第4話 初めては素朴なモノ

 中世ちゅうせいより一三〇〇年程進んだ世界と数分前にニトの言った言葉を疑った。

 橋の暗がりから出ると、プールポワンやタイトなワンピースを着こなす貴族、チェックにマント、カートルを着る庶民といった中世ちゅうせいヨーロッパを思わせるような服を着た人ばかり。


 そこはランプの小さな明かりが昏い夜を疎らに街中をらす——まさに中世ちゅうせいその物のような街並みだった。

 電気機器では無く、古びた火のランプ。街中どころか、家の中から微かに差し込む光も少女の知っている物よりかは、微かに昏い。きっとこれも火のランプによる光だ。

 家の中から聞こえる音はどこもテレビからの音では無く、家族間の食卓を囲んだ団欒(だんらん)の声。

 この思う不気味さは多分、彼女が生きていた記憶の残りカスのような物だけれど、それとここまで違うのならこの世界はきっと過去派の勝った世界か過去派の領土と言うべき所なのだろう。


「まあ驚くのも無理ない。ここ最近まで過去派の領地だったからな、仕方ない。ここより幾つか遠くにこの世界で一番発展している都市がある。そこを見るときっとこの世界が中世ちゅうせいじゃないってわかるぜ。いつか見に行くといいさ」


 夜間の景色を見て行くうちに物珍しさに歓喜の表情へと変わっていく少女。それとは対照的にニトの表情はどこか憂鬱。

 しばらくすると辛い過去でも思い出したように怒りをおもてに出し、


「過去とか未来とかどうでもいいんだよ」


 と物静かな憤慨の言葉を吐き捨てる。その言葉に、聞いたこと無い声音に少女は訝しむ。


「ねえ……大丈夫?」


 服の裾を引く。

 ニトはそんな彼女を心配させぬようにと笑顔を無理にうその表情を繕い「大丈夫」と笑ってみせた。

 だけどその口の形に違和感を持った少女は、


「全然、大丈夫そうに見えないよ」


 と怒りに似た感情を込めた声でニトに食い下がる。


「大丈夫って言ってんだろ……俺のことは放っておいてくれよ」


 ニトの声に怯み、言葉を失う少年。

 黙りこける。

 言葉を失い、変わりに別の言葉を探した。

「ごめんね」も「分かったよ!」も違う。彼が自分を助けてくれた時の顔を思い出して、今と比べて。

 腕に伝わる緊張、言霊の震えをどうにか抑えて、少女は言葉を探す。

 少女は考えた末、それを見つけた。


「君は私を救ってくれたから。私は君を見捨てない」


「助けたって大袈裟すぎるだろ……」


「大袈裟じゃないよ? 私は本当に君に救われたの。だから私はそれを返す義務があるの。それに君に少し興味もあるし」


「……! サラッと恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ……!」


 顔を赤くし丸くなっていると、横から全く聞き覚えのない声が聞こえる。


「王子ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 それは棍棒こんぼうを持った大柄の二.五メートル級の巨人だった。

 大きな棍棒こんぼうのような物をき摺(ず)る物音と王子という一声いっせいが多くの大衆で賑わっていた場所に段々と道を作った。

 その王子はきっと少女の隣に居る青年、ニトだ。


「——」


 大男の出現に呆然自失になった少女。


「怖い! 何なのあの人は‼ この世界が多少、空想世界ファンタジーなのは分かっているつもりだったけど。巨人が出るなんて予想だにしなかったわ……」


 急に声を上げ言うと、少女は震えながらニトの服の裾を掴む。

 が——ニト自身も震えており、その肩はやや頼りない。


「あ、あれは巨人だ! みみ……、見つかったら、縛き上げられる」


「そんなの見れば分かる……。だから、私も……」


 ふと顔を覗くと不安気に俯く少女。

 赤く染まる頬にニトは可愛いと思った。


「と、トニカク! あの小道に逃げるぞ……」


「う、うん……」


 討論に語彙力が無くなるくらい焦る二人。そのまま気付かれてないように隠れるのに最適な小道に逃げ込む。

 するとそこに月光が雲に隠れたかの如き影が架かる。そのことに気付いた二人は黙りこける。

 息を呑んでゆっくりとその陰の方を向く二人。


「見つけましたよ——お・う・じ♡」


「「ギャあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」」


 ニトが一歩リードして走る形で走り出す。

 ニトが巨人というその大男は、路地(ろじ)の中に入れる横幅を持たないため、別のルートを探しに右の方に向かった。


「巨人って⁉ この世界って機械の発展した文明とかあったはずでしょ! 何! 過去派の世界にもなると巨人とかに襲われるようになるの⁉」


「今じゃ魔法だってある世の中だ。巨人だっている。それより!」


 今はどうやって逃げるか。


「え——今なんて……?」


「巨人だっているって……」


「嫌、そっちの方じゃなくって。その……」


「あぁ——魔法まほう


 立ち止まり何かの構えを取るニト。


「——ッ——!」


 次の瞬間、ニトの右眼が光り出す。

『1』という数字を見せる瞳孔。そこから神秘的なまでの美しい光が漏れ出でる。それは俗に言う所の魔法の発現までのプロセスとその魔力(マナ)の動き——


われ、ニト・クレイシスの名の元にめいじる。過ちの過去を断罪だんざいし、未知の未来を作成せよ!」


 これは≪作成≫のプロセス。

 眼から細い線のように流れ出た魔力マナは次第に螺旋状になぞるようにして彼の腕を流れながらちょうど手の内に剣の握りが納まるように型付く。

 ただの光だった剣擬けんもどきはニトが触れた瞬間、握りから次第に本来の形を形成し、無数の疎らな光の煌めきを剥がしながら顕現けんげんした。


「≪作成メイク≫——えんけん<火洛レヴァーダ!>」


 その剣は、炎剣と言うには余りにも素朴な灰色。

 握りも、つばも、けんしんさえも錆びれていてどれもその美観びかんには叶わない物だった。だがそれでも彼女を奮い立たせるには十分だった。

 これが少女の見た始めて魔法。

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