(18)
アレックスを己のハーレムの成員に仕立て上げる。その提案をレンは考えなしに受け入れたわけではなかったが、かといって御大層な理論武装をした上で了承したわけでもなかった。つまり、苦脳やら葛藤やらが未だ残っている、ということである。
レンのハーレムの成員という嘘をついているあいだは、当然のようにアレックスはよりよい将来の妻を探すことはできない。本人が「しばらくそういうのはいい」と言っているが、それはそれとして人生の先輩――といっても四歳しか差はないのだが――としてやはり気になってしまう。
しかし当のアレックスは当分だれかのハーレムに入る気はないと宣言した通り、レンの嘘のハーレムに入ったとしてもへっちゃらな顔をしている。それどころか彼からしたら頼りない異世界人であるレンを守ってやろうという、闘志すら感じられるくらいだ。
そしてアレックスがレンのハーレムに入った、という噂は校内を爆速で駆け巡った。アレックスがその豊富な人脈を駆使して意図的に流布した面もあったが、今ホットな異世界人のレンがついにハーレムを作り始めた、という噂は生徒たちにとってはかなりキャッチーなようだ。
イヴェット以外の、あのレンにさしたる興味を示さなかった女子生徒たちも、アレックスを嘘のハーレムのメンバーにした次の日にはそのことについて問い質してきたのだから、相当だ。
「アレックスは一年の中じゃ評価はいいほうだったからね。座学はちょっと……だけど、魔力量も多いし魔法の才はじゅうぶんだから。そういう才能を遺伝させたいって子はそれなりにいるんじゃないかしら?」
イヴェットのあけすけな言葉にレンは困ったように笑うしかできない。こういう、ストレートすぎる物言いは異世界特有なのか、イヴェット固有のものなのか、こちらに対して彼女が心を許している証なのか、まだレンは判じかねていた。
しかしイヴェットが言ったことは真実らしい。事実、女子生徒のひとりにレンは「あなたみたいなのが好みなのね、彼」とちょっと嫌味に言われたのだ。彼女は、もしかしたらアレックスを狙っていたのかもしれない。
アレックスの魔法の才がレンはどれほどのものなのか知らない。学科が違うので、彼が魔法を使っている場面はあまり見たことがないし、見たとしても異世界人であるレンにそれがどれほどすごいものなのか判断するのは難しいだろう。
しかしアレックスの顔がいいことはレンにもわかる。元の世界と一般的な美的感覚に差がないこの異世界で、レンは平凡な容姿という評価は崩れないし、アレックスがもしレンの世界に来たとしてもイケメンという評価は変わらないだろう。つまりレンがアレックスをイケメンと評するのは、別におどろくべきことではない、ということだ。
そしてイケメンがモテるのはこの異世界でも同じだった。アレックスの場合はそこに魔法の才が加わるから、なおさら彼を己のハーレムに欲しいと願う女の子はそこそこいるわけであった。
アレックスが以前いたハーレムを抜ける際に揉めた、と言っていたが、恐らくその以前のハーレムの主は彼とは違って気持ちが冷めたりしていなかったか、あるいは彼がハーレムを抜けるのは痛手だと考えたのだろう。その彼女はアレックスに「ワガママ」と表現されていたので、単にプライドが許さなかった可能性もあるが。
とにかくアレックスは己みたいな冴えない男だか女だかわからない異世界人のハーレムには、あまり相応しくないようだ、とレンは考えた。しかしそんな考えに至った頃には全校生徒から教師陣まで「アレックスはレンのハーレムの成員」ということが知れ渡っている有様だった。もう後戻りはできない、ということである。
アレックスが身を張って嘘を貫き通してくれている以上、レンの側からそれを御破算にすることは許されないだろう。なのでレンは苦脳や葛藤を抱きながらも、「噂は本当なのか」と聞かれればぎこちないほほ笑みで肯定していた。
そして肝心の、レンにアプローチする男子生徒の数は――。
「全然減らないんだけど!」
「そう怒るなよ」
「……怒ってない。ただ……疲れてるだけ」
「よしよし」
「アレックスによしよしされてもなあ」
「は? オレの『よしよし力』を甘くみてるってわけ?」
「『よしよし力』ってなに」
「知らね」
そう、レンにアプローチする男子生徒の数は、ふたりの予想に反していくらも減らなかったのである。否、それどころか体感では増えたという結果すらあり得る。
アレックスはその結果をこう分析する。
「今まで一応鉄壁だったレンがオレをハーレムのメンバーに入れたから、『おれでもいけるんじゃね?』って勘違いするやつが出てきたのかもな」
「そんなあ……」
「まだひとりも恋人を作らないほうがお固いと思われてたかもな」
「もう作っちゃったあとなんですけど……嘘の、だけどさ……」
「悪い悪い! まさか周りがそんなやる気見せると思わなくってさー」
つまりふたりとも賭けに負けたわけである。しかも、盛大に。しかしアレックスは口では悪いと言いつつ反省の色は見えない。アレックスはこういうところがある、とレンは既に学習していた。しかしイマイチ憎めないのは日ごろの行いのお陰だろう。なんだかんだ、アレックスはニセカレシとしてレンを男子生徒のアプローチから守ってくれている。それはいっそ、甲斐甲斐しいほどに。
つい先ほども強引にレンの手を取るNGな行動をしてきた男子生徒を思いっきりにらみつけた上、レンの手を取り返したのだから、アレックスはニセカレシとしては頑張っているほうだとレンは思っている。
そんなアレックスの行動にレンは密かにときめいていた。しかしアレックス本人にときめいているわけではない。その行動にときめいているのだ。
――恋愛漫画のヒロインみたいだ!
……と、そんな理由で。
繰り返しになるが、レンは今までの人生で女扱いされたことがほぼない。よってレンが妄想のエサにしていたような恋愛漫画の、胸キュン展開とは無縁にすごしてきた。そこへきて異世界召喚、逆ハーレム、ニセカレシ……。思わずときめいてしまう要素が滝のようにやってきたので、レンは少々正気を失っているのだ。
まあアレックスはレンとふたりきりのときは、カレシぶることはない。あくまで「ニセ」カレシなので当たり前だ。しかしレンはそれを残念に思ったりなどせず、むしろそういうアレックスの振る舞いに安心感すら覚えていた。レンが女と知っても、他の同性の友人たちに対する態度とそう変わらないことも、レンの信頼を厚くしていた。
だから、余計にこの結果はレンの気持ちに申し訳なさを呼んでしまうわけである。
「つってもさ、今さら撤回しても状況が変わるとは思えないし、このまま突っ切るしかなくね?」
アレックスの言葉は正論に聞こえた。だから、レンは「ハア~~~」と大きなため息をつくしかないわけである。
こうしてレンの「異世界を楽しむ」という目的に妙な暗雲が漂い始めたまま、どこかへ吹き飛ばすこともできない状況は続くのであった。
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