第8話 友に

 少女はなるべく遠くへと走る。


「逃げないのか?」


「逃げない」


「——アイツは逃げるのか?」


「安心しろよ。逃げるわけじゃないよ」


「なら追いかける必要はねーか」


「じゃあ——行くぞ! クソ兄貴‼」


 レイはその言葉を鼻で笑う。


「来い。バカ弟」


「我、炎の管理人ニト・レイトスの名の元より命じる。過ちの過去を断罪し、未知の未来を創作せよ! ≪作成(メイク》≫——炎剣<火洛レヴァ刀(ーダ》!>」


 相変わらず錆びれた剣だ。


「時間稼ぎだ。付き合ってくれよ!」


「そうか。ならお前がどれほど強くなったか見てやろう」


 次の瞬間、魔法の詠唱も名前さえも出さずに水操作で刀を作る。


「今考えついた新技だ。名前を付けるとしたら、そうだな……? コイツは——水刀≪梅雨持(つゆじ)≫かな?」


 それは水で作られた先端が2~3センチの小さな形——小鋒こきっさき型をした刀。

 ニトからしたらそんな折れやすい刀は愚の骨頂。


「——ッ」


 ニトは火洛レヴァーダで簡単に梅雨持つゆじの刃を折った。


「ありゃ、折れちゃった」


 彼はその後すぐ、ニトの次の手を回避するために即座にその場から離脱。

 刀の先が地面に落ちる際、レイは「——能力発動!」と一言掛ける。すると刀がみるみると元の大きさに戻っていく。

 どうやら梅雨持つゆじの能力は壊れた刀を直す物のようだ。


「なんかしてくると思っていたが、そんなもんなんだな」


「……」


 レイはニトの質問にニコリと無言で答える。本当に剣の腕前を見るためだけにこの無駄な闘いが行われている。


「じゃあーーー!」


 土を蹴り、レイの間合いに入り刀を振る間も与えず刀を大きる振るニト。


「おっと!」


 レイはそれを先程と同じように刀で防ぎ場を離れる。


「能力発動!」


 刀は再びみるみると元の形状へと戻っていく。

 この後ニトが刀の先を折り、レイがそれを直すという一連の動きが一〇回ほど繰り返される。

 何度も同じことを繰り返す——不自然なほどに。

 数手続いた後、ニトが膝をついた。


「——はっ、どういうことだ?」


 立てない。体が重い。魔力(《マナ》不足とも考えたけどまだまだ余力はある。落胆し我に返って見る——とすぐに答えが出た。


「——そうか。梅雨。そう言う意味だったのか。梅雨持の能力。それは——俺の体力を奪うことか……」


「——正解だ。だが一〇回目……気付くのが本当に遅いな」


 レイはそう不気味な笑みで答えた。

 ニトはレイの嬉しそうな顔を見て大きく溜息を吐いた。

 梅雨時の能力——それは大雑把に言うと体力を奪うことだ。

 梅雨時はたくさんの水で愚見化させた刀。細かくて分からないがその先端部位だけでもかなりの量の水がそこには含まれている。

 そこで手品の種はこうである。刀の先端をわざと折らせる。次に欠けた先を魔法で元に戻す。その際、水は元々先端に使われていた水では無く、新しく生成した水を使う。

 その後残った最初に先端の部位に使われた水は、ニトに見えないように体に付着させる。

 一度の量ではただ怠いと感じる程度だが、それが一〇回も重なると話は別だ。

 一度の水量は約200ミリリットル程度だが、一〇回も使えば約二リットル、体重で言うと二キロ。


「塵も積もれば山となる。この王国がとある地方の一部だった際のことわざという物だ。覚えておけ」


 日本の梅雨の時期になると体が重いと感じる現象から発想し、それを応用した技。梅雨を持たせる、つまり梅雨持というわけだ。


「——目先の勝ちしか考えられなかったか……。残念だな。ニト。お前を俺はもう少し出来る奴だと思っていたぞ」


「そういうことかよ……」


 ここでもう一つの間違えにニトは気付く。それはレイがニトの剣の腕前を確かめるためにこの無駄な闘いをしていたのではなく。新種魔法への対応力と能力予測の範囲(バリエーション)の広さ。


「残念だよ……」


 ニトが跪く中刀は彼の首に向かって振り下ろされる。


「そうだな。目先の勝ちしか考えていなかったっ、な……。——でも! 本当の闘いの勝ちはお前じゃない!」


 首に痛みを走らせ、気絶するまでの一瞬でニトはそう言った——直後レイのこめかみを一本の矢が掠った。


「水魔法——!」


 もしも当たって失明したかもしれない。

 木の上で気配を消していた少年の攻撃。


「——差し詰め≪水矢アロー≫とでも言った所か? 面白い! 水魔法の応用に見様見真似で覚えたか!」


 殺意をレイは感じ笑って見せる。

 恐怖を楽しいと感じる彼の異常な感性は高揚感を持った。


「だが! お遊びはここまでだ! 全力——極海魔法 ≪変動アークシン≫」


 まるで積乱雲のような水溜りが直後出現する。魔法名を唱えてからその水溜りが現れるまで時間約二〇秒弱。これは今までで一番早い記録。腕を大きく倒れる回転の中で振る。


「こっちかよッ!」


「ニト君ーーーー! 水魔法≪エライム!≫」


 少女は即座にニトの元まで走り、庇いながらのレイの攻撃を防ぐ。

 その重さは約8万t。本物の積乱雲と同じくらいの重さだ。人の耐えきれる量じゃない。管理人だから耐えられる重さ、否。普通の人の約1万倍の強さを誇ると言われる管理人でもさえもギリギリの重さ。その重さによって体の節々が叫びを上げる。両腕で杖を支えているのに関わらず、魔法で防いでいるのに関わらず痛い。


「ああ。あああ! アぁああああああああああああああああああああ!」


「ハハハ! 良いぞ! もっと! もっとだ‼」


 少女が耐えれば耐えるほどレイは喜んだ。

 レイの災害級の攻撃を耐えられる者など少なくとも彼の知っている中では少数であるからだ。


「これ以上は……無理……」


 彼女は続けざまに「だから……」と呟く。

 それは高揚したレイが興奮のあまり一歩前進した瞬間だった。

 風を切った音が鳴る。


「——?」


 その音がした直後レイの髪の先端が切り落ちた。

 その光景に力が緩んだ。


「あっ、切っちまった」


 五分という途轍もなく長く続い時間続いたその攻撃が止まった。


「——はぁッ!」


 少女は圧迫感が突然失われると、大きく息を吸い、その後息をどうにか落ち着かせようと一気に吐き出した。


「トラップ。水で作られた弓に矢を付け、俺が指定の場所に来ると放たれる仕組み。それで、角度的にもう数歩前へ前進していたら、俺は深手を負っていた……か?」


「——!」


 途端、少女は確かな殺意をレイへと向ける。


「だが、その目論見は失敗か?」


 レイは殺意には気付いた物の独り言を続ける。


「——嫌、成功か。突如現れた矢で俺の魔法を無効出来た訳だし。とにかくまあ……面白い」


「——ッ!」


 レイは少女の明確な殺意に笑みで答えた。


 *


 レイの水の槍の構造は簡単そうに見える——が本当は緻密で繊細でパーツパーツに使われる水の量が違う。だから高度な魔力マナコントロールが必要とされる。


「作れるかな……」


 少女は杖を振った。


「≪水槍スピアー!≫」


 水を魔法で顕現させ、それを小さく圧縮。握りと剣先と模様の調節。


「——この作業を一瞬で?」


 その出来栄えを見ても本人の物と比べると劣っているのは歴然だった。それにこれは二分もかけて作った物だけど、本物はこれに模様が施されていたし細かな部分がもっときちんとしていた。

 経験——ではなく。これが才能という奴なのだろう。


「さて……。その才能をどうすれば越せるのだろうか……」


 改めて考えるとちっぽけに見えていたことだった物がとても大きなことだったのに気付く。


「私の強み……」


 少年は水槍スピアーの剣先を触れる。


「……ッ! 痛い! こんなに血が出る物だったんだ」


 レイの攻撃は確かに腕が刃物で刺されたくらいと思えるくらいの痛みがあったけど、傷は出来なかった。

 血が出なかった。


「もしかしてこれが私の強み?……質。私の魔法は水の質があるんだ」


 ハードルの魔法はあくまでも水の流れを操る物であって元々あった物を動かしているに過ぎない。それに対して少女は水を作ることが魔法だから、一粒一粒が強固な固さを誇る。

 それがこの魔法の強み。


「だからハードルさんの魔法も膜で破けなかったんだ!」


 それならば……。


「わざわざ槍にしなくても良い。——矢っ! 矢だ! 小さくてもそれだけで私の水なら槍と同等かそれ以上の力が発揮できる!」


 ——だから。


「水魔法——≪エライムの矢≫」


 レイに向けて魔法を作る。


「なんか気付いたみたいだな——≪水槍スピアー≫」


 水槍スピアーエライムの矢は互いを削り合う。

 その軍配は互角。

 ぶつかり合った両者は押し合いの末、その場で消滅した。


「互角だ——!」


 そのことに少女は弾むように喜んだ。


「全く強え恐ろしい女だ。水槍スピアーを見て応用をこんな短期でマスターするなんて」


 レイはニトの元へ走る少年の背中を見ながら小さくそう呟いた。


「——ニト君!」


「……スー」


「安心しろ。そいつは眠っているだけだ」


「良かった……」


 少女は安堵する。その姿を見たレイが、


「ふん。休憩だ。疲れた。少しそいつを寝かせてやるでもなんでもしてやれ」


 とらしくないことを言う。するとレイは城の門の前に移動し二人を待つ態勢を作る。


「ニト君……。ニト君っ!」


 ニトの額に頭突きを入れる。ニトはその痛さに思わず目を覚ます。


「……痛った⁉ 急に何するんだよ!」


 怒鳴り散らす。


「どうしてこんなこと……」


「心配した!」


「……えっ?」


 思いもよらなかった答えにニトは驚嘆な表情を見せる。


「ごめん! 一人にして! ごめん!」


「——え。どうして」


「私は君に助けられてばかりだ……。本当は助けなきゃいけないのは私の方なのに。君に抱え込ませちゃって、ゴメン!」


 少女は自分の胸にニトを押し込みそう言う。


「だから! ニト君も一人で背負い込まないで!」


「——」


「辛い時は助けてって言って! 助けてやるじゃなくて一緒に頑張ろうって僕と背中を合わせて! 一人で全部背負い込もうとしないで!」


「——」


「私をちゃんと君の友達にして!」


「——なあ、肩を貸してくれるか」


「——うん!」


 少女はその言葉に歓喜した。

 少女は肩を貸し、ニトと共に歩き出す。


「——なあ」


「どうしたの?」


「……すまなかった」


「うん」


 彼女はその言葉を静かに受け止めた。そのまま二人は歩き続け城門の前で男と対面し止まった。


「「一人で叶わないなら、二人で」」

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