思い焦がれて

 カーテンから差し込む日の明かりに、目を細める。

 身体を起こす。目に映るのは裸の私。隣に菜乃花はいない。

 酷く身体が重たい。このまま横になって眠ってしまいたい。そんな誘惑を断ち切り、ベッドの隅の携帯をたぐり寄せる。

 時刻は午前七時。すぐに仕度をすれば学校には間に合う時間。

 それでも、今日は通学する気分にはなれなかった。

 みっともなく菜乃花に泣きついたことを思い出して、顔が熱くなる。

 本当にどうかしていた。あんな弱音を吐くなんて、自分でも驚きだ。

 ふと、部屋の扉が開いた。部屋着姿の菜乃花と目が合う。

「おはよう、凛花ちゃん」

「……おはよう」

 耐えきれず視線を逸らす。菜乃花の顔をまともに見られない。

 ゆっくりと菜乃花が近付いてくる。ベッドの上に腰掛けると菜乃花は、

「はい、凛花ちゃんのパンツ」

 床から黒い下着を拾い上げた。咄嗟に菜乃花から下着を奪い取る。

「……ばか」

 タオルケットで身体を隠す。

「もう沢山見たのに」

「前向いてて」

 タオルケットの中で、急いで下着を身に着ける。

「まだ脚ぷるぷるしてる」

 菜乃花が脚を伸ばす。ショーパンから細くて白い脚が露わになる。

「ごめん」

「責めてないよ。凛花ちゃん激しかった」

 ふにゃっとした菜乃花の笑顔が胸に染みる。

「学校は? 間に合う?」

「……休もうかな。お邪魔しても大丈夫なら」

「全然大丈夫だよ。お父さんいないから」

「仕事?」

「うん。仕事で県外にいるの。だから、私一人」

「……そう」

「何か食べる?」

「朝は入らないから大丈夫……珈琲貰える?」

「うん。淹れてくるね」

 菜乃花が部屋を後にする。

 ベッドを降りる。脱ぎ散らかしたシャツを拾い上げ、身に着ける。

 カーテンは閉じたまま、日が差した部屋は、微かに明るい。

 力なく、ベッドに横になる。

 布団から菜乃花の匂いがする。

 心地良さを感じるのと同時に、卑猥な気持ちになる。身体が菜乃花を求めている。

 本当にどうかしている。菜乃花としたことが、まるで夢みたいに、頭がふわふわしている。

 全てが愛おしかった。

 吐息も、唾液も、体熱も、

 そんなセックスは初めてだった。

 扉が開く。珈琲の匂いが漂ってくる。ベッドから身体を起こす。

「ありがとう」

 マグカップを受け取り、ベッドに腰掛ける。

 珈琲を一口含むと、眠っていた頭が動き出すような気がした。

 菜乃花が隣で同じように珈琲を口に含む。

「この後はどうしよう」

「買い物でも行く?」

「……歩けるかな」

「本当にごめん」

「ううん。もっとしていいんだよ」

 それは甘い誘惑のように、昨夜の乱れる菜乃花が頭から離れなくなる。

 頭を横に振る。邪な感情を抑え込む。

「ベッドでゆっくりしてよっか」

「……」

 思わず菜乃花の顔を見る。

「凛花ちゃん?」

「……意味分かってる?」

「うん。そのつもりだよ」

 気恥ずかしくなり視線を逸らす。

「菜乃花は、女同士でも大丈夫なの」

「うーん。凛花ちゃんだからかな。あんまり考えたことない」

「……そう。私も、菜乃花だから」

「本当に?」

「本当よ」

 今までのセックスとは比べものにならなかった。それ程までに私は満ち足りていた。

 叶うなら、このままずっと菜乃花とこんな日々を送っていきたいと思う。

 勿論、それは叶わないけれど。

「もう一ヶ月もないから」

 だから、と菜乃花は恥ずかしそうに顔を赤らめて続ける。

「いつでもしていいよ。凛花ちゃんのしたい時に、好きに使って」

「……その言い方嫌い」

「私が凛花ちゃんにあげられるのは、これだけだから」

 まだ珈琲の残っているマグカップを、ベットの下に置く。ゆっくりと近づき、唇で菜乃花の口を塞ぐ。

 浅いキス。菜乃花の手に持つマグカップが揺れる。

「零れちゃう」

「置いて。脱いで」

「うん」

 押し倒し、深いキスをする。

 学校も時間も、全部忘れて、私達は行為に耽る。

 何度も果て、何度も求め合う。そうしているうちに、午前は過ぎ、午後になる頃には、お互いに歩くことすらままならなくなっていた。


 ベッドの上で寄り添うように横になる。

 菜乃花に包み込まれるように、華奢な身体に頭を預ける。

 そっと頭を撫でられる。まるで子供をあやすように、優しく、何度も。

「えっちしてる時の凛花ちゃんは大人っぽいけど、終わった後は子供みたい」

「……そんなことない」

「はいはい」

 あやすように言われる。それでも悪い気はしない。

「なのか」

「なあに」

「好き」

「……うん」

「ずっと好きだった」

「ずっと?」

 菜乃花の手が止まる。

「初めて会ったときから、ずっと」

 返事は返ってこない。困らせてしまっている自覚はある。それでも、想いは溢れて止まらなかった。

 少しの間の後、菜乃花が口を開く。

「どうして私なんかを?」

「初めて、あんなに優しくしてもらえたから。そんな資格、私には無いと思ってたから。だから……」

 五年前。虐待のことで塞ぎ込んでいる私に、優しく手を差し伸べてくれた菜乃花。

 菜乃花はいつだって優しくて、そっと私の隣に寄り添い、手を差し伸べてくれた。

 縋り付くように、菜乃花を抱き締める。

 五年分の想いが溢れてくる。

 父の行為を受け入れた時も、

 一夜を過ごすために、身体を売った夜も、

 授業中に窓から大美湖に思いを馳せている時も、

 ずっと、ずっと、貴女を想っていた。

 優しく頭を撫でられる。思わず顔を上げる。

「嬉しい。ありがとう、凛花ちゃん」

 温もりが私を包む。離さないように私も抱き締める。

「ずっと、こうしてたい」

「……向こうで会えたら、ずっとしよう」

「する。絶対」

 幼い頃から押し殺していた、素直な気持ち。

 まるで鎖から解放されたように、私が変わっていく。

「明日は学校行かないとだね」

「……菜乃花と居たい」

「だめだよ。理奈さんと歩美さんに怒られちゃうよ」

 あやすように言われる。本当に子供みたいだと思った。

 目を閉じる。今だけは、今だけは全部忘れて、貴女の温もりに浸っていたい。

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