第6話 決戦前
常闇の空が
少女が初めての日の出に眺めは、まるで初明かりの気温のように少し冷える場所にあった。
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二人は日光の先の丘上に聳え立つ大きな石造りの城——
焦げ焼けた跡、苔むした壁の赴きから想像される時代の経過。今まで見えなかった、否。見ようとしてこなかった景色が見え、自分の家のはずなのに新鮮さすら感じる。
「ようやく、ここまで来れた……」
勝利にはまだ早いが止めどなく、確かに近づく感覚に感動すら覚える。
初めての勝利に今にも歓喜の声が漏れ出そうだった。
その思いを胸にしまって急に立ち止まったニト。何の前触れも無く方向を一八〇度変え後ろ走る少女たちの方へ向ける。
「ニト……君。どう……したんだい?」
少女と目が合って「ハードルが気になってな」と答えるニト。
乖離した方向へと視線をさらに奥へと向ける。
「俺たち、ハードルとこんなに差が出来てたのかってさ」
ゼエハぁと孫を追いかけ疲れた老人のように今にも死にそうな顔で二人を睨みつけるハードル。
少女の放った水魔法に幾度も道を阻まれたハードル。二人との間に数十メートルという距離、今の彼には取り返しようのない距離を生んだのだ。
改めて彼の存在を噛み締める。その少女がニトの隣まで追いつくと、
「ニト君。行こう」
と言いそのまま置き去る。
もし彼女が居なかったら、自分はこの勝利を味わえなかっただろうとその背中を見てバレないように小さく合掌するニト。
「ああ。もう少しでゴールだからな」
それから数分後——少女が止まった。
「それにしても……。あの城が……。元々、石だ……ッた! なんて。私は、今でも……。信じられないよ……」
「信じられないほど体力ねーな。体力か? それとも魔力切れか?」
虫の息の少女に容赦のない罵倒を浴びせるニト。
「ハードルはもう走りすらしていない。幾ら休憩したところで追いつける訳も無い。だから幾ら休んでも良いが。それにしたってお前。これで3回目。いくら何でもばて過ぎじゃないか?」
少女は山を登り始めてからどうも息の切れが激しくなった。
「おっと……」
体がふらついた。
「朝っていうことはもう数時間経ったのか。さすがに俺もそろそろ厳しいかな」
ニトも彼女程ではないが息が上がっていた。
「もう少しで外郭か……」
外郭の入口は分かりやすく、石造りの門が立っている。
「大丈夫か?」
「わ、私を舐めないで貰いたいものだよ。私にかかれば富士の御山だって余裕なんだから」
「富士山って、いつの時代の山だよ……。そうかっ。——じゃあ頑張れよ」
「もっ、もしも。どーしてもというのなら、私をおんぶさせて上げても良いんだよ?」
「そうか。嫌、別にいいかな」
上から目線で物を言われそれにカチンときたニトは置いていこうと先に進む。少女はそんなニトに全力でしがみ付く。
「そんな事言わないで! 私、もう、ぶっちゃけ、めっちゃ苦しいんです! 富士の御山も一人で全然登れる気がしないくらい辛いんです!」
泣きじゃくりながら懇願する様はどうにも面白く。これくらいで勘弁してやるかとニトは呟く。
「あー、はいはい。最初っからそういえば良いんだよ」
少女に背中を向ける。そこにゆっくりと四〇キロ程の重みが乗る。その際感じた、柔らかな感覚にむず痒さを感じる。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
「ねえ、ニト君」
背中に乗ってからすぐに少女は呟く。
「ありがと」
「あぁ……」
耳元でそれは反則だ……。と思いつつニトは頬を少し染める。
少し急な登りを越え、巨大な城がもうあと数歩で着く場所に着くと少女を下ろし自分で歩かせるニト。
二人はもう前しか見ていなかった。
後ろを走るハードルに目もくれない。
外郭前に広がる石造りの道に足で踏む二人。
まさにその瞬間、そこに奴は現れた——現れてしまった。
「面白そうなことしてるなぁ。ニトー!」
もう少しで城に着くのだとニトの縋(すが)っていた希望が外郭の門の上から降りてきた一本の水線によって断たれる。
魔法。
その水流は地に着いた瞬間に弾け、中から狼の鬣(たてがみ)のような髪をした男が現れた。腕を組みどこか上からな視線と無邪気な笑み。
水蒸気の人影を——男の苦笑面をニトは目を凝らして見つめる。
「……」
即座にその存在を理解したニトは無言で狼狽する。
その男の存在は二人の歩み、苦労のその全て瓦解させる。
この男——レイ・クレイシスはニトが一番会いたくなかったこの城の王であり、ニトの兄だ。
「よおー、ニトー。帰って来やがったか。でもハードルがいねーぇようだが」
一方的な会話から時々漂う緊張感。
レイは遠くをハードルの今居る位置を見つけ「なんだあの巨人今にも誰かを殺しそうな顔しやがって」と冗談半分に笑う。
「はー、ハードルの野郎をあそこまで離すこと出来たのか。成長したな~ニトー」
レイがハードルを見つけたと同時にハードルもまたレイを視認した。
「あれは……レイ様!」
そのシルエットをレイだと認識した瞬間ハードルの意識は一気に覚醒した。
火事場の馬鹿力で数メートル先のニトたちを数分と経たない内に追い越し、目もくれずレイの元で跪いた。
「すみません。王よ。私が至らないばかりに……」
見事なまでの綺麗な土下座にレイは笑顔で「良い良い」と肩を叩く。
「子供のお遊びに付き合ってくれてありがとう」
「レイ……様……」
「お遊び……」
これが全て遊びだった。
彼にとってニトの必死の努力は遊びでしかない。
「ふざけるな……ッ!」
「何か言ったか?」
「うッ……」
そのレイから向けられた明確な殺意で何も言えなくなったニト。
少女からすればただの重たい言葉程度にしか感じられなかったが、ニトの反応——立てなくなるほど震る様子にこれが只事ではないと理解した。
「レイ……さんでいいのかな? あなたは何者ですか」
睨目を向ける少女。
「そう敵意を向けんでくれよ。悲しいぜ。お前はニトの友達なんだろ。なら仲良くしようや」
そう差し向けられた手を彼女は何の躊躇(ためら)いも無く取ろうとする。だが、
「ダメだッ!」
ニトは声を荒げそれを止める。
「ねえ、お兄さんだよね」
「おう! 俺はそいつの兄だ。ああ、レイと呼んでくれ」
第一印象は性格の良さそうなお兄さん。
「震えているよ……」
その答えを簡単に「だろうな」としレイは流す。
「それよりニトー! 面白そうなことやってんな。俺も、混ぜてくれよ!」
言い放ったレイの言葉に含まれた殺意をニトだけが感じ取った。
「おい、逃げるぞ。逆方向」
ニトは少女の腕をギュッと掴み翻す。
「えっ、どうして? 城はあっちで……」
「レイ兄は≪極魔法≫の使い手だ。レイ兄が出しゃばった時点で、俺達に勝目なんてないんだよ!」
跳ね上がった声音からは確かに怯えを感じた。
「でも城は……」
「城には行く。でも正面からじゃ、絶対に行けない。ここは撤退しかない!——いいから早く!」
「ニト君がそう言うからにはレイさんは本当に強いんだろうね」
少女にはレイが壁を壊す以上の力で襲ってきそうには全く見えなかった。
それに、
「私は逃げることが一番嫌いなんだ。だから、この手に着いていけない」
少女はニトの手を解く。
「私が時間を稼ぐから逃げて」
少女には勝算も何も無かった。
ただ——逃げることが一番嫌い。
ただそれだけ。
それだけで少年にとって逃げない理由に成り得た。それに。
「——そうか。俺を前に立つか。いい度胸だ! 嫌いじゃねー。よし、じゃあ行くぞ。ハードル! お前も気張れよ‼」
突如逆立つ
「我、レイ・クレイシスの名の元に命じる。過ちの過去を流し、未来の全てよ。俺の糧となれ!
「デカい……」
刹那国全体を覆うほどの水溜りが上空に出現。
「これが今から落ちるのか……」
そう言った瞬間、極海魔法は魔法で守られた街と城以外の全てを飲み込んだ。
「ふー。最高だぜ! この全てを薙ぎ払うような感覚! アイツらはどうなってんかな?——っておいおいっ!」
レイはその光景を喜んだ。
少女がレイの攻撃を防いだ光景を。
「——≪
≪
「おいおいおい。お前、何者だ? その言葉は神語。神語で魔法が出てくるってその魔法≪神シリーズ≫じゃねーか。それは傍観者たちしか持てない魔法のはずだろ?」
その聞こえた不可思議な魔法名にそれを知っていると言わんばかりの反応を見せるレイ。
「ボウカンシャ?」
さっきの長々とした説明にこの言葉は出てこなかった。
「それに傍観者たちの眼には数字が宿らないはず。ん? ……待てよ、その数字はなんだ。10、1? は⁉ 101人目⁉ はーーー⁉ イレギュラーにも程があるだろ‼」
一人で長々と言葉を述べ連ねるレイ。
その話の知らない単語の数々に頭をパンクさせついて行けなくなる少年。
「よし! こうなったら全力で捕まえる。おいチビ《・・》、名前は?」
「チっ!」
チビ、これほど癪に障る罵倒を少女は知らない。別にチビという程身長は小さくないが170を超えるレイの身長からすれば小柄な方なのだろう。
「わ、私に名前は無いわ。あったかもしれないけど、覚えていないの。それよりもチっ!」
少女がチビと言いかけるとそれを遮るようにしてレイが言葉を話す。
「更に記憶喪失設定……嫌、これが意外とこの戦争を上手く進めるための鍵になってくるのか……?」
とニトたちにも聞こえるくらいの独り言を言い、続けて、
「まあ、いい。勝負しようぜ。俺から逃げきれ! そうすれば、お前にはそうだな。寝床とかをやろう。でもその代わり、俺が勝ったら、お前の秘密を色々と探らせてもらう」
それに対する少女の答えはたった一言。
「ん」
と。それから数分も間は開かず———闘いは始まる。
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