大人

「啓太は、私とするの抵抗ない?」

 真っ暗な部屋。行為を終えて冷めた体温。

 寝ているか起きているか、半信半疑で声を掛けてみると、隣で横になる啓太の、身体を動かす音が聞こえる。

「どういうこと?」

 眠気を纏った声は、気怠そうだ。

「私、未成年でしょ」

「別に無いけど」

「そう」

「何、怖いんだけど」

「なんでもない」

 昨日の担任の言葉が、頭から離れなかった。

 あの人は私を抱かなかった。

 大人は皆、抱いたのに。父でさえも、私の身体を使ったのに。

 担任と行為をする光景を頭に浮かべる。

 ぞっと悪寒が走る。一時の感情に呑まれたとはいえ、なんて大胆なことをしたのだろうと、後悔する。それでも、菜乃花の為に、身体を使って解決出来ることなら、私は迷わず同じことをするだろう。だとしても、よかった。担任が私を抱かなくて良かった。

 そうして、私は、自分がセックスをしたくないことに気付く。

 啓太とのセックスも、そう。

「ねえ、啓太」

「ん?」

「しばらく会えない」

 体温が近付いてくる。背中から包み込むように抱きつかれる。

「どして?」

「文化祭でバンドやるの。だから忙しくなる」

 言葉が暗闇に溶けていく。勿論、理由はそれだけではない。

「そっか」

 返事は案外呆気ない物だった。

 良心があるのか、自分の都合か、私は担任との約束を守ろうとしている。

 といっても、現に約束を破っている状況は変わらないのだけれど。

「土曜の買い物はどうする?」

「付き合うよ」

 勿論、夜も。それ以降は、もう、しばらくしたくない。

 啓太との身体の相性は良い方だと思う。

 乱暴でもないし、自己満足でもない。ちゃんと満たしてくれるし、嫌なことをしてこない。

 それでも、時折、何も感じなくなるときがある。

 例えるなら、心の無い人形。

 人形は快楽を感じないし、嫌だという感情も沸かない。

 下腹部の違和感と共に、まるで他人事のように身体を弄られるだけの、あの感覚。

 わざとらしく上げる嬌声。長く感じる夜の帳。

 今日のセックスはまさにそれだった。

 啓太が悪いわけではないと思う。きっと私の気持ちの問題。

 小さな寝息が聞こえる。夜勤明けだと啓太は言っていた。

 起こさないように静かに身体を動かして、啓太の堅い胸に頭を預ける。細身の男らしい身体。特別な感情は沸かない。微かに感じる温もりが、ほんの少し心地良い。

 もし、菜乃花が夜の私を知ったら、どんな顔をするのだろうか。

 理奈が、綾部さんが、クラスメイトが知ったら、どんな顔をするのだろうか。

 間違いなく、噂はすぐに学校中に広まるだろう。

 それでも、きっと私は悲観したり自分の行いを後悔したりしないだろう。

 自分の行いを、正しい物だとは思わない。道を外れていることを理解している。でも、これは私にとっての普通。きっと父と身体を重ねた日から、初めて自分の身体を売った日から、とっくに私は壊れている。

 ふと、思い出すのは、菜乃花の温もり。

 見慣れた部屋で、菜乃花の温もりに触れて、菜乃花の音に耳を澄ませた、あの一時。

 胸の奥が温かくなる。冷めたはずの下半身が熱くなるのを感じる。

 恐る恐る、指で触れてみる。じわりと滲む感覚と共に、卑猥な音が鳴る。

 溢れ出るそれを、押し戻すように刺激すると、厭らしい音を立てて、更に蜜が溢れる。

 無性に菜乃花に会いたくなる。

 ――それまで、私にどんなをことしてもいいよ。

 それは、甘い、菜乃花の誘惑。

 私を抱いて欲しい。

 そう願ったら、菜乃花はどんな顔をするだろうか。

 おかしい、もうセックスなんてしたくないと思っていたのに。

 行為に耽る。小さく声が漏れて、はっとする。起こしてしまわないように声を押し殺す。

 久しく、一人で慰める夜。

 あの日の菜乃花の温もりを胸に。

 火照った身体は、薪をくべた火のように、熱く熱く、燃え上がった。

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