七月、約束

chapter1

 屋上の手すりに寄りかかりながら、私達は灰色の空を眺める。

 今にも降り出しそうな灰色の空。不思議と心は清々しい。

「あの男ってセフレ?」

「そうね……啓太とはそんな感じ」

「啓太っていうんだー。初体験っていつ?」

「答えたくない」

「そっかー。あたしは中二の時。水泳部の部室で三年の先輩と」

「相変わらずなのね」

「相変わらずってなにがー?」

「なんでもない。それで?」

「別に付き合ってなかったんだよね-。いつも揶揄ってて、その日は、何か様子が違って、襲われて」

「……そう」

「初めてなのに、不思議と痛くなくて……必死に腰を振る先輩の姿が、なんだか面白くてさー」

 辛い過去を、綾部さんはどこか楽しそうに語る。

「変わってるのね」

「なにがー?」

「普通、初めては好きな人としたいと思うでしょう」

「そうかもねー。でも気持ちよかったし、別に嫌じゃなかったし」

「そう」

「あんたは? 初めてってどうだった?」

 思い出したくもない過去。それでも、何も語らないのは、彼女に失礼な気がした。

「…………酷く痛かった。気を失いそうなくらい痛くて、早く終わって欲しいってずっと思ってた」

「やっぱ人によって違うんだねー。今まで何人としたか、ちゃんと覚えてる?」

「……いいえ」

「あたしもー。あんた、結構遊んでるんだねー。あんたって言うのもあれだし、りんりんって呼ぶね」

「何それ。まあ、いいけど。私は別に遊んでるつもりは無い。それしかなかったから……それだけ」

「そっかー。やっぱ何か理由があるんだ」

「あなたに話すつもりはないけどね」

「つめたー。でも、最近飽きてきちゃってさー、何か熱中できることがないか探してたんだよねー。そしたら理奈が声かけてきて」

「バンドの話?」

「そうそうー。案外楽しいね、四人で音を合わせるの」

「それは同感ね。誰かのミスが減れば、もっとね」

「はいはーい。がんばりまーす。りんりんは、いつからギター始めたのー?」

「小五の時、高校生になったら一緒に音楽をするって菜乃花と約束をして、母にアコースティックギターを買って貰ったの。それから」

「なんかいいねーそーゆーの。長いんだねギター」

「そうね。他に趣味も無かったから、ずっと弾いてた」

「あたしもそんな感じだったなー。理奈が急にバンドやろうって言い出してー」

「そうだったのね」

「なーちゃんとは?」

「どういう意味?」

「何もしてないのー?」

「……?」

「りんりん、なーちゃんのこと好きでしょ」

「……否定はしない。菜乃花は特別だから」

「女同士なのに?」

「……? 好きになるのに性別は関係ないと思うけど」

「そういうものかなー」

「ええ。私はそう思ってる」

「なーちゃん良い子だよね-。なんか守ってあげたくなる感じー」

「そうね」

「あたしがなーちゃんを襲ったらどうする?」

「突き落とす」

「りんりん面白いねー」

「真剣よ」

「冗談だって。こわー」

「それで、他に聞きたいことは?」

「うーん。思いつかないかも」

「それなら、終わりね」

「まあ、いっかー。時間は沢山あるんだしー」

「……そうね…………啓太のこと、二人には話さないって信じていいの?」

「話さないから安心していーよ」

「……わかった」

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