告白

 ショッピングを終えて、求められるがままに行為を終える。

 薄暗い寝室を、ベッドの隣の間接照明が照らす。

 シャワーを浴び終えたのが、二十時。

 啓太がシャワー浴び終え、ベッドに移動したのが二十一時。

 行為を終えた今は何時になるのだろうと思いながら、ベッドの上でぼうっと自分の腕を眺める。

 ふと思い出すのは、菜乃花を抱き締めた時の、あの温もり。

 遮るように隣から煙草の匂いがする。いつものことなので気にしない。

「凛花って、キス嫌いだよね」

 そう言って啓太は、ふうっと煙を吐く。

「啓太だけじゃないよ」

「安心した」

 キスを許せるのは菜乃花だけ。言いかけた口を噤む。

 ベッドの軋む音がする。影が伸びて、胸を触られる。厭らしく、焦らすように、ゆっくりと。

「……まだする?」

「いや、さすがに無理」

 手が離れる。啓太は煙草を取り出し、二本目に火を付ける。

「はい」

 下着を渡されて、身体を起こす。

「風邪引く」

「そうね」

 下着を身に着ける。空調の効いたこの部屋は、裸で居るのには肌寒い。

 傍にあるタオルケットをたぐり寄せ、包まる。

 携帯を手に取り、時間を確認する。時刻は二十三時。

 菜乃花はもう寝ているだろうか。 

 日曜日はバイト。次に会えるのは、月曜日の放課後。

 たった二日なのに、不思議と遠く感じた。

 今もそう。

 私と菜乃花の間には見えない壁のようなものがある。

 夜の私。十歳の私。今までの私。

 父から逃げる為にした、夜のこと。

 後悔はなくて、でもそれは事実として私に刻まれていて。

 本当の私を知った時、貴女はどんな顔をするだろう。

 憂いもなく貴女の隣に立てる日が来るのだろうか。考えても考えても、答えは見えない。

『セックスがしたいから?』

 恋人を作る理由を尋ねられ、真っ直ぐ答えた彼女。

 彼女の口にした言葉が、私を掻き乱す。

「あのさ」

 気怠そうな啓太の声。

「なに」

 身体を動かさず、返事をする。

「付き合わない?」

 咄嗟に身体を起こす。タオルケットが落ちて、下着が露わになる。

 表情は見えない。煙草を手に、私に背を向けたまま、啓太は続ける。

「凛花がよければだけど」

 そんなことを、口にするような男ではないと思っていた。

 いつだって彼は言っていた。恋愛なんて面倒くさいと、恋愛なんて一時の気の迷いだと、男女の関係なんて、セックスだけで十分だと。

 そんな啓太が、まさか。

「本気?」

 正気を疑う。目の前の男が別の人物に見えてならない。

「本気」

 どことなく、控えめに彼は言う。

「どうして、急に」

「どうしてかな。前から薄々思ってたんだよね。凛花といると楽だし」

 驚きだった。そんな仕草、微塵も見せなかったのに。

「文化祭が終わってからでいいから、考えてみて」

 宙に投げ出された言葉は、どこか他人事のように浮いている。

「……うん」

 彼の背に、小さく頷く。

 ベッドに横になり、タオルケットに包まる。

 啓太がふうっと煙を吐き、煙草の匂いが漂ってくる。

 確かな驚きと、僅かな気まずさを隠すように、ゆっくりと目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る