第5話 そして私も

 その剣は普通の兵士の持つ物よりもきっと錆びれていた。普通というのがどのくらいかは、人によって違うかもしれないから言い直すと、その錆は博物館などで見るボロボロの短剣、何百何千年物の鈍(なまくら)刀(かたな)だった。


「凄い……。その剣は今≪魔法≫魔法で作ったんだ……」


 それはただのけんでは無く、魔法まほうつるぎ。それだけで少女を興奮に至らせるには十分だった。


「ああ! 手品師てじなしのマジックじゃないぜ。正式名の魔法まほう武器ぶき作成術さくせいじゅつ、通称≪作成メイク≫だ」


 始めて見た魔法に少年は頭がいっぱいだった。凄い物を見た。もう十分と言えるくらい嬉しい。でも、一つ引っ掛かりがあった。


「その剣って、ほのおが出ていないのにどうして炎剣なの?」


 そこを見逃さなかった。

 別に魔法を始めて見ることが出来て、ニトが魔法を使えることが出来るのだということが分かりそれだけで十分凄いと思っている。

 だが、彼女はそのことを聞かずにいられなかった。


「う、うるせえ! 俺だっていつか使えるようになるんだよ……」


 その言葉の最後に小さく「兄様みたいに……」と付け足すニト。

 彼の≪作成メイク≫にはそんな機能は無い。でもニトは子供のように何度も『いつか』と言い続けた。

 だが少女はそんな呟きに目もくれず、もう一つニトの放ったもう一つの興味を引くことに目が行っていた。


「お兄さんも魔法使いなの!——しかも炎魔法‼」


 炎の魔法を使える兄という途轍もなく興味の湧く設定に目を瞬かせる少女。


「ああ。最強の炎使いだ。俺の憧れで、俺を水の中から救った英雄えいゆうだ!……った」


『英雄』という言葉を境にどんどんと寂し気に悄然しょうぜんとさせていくニト。

 だが、彼女は興奮のあまりそれに気付きすらしない。


英雄えいゆう……。凄い! カッコいい!……いつか私も会ってみたいな」


「あっ……ああ、いつかな!」


 一瞬暗い表情を見せるも気付かれてないならと平然を装うニト。


「魔法……。魔法……。ねえ、どうやったら魔法が使えるようになるかな?」


「え? えぇ……っと」


 その問いに思わず、固まってしまったニト。

 それはニトがきっと少年には魔法が使えないと判断したからだ。

 この世界で魔力マナは誰にでもある。

 だが、彼女にはそれを生成できるまでの量はきっと見るからにない。

 魔法の使用者は、主に三つに分岐される。

 一つ目、管理人かんりにんであること。

 管理人かんりにんであれば、その者の得意属性の最上級の魔法が使えるようになる。ただ人の域では到達できないきょく魔法まほうかみシリーズ。この最強と謳われる二つを扱える者もいる。

 使い過ぎるとその供給の早さが落ちることがあり、その果て、魔法が使えなくなるというマイナス面があるが一般人よりかは何倍も強い。

 二つ目、体格。

 魔力マナの総量は基本的に体格で決まる。つまり太っているまたはマッチョの人が魔力マナが極端に多い。

 少女にはこれが一番希望のあるパターンだ。体格などは走り込みや筋トレでどうにかなる。魔力マナを多く持った人になるためには本当にたくさんの努力が必要だ。

 三つ目、運。

 この世界の魔力適性の大小は、運で作用するところが大きい。

 管理人の他に、世界の頂点に君臨くんりんする者である貴族、王族といった類の者たちが、魔法の才を発揮することがあれば、ただの農民がそれを超えるケースなどもある。

 噂によると、この世界の管理人を含んだ魔術師の中で、最も強いと呼ばれる者もただの農民の出であるとか。

 だから運、という場合は見逃せない三つ目のケースと言って相違ない。

 そのケースは本当に万に一、億に一の場合でこの場合だ。不可能だ。


「魔法使いになるためには、その……。物凄い訓練とかが必要で……」


 ニトはその訓練が少女には耐えきれないと思っている。が、


「訓練! 修行‼」


 少女はそんなニトの気も知らず訓練を修行という言葉に置き換えて目を光らせていた。

 魔法は量が大事という言葉が一般的な物とされている。

 人の体内には、魔法の素となる魔力マナと呼ばれる物を貯める貯蔵庫マナダマリが存在する。闘いの際その貯蔵庫マナダマリにどれだけたくさんの魔力マナを貯められるか、または溜まる早さが勝敗を分けるのだが、少年の魔力マナ)を貯められる量は明らかに一般のより少ない。

 この世界に『魔力マナ体重たいじゅうに比例する』ということわざがある。それはとある未来派の研究機関での魔力(マナ)量に関しての実験の結果から作られた言葉で。

 年齢五~六四歳までを対象とした魔力測定で、それに加えて体重、性別、睡眠時間、食生活など様々な種類の体格、性格の違った人六〇〇人を対象とした実験。この実験の結果、三つの種類の人が主に多いことが判明した。運動選手スポーツマン、四〇~五〇代の中年サラリーマン、肥満気味の自宅警備員ニートの三組。さらにこの三組の中でも体格が大きく、男女問わず体重の多い人に魔力マナが多いと分かった。

 魔力マナを子供より大人の方が魔力マナが多いのは当たり前。ニトが彼女を引いた感触で少女に体重マナが人の何倍も無いことは明らかだった。

 だから魔力マナが扱えるようになっても詠唱をして魔法を操るまでは難しい。訓練、修行をするにしたって増える量も高が知れてる。


 もし可能性があるとするならば、もう一つの方法、管理人かんりにんになること。管理人かんりにんなら早く魔力マナを満タンまで溜めることが出来る。さらに貯蔵庫マナダマリが大きくなる。

 だがこの世界にはもう100人の管理人かんりにんが存在してしまっている。


「止めとけ。魔法使いはお前には向かない」


「……どうして」


「お前が……軽いからだ」


「——は?」


 いつもは丁寧な言葉の少女だがこればかりは意味が分からない。『魔力マナ体重たいじゅうに比例する』ということわざを知らないからこの反応も分からなくもないが。


「それよりも……」


 ハードルの向かった方をもう一度確認。


「ハードルは右からだったよな」


「ん」


 この道の右には確かたくさんの障害物があったからこのまま直進すれば簡単に逃げ切れるぞ、とそう思った瞬間、


「王子ーーーーーーーーーーー! 待つんジャいっ!」


 ニトたちの行く道をはばむように投げ入れられる巨大ないわ。それは目的地の最短ルートへと向かうための十字路じゅうじろの丁度中央に落とされる。辛うじて左には通れる小道がある。だがそれだと少し遠回りになってしまう。


「考えててもらちが明かない」


 細身の体を上手く使って岩と壁との隙間を通り抜ける二人。そのまま左から出て直進するルートへと変えることを決断。


「こんな物どこから取って来たんだよ!」


 岩の向こうから声が返る。


「ここ来る道にあったから適当に取って来たんじゃよ」


「ファイヤーフラワー感覚で持ってくるな!」


「ふんっ!」


 ニト以上の高さを誇る岩をハードルの脚力きゃくりょくは軽々と跳び越える。


「やっぱりアイツ、本当に巨人なんじゃねーの」


「え? 違うの」


「信じてたのかよ……」


 一秒また一秒と進むにつれてハードルと二人の差はどんどん縮まっていく。


「このままじゃ本当に捕まっちまう! チッ! クソ‼」


 ひるがえしハードルと面と向かい剣をかまえるニト。


「何のつもりじゃ」


 そのニトと数メートルの間を取ってハードルも足を止める。


「先に行け!」


 このままだと二人で共倒れという道になる。と考えて自らを犠牲にして戦って逃がすことをニトは決意。


「行かせると思っとるのか」


「ニト君」


「大丈夫だ。そのくらいならどうにかすれば稼げる!」


「でも!」


「大丈夫だ。俺は捕まっても連れ戻されるだけ……。その後滅茶苦茶怖い目に合わされるだろうけどなっ!」


 誰から見ても足が震え涙ながらに語るニト。


「全然大丈夫そうに見えないよ⁉」


「そんなに辛いかのう? あれ」


 小首を傾げあおるように呟くハードル。


「何が! かのうっ?ッだ! 絶対にどこかしら怪我するじゃねーかよ。あれ!」


 後に「血とか出るんだぞ!」と子供のように言い付け足す。


「怪我くらいで……」


「嫌、やり過ぎだろ!」


 興奮気味のニトに目を細め落胆するハードル。


「分かりました」


 続けざまに「仕方ない……」と零す。


「ではこうしましょう。儂に捕まったら王子の負け。逃げ切る、又は、先に王都に付けたら今回のことは言及無しとしましょう!——じゃあ、行きますぞ!」


「嫌!——それが出来ないって言ってるんだよっ!」


 えんけんでハードルに襲い掛かるニト。完全に隙を突いたと思い、入った! っと思った。だが次の瞬間、


「——そんな物‼」 


 その剣身は棍棒こんぼうを持ったハードルの一振りで簡単に粉砕。刹那、次の攻撃が始まる前に再び距離を取り態勢を整えるニト。


「クソ! 炎さえ使えれば‼」


 その言葉にハードルは即座に返す、


「一回も炎使えたことないじゃろ……」


「うっ、うっせぇ……!……つ、使えたことくらいあるわい!」


 その王子の弱腰の態度に溜息を零すハードル。怪訝な目でニトを見る。


「またそんな作り話を……。いい加減飽きたわい」


「なっ、なんだとッ!」


 ムキになり壊れた剣を作り直して炎を出そうと試みる。


「炎よ! 我が手に!」


 それは、当然失敗。

 その必死な光景を見たハードルからは憐れみを孕んだ溜息が一度二度。


「呆れて声も出ないわい」


「う! うるさいわい!」


「ニト君! 本当に勝てるの⁉」


「お前、まだいたのかよ! 早く逃げろよ!」


「え……うん」


 イデアが走り出した瞬間、ハードルが「逃がすわけなかろう」と呟き、棍棒を投げ少女に降りかかる。が、それは少女を遮ったに過ぎず当てる気は無かったらしい。


「まあ待て。特別に勝ち方を伝授してやる」


「そんなものあるはずが……」


 睥睨するニト。


「実は儂……。今、途轍とてつもなく疲れておる……。だからぶっちゃけあのまま走って逃げられてたら辛かった……」


「それは今言うべきアドバイスじゃねーだろ! もっと早くに聞きたかったわ!」


 そう怒鳴り散らすとニトは少女まで追いつき再度走り出す。


「——じゃが、もう遅いッッッ!」


 ハードルはニトの背中を追いかけなかった。その代わり息を整えて他の事へ集中する準備を始めた。


「我(われ)、ハードルの名の元にめいじる」


 詠唱が唱え始まり、刹那『10』と書かれた右の瞳孔が輝く。

 神々しい光——右眼に溜まった魔力(マナ)を大きく息を吸うように口元に集中させるハードル。


「「——」」


 一瞬立ち止まる二人。

 途端、ニトは粟立つ。大男から発せられる殺気に慄く。


「ヤバいヤバいヤバい——!」


 途端、ニトは少女の手により一層力を籠めより必死になって走った。


「アイツの魔法は炎魔法のうち特に威力のヤバい魔法弾まほうだん! 魔力マナを口元に溜めて叫びと共に吐き出すんだ! 一方向に向かってしか打てなく戦いでは狭い道とかじゃないと有利性のあまりない魔法なんだけど。このくらいの道なら多分覆えるくらいの大きさの魔法だから死ぬほどヤバい‼ しかも避けれたとしてもアイツは魔法弾まほうだんを撃った後、すぐに動けるから……」


「……それってもう凄くて、絶望的じゃないか!」


 二人がそんな話をしている中ハードルはゆっくりと唱えていた詠唱を終える。


「過ちの過去を断罪だんざいし、未知の未来へと砲口ほうこうせよ!」


「クソっ! もう少しなのに———!」


 もう少しで出口となった瞬間、詠唱は終わる。あと数言で魔法が完成する。


魔法弾まほうだん涅槃ニルバーナ‼≫」


 交わすしかない。そう思った瞬間、魔法が二人に向かって発射される。

 砲口された揺るぎない弾罰だんばつは、直線を描きながら仁義なき絶望感を二人に与えた。

 砲口の背後から地面を踏み潰しながら迫るその足の鼓動は夢無き未来へと迫る足音にさえ思える。


 ニトは目を閉じ、少女も諦めかけた。その時——


「まだ!」


 少女が声を上げる。


「管理人になる方法を教えて! 早く⁉」


 もしその能力が魔法弾を防げる何かに成り得る物だったら。それしかないと少女の眼はニトに訴えかけた。


「……っ」


 ——≪選択する俺は未来を≫って唱えるだけだけど……。


「もう百人揃っているから無駄だ……。それより早く隙間に入れ!」


 ニトの助言をすぐに受け止めるように少年は俯いた。


「……そういえば、ニト君に言い忘れていた事があったね」


 ゆっくりと魔法弾の方へと体を回転させる少年。


「私ね——逃げることが一番嫌きらいなんだ。だから……言う——≪選択する私は未来を≫」


「えっ、どうして……」


 ——今、口に出してなかったよな?


 彼女は今、彼の口に出さなかった言葉を聞いた。自分自身の記憶に、確かにあるはずの無い言葉を使った。


「はぁ……」


 ポケットから杖のような棒を取り一呼吸間を開ける。


「——」


 ——失敗したのか?


 何も起こらない。


 ——じゃあこの空気が変化したような感覚は一体


「——行くよ」


 少女はその恐怖を前に毅然と杖を振り降ろす。その動作に迷いなどみ微塵も無かった。瞬く間にその光の集束は魔法弾を返すように帯びた。


「——≪エライム!≫」


 偶然か必然か。そのどちらかははっきり言って分からない。

 だけど、一つだけ言えることがある。

 この出来事は——、


「そんな筈がない……」


 ——神の意志の働いた奇跡である。


「——有り得ない」


 管理人(かんりにん)はもうこの世界に100人存在している。

 その誰もが顔が割れていてニトはその全てを知っている。彼女はそのどれにも当てはまらず、魔法で姿、形を変えるにしたって管理人かんりにんに気付かれない筈がない。


 ——だからその可能性を思わずにいられない。


「まさか」


 百人戦争、三度目の今年。

 世界は絶望の殺戮の再来に震えていた。

 多くの人が死を恐怖していた。

 だがそんな中、一筋の光が射した。


 ——101人目の管理人の誕生。


 *


「あり得ない……コイツは101人目だって言うのかよ」


「何を言うておる! そんなもんおるはずが無いじゃろ。それにこれが仮にそんな奇跡みたいなもんだったとしても……」


 集中するハードル。


「それがどうしたーーーーー!」


 ほとばしる咆哮と共に強度を増す涅槃ニルバーナ


「いくら其奴が規格外だったとしても、儂の≪涅槃ニルバーナ≫が敗れる訳がない!」


 塵一つ残さず行進してくる涅槃ニルバーナ。勢いを殺さず涅槃ニルバーナエライムと衝突する。


「——吹き飛べ!」


「————ふッッッ!」


 右手だけで握っていた杖に左手の力も加える。その甲斐あってか少女のエライムは一向にハードルの涅槃ニルバーナを通さない。


「すげぇ。こんなに細い膜なのに砲弾を受けても破れない……」


 でも、きっと。


「それは持たない。逃げるぞ……?」


 逃げを提案するニト。


「大丈夫だよ」


 と食い気味に少女は言う。

 それから留まり見続けるニト。そうしているうちにニトはあることに気付く。


「——そうか。魔力マナを往なしているのか」


 よく見ると涅槃ニルバーナは少しずつではあるが確かに小さくなっていた。


魔法マナ摩擦まさつ……。でもコイツに涅槃それに耐えれるくらいの体力があるのか? 本当に」


「ハァッッッーー!」


「ハハ。負けず嫌い」


 少女の自身はそこから生まれたのだ。

 涅槃ニルバーナは高い威力を誇る。が、それ結局はただの魔法を固めた魔力の物体に過ぎない。擦り減らしてしまえばあとは根性。そこでこの情報が役に立つ。〝ハードルは今体力が無い。〟


「嘘だろ……。涅槃ニルバーナが……負ける?」


 その一瞬の思考の経過に思わず鳥肌が立つ。目を見張る。離せない。

 これまでのニトには無かった発想だった。ただ来るもの。防げない。だから避ける。そんな考えに固執してしまっていた。

 涅槃ニルバーナは少女の魔法の中で回転を続け次第に小さくなっていった。その末に摩擦で擦り減り消える瞬間——、


「あ……やっ」


「魔法を破った程度で! ——調子に乗るなよ、小僧!」


 ハードルは人間離れした脚力に頼り空高く跳び、強度の失われた水の膜を叩き割り少女を襲う。


「——クッ! またか!」


 ≪作成メイク≫が間に合わない。


「——≪エライム!≫」


 水の膜を今度はハードルを覆うように円形に作成する少年。

 その続けざま、


「ニト君——逃げるよ」


 提案し二人は駆ける。


「——クソ! こんな物!」


 ハードルが棍棒で、蹴りで何度も膜を叩き割ろうとするもそれは一向に割れなかった。


「おいおいおい! このままいけばもしかしたら行けるんじゃないか!」


 そのままニトは101人目の証の瞳孔を持つ彼女を連れ——日の出前、城へと向かう。

 その出会いがニトに、否。世界にとって大きな転機を及ぼすとも思わないまま。

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