチされればわかるし、なぜ急にそのようになったかにもちゃんと心当たりはあった。けれども恋愛対象として見られたことがない、これまでの人生経験がフラットな判断をしようとする頭を邪魔する。
その点アレックスは客観的にレンとレンの周囲を評価できているのだろう。だからこそこうやって渋い顔をしてレンに忠告しているのだ。
「オレはずっとついていることはできないから……とにかく面識のないやつにはついて行くな。面識のあるやつにも気をつけろ」
どちらかと言えばおちゃらけた態度の多いアレックスが、いつになく真剣な顔をして言うので、レンは黙ってうなずくことしかできなかった。
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