第9話 一人で叶わないなら

二人は気丈としていた。


「面……随分変わったじゃねーの。なぁ、ニトー」


 この選択は二人にとって自信を持って勝てると言える物ではない。だが、「二人なら」と——そう彼らに思わせる策だった。


「作戦……。何かあるみたいだな」


 レイは直感した。この二人にはこの闘いを勝ち抜ける手段があるという事を——その直後、二人の作戦は始まった。


「——行くよ! 名一杯!」


 そう言い放つと杖を大きく振り上げ、少女は魔力マナを溜め出した。


「お前らはどうあがいても格下だからな……。ハンデをやるよ——って言ってやりたいところけど、時間を上げちゃア、お前たちに失礼だからなァ!」


 言うとレイは無詠唱で≪水槍スピアー≫を作成&複製し≪槍雨そうう≫の形を形成、そのまま何の躊躇いも無く少女に放った。

 だが、少女はレイの攻撃にソッポ向き、自分の役割を果すため魔力マナを貯め続けた。

 それはが守ってくれると信じたから出来た行動だった。


「そのくらい知ってら! レイ兄と何年兄弟やってると思ってるんだよ」


 まるで来ることを知っていたかのようにそれよりも早く<火洛刀レヴァーダ>の構築を仕上げ、少女に架かる火の粉を払い——レイに果敢に向かって行った。


「——ッ——」


「おっと……!」


 灰色の剣の攻撃はレイの意表を突く——しかしレイはその攻撃を≪水流ウオーターフロウ≫を唱えた際に発生する水の流れを盾代わりにし防ぎ、ついでに城とは逆方向——つまり少女の後方に回る。


「ニト! 忘れたわけじゃねェよな? この城の結界のことを!」


 この国には二箇所結界がある。

 一に街の周りに予め大きな災害級の魔法(主にレイの極海魔法対策)に対し被害を及ぼさないようにする第一の結界≪一つ目の守護ファーストプロテクト≫。二に城門二箇所を終点とし、一と同じく災害級の魔法対応の結界、第二の結界≪二つ目の守護セカンドプロテクト≫。


「お前の……。嫌、お前たちの目的はそいつの今貯めている魔力マナを使って俺を倒すと見せかけてその警備を破壊する事だったんだろうが……。残念だったな!」


 後ろに回り攻撃されたら元も子も無い。

 レイは少女を指差す。


「お前の貯めているその魔力マナを全て使い切らせるためには……。もうこれしかねェよな?」


 レイは着地をすると同時に大きく腕を振り上げる——するとレイを中心に多量の魔力マナが集結していく。


「我、レイ・クレイシスの名の元に命ず。後悔の過去を切り捨て、全てが救われる未来よ 顕現せよ! 極海魔法 ≪零界レイカイ変動カタストロフ≫」


 その膨大までの魔力は凝縮され、小さな球体の魔力マナの塊となる。


「——?」


 だが、その膨大なまでの魔力マナは見当違いの方向へと向かった——街を越え、山を越えた先。


「——どういう事だ?」


 これまでニトはレイの魔法を見る機会が何度かあったが、この魔法を使ったのは今回が初めてだった。


「山の向こうに何があるって?」


 向こうには何もない。ただの。


「何も……。嫌、あった。あっ……タッ!」


 海だ。巨大な海が存在した。


「もし海が関係していたとしたら。その水を持ってくるものだと仮定できる。ならその量はどのくらいだ?」


よく見ると数十キロ先の海辺の位置がはっきり分かるくらい巨大な波が押し寄せるのが確認できた。


「——はっ」


 思わず息を呑んだ。


「化け物か……アイツはッッッッ!」


 普通の、並の魔法使いでは無いと思っていた。でもそれさえも超えていた。予想を遥かに。

 体積も密度も重さも。


「あれが災害級魔法」


 それは災害と呼ぶにまさに相応しい物だ。

今まで受けて来たものでも相当な威力があった。でも、


「それの何倍あるのかよ……」


 正直、不安しか無かった。でも、


「ニト君——行けるよ」


 少年のその揺るぎない一言でニトは自信を取り戻せた。


「ああ……。そうだな」


 この作戦は二人で息を合わせないと出来ない。


「……ハハ! やってみろよッ!」


 レイは不可能を確信していた。

 仮にこの防護結界を破ったとしても二人が城に辿り着く前にこの波は届く。波が届く前に魔法を転換できたとしても、レイの魔法を受け終わった頃には体力が無くなり倒れる。


「お荷物を背負った少女おまえじゃあ、俺に敵うはずがない——詰みだ! ニトと名も無き少年よ!」


「——ッ!」


「ニト君!」


「——あぁああもう! 分かってらぁ!」


 少年は魔力マナ溜めることを止め、詠唱を唱える準備に入った。


「死ねェッッッッッッッ!」


 巨波が街までやってくる。


「我、水の管理人、イデア・クリスプの名の元に命じる。全ての物を守り、全ての時代を救う盾を——作成(さくせい》せよ。水魔法≪神水エライムの大盾≫」


 その名の通り、数十人分の巨大な盾を顕現させる少女イデア


「後者!——いい選択かもしれんな。死なない選択。だがッ! 攻撃無くして俺には勝てないぞ! 神の代弁者よ!」


 レイは背中を大きく反らせ腕を大きく振り下ろした。


「これが俺の全力だーーーー!」


 次の瞬間、この国を巨大な水塊が覆いつくした。

 二人に大波が進行する。


「——はッ? なんだあの形は」


 二人は奇妙な形で大波それを待ち構えた。


「……まだだよ」


 少女イデアが盾を構え正面を向き、


「……もう少し」


 一方、ニトが城の方を向き<火洛刀レヴァーダ>を構える。


「——まだ」


「……」


 ——そして、少女イデアの持つ盾に重さが乗った瞬間、


「———今だッッッッ!」


 二人は地を蹴り、盾を引き摺らせながら波に押し出される。


「「——ッ!」」


 少女イデアとニトは盾による大きな重圧を受けるも各々の型を崩さなかった。

 少女イデアは波の大きな進行からニトを溺れさせない程度に守ることを、ニトは城門に向かって構える事を必死で行った。

『ニト君って炎使えるんだよね?』

『——はっ?』

 少女イデアの信じた微かな可能性。この場所で勝てるかもしれない唯一の手段。


炎炎炎炎炎炎炎炎えんえんえんえんえんえんえんえん炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎えんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえんえん——!」


 大波の押し出す勢いを背中で受けバランスを保ちながらそう呟くニト。絶対に成功すると己を鼓舞しているかのようだった。


『え? まさかそんなのにお前は賭けるのか?』


『だって、使えるはずなんでしょ?』


『ああ。そのはずだ。確かに俺は、兄から受け継いだ。でも、一回も出したことが……』


『なら大丈夫。ニト君ならできるから』


『どうして……』


『だって君は誰かのために強くなれる人だから』


 ——誰かにお前ならできるなんて言われたのは初めてだった。


 君なら出来るから。


 ——だから。


 だって君は誰かのために。


 ——俺は、


 強くなれる人だから。


「ニト君!——任せたよ」


 ——この信頼に答えたい! 


炎炎炎炎炎炎炎炎えんえんえんえんえんえんえんえん———! えんけん!——火洛刀レヴァーダッッッッッッ‼」


 剣はその叫びと共に美しい炎を宿したような模様に変わる。

 それは灰色の鈍。名剣の残りカスのような物が猩々緋の光を取り戻した奇跡の変貌した姿。

その剣は空を切り裂く鋭さを兼ね備える。

 その剣から放たれた一撃は城の守りを容易く破る。

 防護を切りその風圧で門の扉も押し開く。


「もう……。ダメ!」


 門が開いたのと同時に少女イデア魔力マナが尽き守りが消える。さらにその背中を押すように水圧が二人に重なり——その体は城の門を越えた。


「おっとっ!」


 城の中に水を入れないようにレイはその進行を止める。


「なんだよあの剣——見た事ねぇ色、赤色をしてやがる。しかもあの炎……」


 嫌、それよりも、


「あーあ。負けちまった。クソ! なんだよ。なんか。嬉しいじゃねーかよぉ」


 気絶している二人の元にレイは向かう。

 そこには全てを終わらせ、疲れ果てているのにも関わらず、喜びに満ち溢れ全てをやり切ったことを喜んだ笑みを浮かべさせたまま寝ている——≪二人の姿≫があり互いの手が微かに重なっていた。


「——チっ。良い寝顔しやがって」


 悪態をついた彼の言葉とは裏腹にレイは、どこか嬉しそうだった。


「イデア……か——? 嫌、待てよ。イデア? ? 嫌、どうしてコイツ、自分の名前を知らないなんて言ったんだ? まさか、今の闘いの最中で思い出したって言うんじゃねーよなぁ⁉」


 レイは大きくため息を吐き、


「謎だ」


 と、最後に彼らしく悪態を吐く。

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