もう一度、聴かせて
顔合わせ
顔合わせという名のパフェ巡りは、突如始まった。
街の繁華街を歩く。隣には理奈。理奈を挟むように綾部さんと私。
その日は、五月中旬にも関わらず、真夏のような暑さに覆われていた。
日に焼けそうな暑さ。黒のブラウスが、余計に熱を吸っているような気がしてならない。
真夏のように、肩を露出した理奈の服装は正しかったように思える。その隣の綾部さんは論外。黒のバルーンパーカーを見に纏った彼女を見ると、暑さが増したような気がしてならない。
「あそこの喫茶店のね、苺パフェがすっごく美味しいんだよ~!」
暑さを吹き飛ばすような笑顔で、理奈が言う。
「まだ着かないのー。溶けそう……」
項垂れるように、綾部さんが言う。
「もう少し、もう少し。ほら、あそこの角を曲がればすぐだよ」
「遠いじゃんー……」
「休憩する?」
二人の視線が私に向く。
「……ここで。溶けそうだけど」
「本当に溶けちゃうよ~もう」
「地獄なんだけどー」
綾部さんへの嫌味のつもりだった言葉は、思いの外溶け込んでしまった。効果はあったのか、綾部さんの口数が少なくなる。
小さな洋服店や開店前の居酒屋を通り過ぎ、ビルの角を曲がるとすぐに洋風な建物が見えた。路地に出された、手書きのメニューボードが目に入り、すぐにそれが目的の喫茶店だと気付く。
「着いた~!」
理奈がメニューボードに駆け寄る。
「くたくたー……早く涼みたいー」
釣られるように、綾部さんも駆け足で理奈の後に続く。
「みてみて、苺増量だって~!」
「ほんとだー。食べきれるかな」
「食べきれなかったら、私と凛花が食べるよ!」
「私は遠慮しとく」
二人の視線が私に向く。先の既視感を感じつつ、
「暑いと食欲がないの」
二人に説明する。
「だから、そんなに細いんだ……」
「女子の敵」
「て、歩美も太らないじゃん!」
「理奈、最近太った?」
「……何言われても、今日は絶対苺パフェ食べるから!」
鼻息を荒くする理奈。理奈も細い方だと思うけれど。言いかけた言葉をそっと呑み込み、二人の後に続く。
からんと音を立てて、扉が開く。店内の落ち着いたジャズのBGMと共に、心地の良い冷気が頬を掠める。
「いらっしゃいませ……って、理奈ちゃん」
「こんにちは千尋さん。苺パフェ食べに来ました」
「ふふ、いらっしゃい。ご案内しますね。どうぞ」
愛想の良い女性店員の後に続く。女性店員と親しげなことに驚きつつも、理奈だから、と納得する。
辺りを見回す。客層は、夫婦や家族連れなど、割と高め。若者に人気のチェーン店の喫茶店とは違う落ち着いた雰囲気に、心地よさを感じた。
案内された窓際のテーブル席に腰掛ける。自然な流れで、理奈と綾部さんが二人で腰掛け、私が一人で腰掛ける形になる。
「良いところでしょ? 結構前から通ってるんだ~」
嬉しそうに理奈が言う。
「騒がしくないし、落ち着くかもー」
「私も、そう思う」
「えへへ、連れてきてよかった~」
「今日はお友達とご一緒なのね」
お冷やとおしぼりを持ってきた女性店員に視線が向く。
綺麗な人だと思った。ひとつ結びでまとめた茶髪の髪。ナチュラルなメイクにも関わらず、綺麗な肌に整った顔立ち。
「そうなんです。ここの苺パフェを、独り占めするのはよくないなって」
「まあ、嬉しい。昨日から苺増量なんですよ」
「見ました! 嬉しいなあ」
「また太っちゃうね」
「もう、歩美!」
「ふふふ、仲良しなのね。ご注文決まったらまた呼んでね。どうぞごゆっくり」
「はーい! ありがとうございます」
去り際に女性店員と目が合う。女性店員は会釈と共に、小さく微笑む。
咄嗟に会釈を返す。最後に優しい微笑みを残し、女性店員はその場を後にした。
後ろ姿を眺める。愛想が良くて、余裕のある女性店員の立ち振る舞いに、心は奪われていた。素直に素敵だと思った。
「綺麗な人だね」
同調する。綾部さんにしては、素直な言葉だと思った。
「でしょでしょ! いつもはカウンター席で、千尋さんとお話しするんだ」
「……千尋さん」
「千尋さんだよ。凛花も気になる?」
「……そうね」
ふと、思い出したのは、菜乃花の母親。
母とは真逆にお淑やかで、いつも笑顔の絶えない、素敵な人だった。
綺麗で優しくて、遊びに行くたびに、私を我が子同然のように可愛がってくれた。
今も元気にしているだろうか。
「知り合いに、似た雰囲気の人がいるの」
「そうなんだ。大人の女性って感じが素敵だよね~」
「ねえ、理奈。苺パフェってこれ?」
「そうそう、これこれ。大きいサイズのもあるけど、私でも食べきれないから歩美は――」
いつの間にかメニューを開いていた綾部さんと理奈が会話を始める。
傍のハンドバッグからスマートフォンを取り出す。
アプリを開き『菜乃花』と表示されたプロフィールをタップする。
アイコンは、四つ葉のクローバー。背景には、桜の花。
可愛い熊のスタンプで終わったやり取りを見て、不思議と胸が温かくなる。
この場に、貴方と居たかった。
そんな想いを胸にスマートフォンを閉じた。
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