夜願い

 理奈がグループを作り、私と綾部さんを招待する。

 グループの名前は『CLOVERS』理奈が菜乃花と友達登録をすると、すぐに菜乃花がグループに追加される。

 不本意ながらも、綾部さんを友達登録する。

 新しく追加された友達が、一番上に表示される。

 『あゆ』そう書かれた綾部さんのアイコンは、恐らく本人。口を開き、舌ピをアピールした、雰囲気のある口元の自撮りだった。

「よろしくね、なーちゃん」

 聞き慣れない菜乃花の呼び方に、思わず振り向く。

 菜乃花と綾部さんが並んで会話をする。そうして、二人の背丈があまり変わらないことに気付く。

「歩美、意外でしょ」

 背後から理奈の声がして、振り向く。

「気さくというか。気が利けるというか」

「そうね。普段の綾部さんからは想像できない」

「あはは、歩美もね」

 菜乃花と綾部さんに視線を向けて、理奈は続ける。

「中学の時、私と同じクラスだったんだ。菜乃花ちゃんとは違うクラスだったんだけど、合唱コンクールで菜乃花ちゃんがピアノを弾けなかったこと、心配してたというか、気にしてたんだ」

「そう」

「自分は弾けないくせに、あの子のことを責めるんだって、菜乃花ちゃんを責めるクラスメイトに言ったりして……本当、歩美らしい」

 意外な一面を知り、内心驚いた。どこからかやってきた不安が、薄れてゆく。

 どうして理奈が綾部さんに拘るのか、少し分かったような気がする。

 緊張が解けたのか、菜乃花は楽しそうに綾部さんと言葉を交わしている。

 その光景を目の当たりに、ふと思う。

 菜乃花と第二音楽室で活動する為に行動したことは、間違いではなかったと。

 場所がスタジオであっても、理奈と綾部さんの菜乃花への態度は変わらないだろう。

 それでも、放課後、通い慣れた校舎で同じ制服を見に纏い、活動をする。

 そんな中で、少しでも過去を忘れられたらと思う。嫌な思い出を、良い思い出に変えられたらと。余計なお世話かもしれないけれど。

「今日はどうしよう凛花。この辺で終わっとく?」

 顔合わせ初日。文化祭本番まで、これから毎日のように練習が続いていく。

 まだ、焦ることは無いだろう。理奈から聞いた話だと、三年振りだという綾部さんのベースも、曲を弾き切る程度には、感覚を取り戻したようだ。

「ねえー今日は練習しないのー」

 気怠そうに、それでいて積極的に、綾部さんが言う。

「どうしようか、凛花と話してたとこー!」

「あたし」

 綾部さんが不敵な笑みを浮かべる。じっと私を見て、嬉しそうに言う。

「まだ、あんたの歌とギター聞いてないんだけどー」

 小馬鹿にしたような物言い。不思議と不快には感じなかった。

「それもそうね」

「凛花!?」

 理奈に背を向け、準備室へ向かう。

 登校時に置いておいたギターケースを手に取り、菜乃花達の元へ向かう。

 いい機会だと思った。菜乃花に聞いて欲しいとずっと思っていた。

 ギターケースからテレキャスターを取り出す。ドラムセットの近くのアンプに繋ぎ、軽く音を調整する。

「私も叩いていい?」

「もちろん」

 理奈がドラムセットに向かう。

「あたしは見学ー。なーちゃん椅子持ってこよー」

 菜乃花と綾部さんが、教室の隅にある椅子を持ってくる。椅子を並べると、第二音楽室に小さなステージが出来上がる。

「どの曲やる?」

「夜願い」

『夜願い』は、中学三年生の冬に書いた曲。

 疾走感に行き場の無い切なさを加えた、ロック調の曲。

 その頃は、父の元を離れて、可美原に引っ越していた。

 家族の温もりに馴染めない疎外感と、夜の街を歩く開放感。

 一人の夜に、遠い過去に願いを込めた、そんな曲。

「おっけー」

 心地の良いバスドラムの音が鳴り、理奈が準備を始める。

 人前で、歌を、曲を披露するのは、数年振りだ。

 中学生の時は、夜の街をギターと共に過ごした。

 ビルの前、通路の隅にあるステージ風のスペースで毎日、歌を歌った。

 女子が一人で弾き語りをしている様子はどうにも珍しいようで、観客には恵まれていた。仲の良い警察官の知り合いもいたし、毎日飲み物を差し入れてくれるサラリーマンのおじさんもいた。

 弾き語りは、純粋に音楽を聴いてくれている人、興味本位で足を止める人、品定めするように身体をじっと見てくる人、本当に色々な人が居た。

 私は懸命に歌い、当たり前のように夜の宿を探した。

 観客の中から、夜の宿を見つけることもあった。勿論、弾き語り後に夜の街を彷徨い、声を掛けられるのを待つことも。

 あの頃の私はどうしようもなく無力で、それでいて自由だった。

「いつでも行けるよ、凛花」

 頷いて返事をする。前を向く。椅子に座る菜乃花と目が合う。

 菜乃花は私を真っ直ぐ見据える。私も答えるように、菜乃花を見据える。

 念願だった。こうして貴女の前でまた歌うことを、ずっと待ち望んでいた。

「お願い」

 ドラムスティックのカウントが始まる。1、2、3、のカウントと共に、理奈のドラムが部屋中に響く。

 一呼吸置いて、ギターを奏でる。

 音と音が重なり合う、心地の良い瞬間。

 爽快なギターソロを弾き切り、大きく息を吸う。

 軽快なドラムのリズムと、刻んだコードと共に――

 ただ、貴女に向けて歌う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る