終活とサイボーグ

Planet_Rana

★終活とサイボーグ


 孤軍奮闘といえば聞こえがいいものですが、実際は書類審査と面接に落ち続けているだけの若人でございます。


 本日も余裕しゃくしゃくと出向いた矢先に門前払いを食らいまして、心ここにあらず。

 公園で星見をしようにも、年に一度の花見シーズンの到来もあってどうにも難しいものがありました。願わくば、今日こそはという腹積もりで、本日も晴天に焦がされながら白シャツを纏ってスーツに袖を通し、スラックスをベルトで留めました。


 まあ先程申しました通り見事に審査は不合格になりまして、日程は午後前に終了してしまいました。こんなことが毎日あります。公園の蛇口を捻ってみれば、出ない水。どうやらここ最近続いている季節外れの猛暑に対抗して水道工事を行っている模様でした。断水ですかぁ。これは厳しい。


 仕方がないので拠点にしている公園を幾つか回りまして、どうにか水を手に入れました。あれ、おかしいな。後方から足音がします。鳥についばまれて落ちた花が、すりつぶされてジャムの様に芳香を放つ中をずんずんずんずんと、がに股で大股な男性が追いかけてきたようです。


 誰かというと、先程私を面接で落とした人でした。彼は私の前に立つと、何だか微妙な表情をしました。私が面接場面で見せた笑顔を作らなかったからでしょうか。それとも、こんな公園の真ん中で蛇口を捻り、水を得る様子が可笑しかったのでしょうか。


「……何してるんだ、あんた」

「見て分かりませんか。水を飲んでいるんです」

「油じゃなくて? 水を?」

「ええ。水を。何かおかしいでしょうか」


 成程、とも、納得、ともしていないようなうめき声が聞こえます。

 モーター音。耳元まで響くそれは、男性の胸部から聞こえてくるものでした。


「……この辺りに住んでいた人間を知らないか。あんたが生き延びられているんだ、他にもきっと、生き残りが居るはず……」

「居たら、とっくに地下へ届けています。居ないから、私は毎日、届けを出しに行っているんじゃありませんか」

「あれはつまり、あんたの生命維持を辞めるっつう契約だろうが。どうして俺がそれを飲む必要がある」

「貴方が生き残りだからです。頭脳としての機能が生きている限りは、今後の人間の助けとなれます。私にはそのような高度な演算能力も、処理能力もありませんから」

「……」


 最近は書類で弾こうとする癖に何をそう、呆れた顔をするんだか。への字の口をひきつらせた彼を横目に、十分な水分を補給した私は蛇口から身体を放しました。


「焼却炉の電源を入れる許可を頂きたいだけなのに、どうしてそうピリピリするんですか」

「いや、明らかに身投げする予定の奴を止めねぇのは倫理に反するだろうよ」

「……今のこの街の様子を見て、貴方は私が必要だとおっしゃりますか?」


 舗装はど根性植物に蹂躙され、上空には体長1㎝の多足虫がムクドリの様に群れを成して飛んでいきます。工事現場はあの日のまま。生きている人間は愚か、人の気配以前に哺乳類の気配をあまり感じません。


 日常の中にAI搭載のロボットが浸透した世界。便利な日常は騙し騙し生きてきた人間の前からあっさりと姿を消したようです。太陽風の直撃に、人という生物は耐えられなかったのでしょう。


「残ったのは、直接太陽風に当てられなかったガラクタが二機。私と、貴方」


 指を差してその事を口にすれば、彼はやはり苦い顔をしました。

 人間らしい、高度な人工知能を搭載しているんでしょう。私とは違い、随分と存在し辛そうな性質だと思いました。


「俺一台じゃできないことも、あんたとならできるんじゃないかと思うんだが」

「無茶を言わないで下さい。初期型で最早レトロ扱いの私に対して、貴方は全身サイボーグの無機物頭脳でしょう。スペック以前に、スタートラインが天と地の差なんです――それに、私は別に、人を復興させようと思っていない」


 潰れていないサクラの実を水で洗い、口にして。渋みよりも甘みが勝ちました。

 暫くはこれをエネルギーとして……道の草を頬張るよりはいくらかマシでしょう。


 種を吐き出して土に埋め、振り向いて。

 血色の良い肌は人工皮膚。彼は最新鋭の技術を投入されたロボット――人とAIの両方に人権を与えた世界なんて――ただタイムスリップして来た人類には荷が重すぎました。


 ――私はロボット。ロボットということになっています。旧型のロボットで、ゆるーい自殺を試みている。今の所全てこの人間もどきの機械仕掛けに阻止されていますが、私はめげない。こんな悪夢みたいな現実を無理して生き延びる必要はないのです。


 天国に行けなくたって、地獄に落ちたってかまいません。


 ……溶鉱炉を選んだのは、建物の屋上から落ちるよりよっぽど死ねる確立が高いと睨んだからでした。つまるところ、ソロ終活。

 だってこの男性型アンドロイド、高スペックすぎて医療技術が半端ないのです。12階建てから地面に着地した私をこの通り、日常生活に不便しない程度に治してしまいました。今では腕や足、内臓の一部がメカメカしています。


 違う。そんな事を望んではいません。

 できるだけ、人間のまま死にたい。


「――成程。君には、人を復興させるつもりがなかったのか」


 そんな事を考えたことがなかったとでも言わんばかりの顔で、彼は呟きます。


「倫理的に問題がありますか?」

「人間が世界を牛耳っていた頃はそう判断したかもしれないが、今となっちゃ俺とお前しか残ってないからなぁ。絶滅危惧種を助けるなんて、余裕がある奴にしかできないだろう」


 まるで人間の様なことを言って、笑う。私もつられて笑いそうになったものの、必死に表情を隠しました。私は、ロボット。ロボットのように振る舞わなければ――何をされたものか分からない。


「では、話はお終いですね。本日提出した用紙について、許諾は頂けませんか?」

「しねぇよ。それは、俺が嫌だ」

「そうですか。では、明日も伺います。私はこれで」

「ああ。それじゃあ、ついて行かせて貰うぞ」


 ゆるゆると、本当に人間のように手を振って。彼が私から距離を取る。

 私も彼から距離を取る。きっと、彼が呟いたのも気のせい――。


「……何故!?」


 今までに無かったオーバーリアクションで反応をして見せれば、相手はわっと驚いたように両腕をホールドアップして見せました。


 どこまで人間らしいんだろう、このロボット。


「な。なんでって……どうせこの町を出るんだろ、そんな気がした」

「そ、そりゃあ、この街には貴方がいますし、何処で自殺しようとしても助かってしまいますから……溶鉱炉に飛び込ませてくれるんでしたら、喜んで残りますけど」

「溶鉱炉なんてもんは、ずっとずっと昔に止まって今じゃあ岩石の巣窟だ。燃料も何もないのにどうやって飛び込むって? 因みに俺は、脳漿がぶちまけられた状況下でも蘇生させることができるぞ」

「…………それ、治療後に目覚めるのは『私』なんです…………?」


 顰め面で聞き返した私に、彼は言葉を返す。もしかしたら、自分にも分かる言葉で話してくれる可能性があるかもしれないと希望をもって。


「さあ。記憶があるんならお前なんじゃないの?」


 理解できそうになかった。







 荷物をまとめ、荒廃した街から街へ旅をする。


 駄目元で発動させてしまったタイムカプセルから現れたのは、いつの時代から来たのか分からない人間だった。年齢は申し分ない。若くて活発で――子どもを産める身体を持っていた。


「……」


 自分が人間最後の生き残りで、彼女を引っ張り出したのは人類を続けるためだったのだということ。

 浅ましい目論見に巻き込まれた君の身体は、もう殆ど人間では無くて。記憶の継ぎ足しと消去を繰り返して原型も残っていないということ。


 誰も残っていない研究室で死なせてと泣く君を、殺してあげられなかったこと。

 人を復興させるつもりがないと言った君に、俺自身が救われたということ。


 君に伝えられない真実すらも。

 墓場まで持って行って、口にはするまい。


 人が住むには厳しく、過去の文明を彷彿とさせる遺跡群を行く。相変わらず、こちらを見る彼女の目線は疑念を含んでいて、全く気を許しちゃくれない。


 男はそれを良しとして、今日も人でなしのフリをする。

 少女を一人で死なせることだけはしまいと。それだけを目的に笑んだ。




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