第8話 TGA ティージーエー:コラボレーションウィズアダルト その1

子供と大人――。対極にあって、そうでないもの。生体としての大人は子供が単に大きくなったものではなく、子供も大人を小さくしただけのものではない。心臓外科の世界でもそう、子供の手術ができる人が大人の手術ができるものでもなく、大人の手術ができる術者が必ずしも子供の手術を問題なくできるかというと、そうではない。しかし、両者が邂逅したとき、奇跡は生まれる――。


                  *


 「――であるからして、今後心臓分野においてもiPS細胞による臓器補填が期待されるのであります――」

 スタンディングオベーション、割れんばかりの拍手万雷。

俺の前のハゲ頭オヤジも、講演中は頭を地面に着かんばかりの傾きで居眠りしていたのに、すかさず周囲に和して立ち上がって頷きながら拍手を送っている。

 「もう、見えなくなったわね。西本先生のお顔が」

俺の隣に座っていた中年の婦人が、ぶつぶつ言いながらそれでも同じように立ち上がって、これもまた拍手に加わっていた。

 第80回日本心臓血管外科学術集会――。記念すべきメモリアルと銘打たれたこの大会の目玉は、今しがた歓声と共に無事に終了した、iPS細胞による心臓外科分野への応用がいよいよ佳境に入った、という基調講演であった。演者は日本心臓血管外科、先天性部門における西日本の雄、西本廣文。阪都大学出身、国立循環器病センタースタッフ、西日本母子保健総合医療センター院長を歴任したエリート中のエリート。しかし一方で、気さくな性格と仏教に根ざした無常観を併せ持った、半生き仏的な存在感があり、世界的なネームバリューを持つ傍ら、我々コンジェニ一族の若手に非常に人気がある。ひょうひょうとしていながら、学会で繰り出す質問はやはり鋭く、その質問を禅問答のようにやりとりした暁には、すでに学会発表終了後みんな西本信仰に陥っており、心の師匠と仰ぐ若手コンジェニ心臓外科医は日本中にごまんと居るのではないだろうか…。


「こら、ハタナカ」

コツンと後ろ頭をノックされ、以上色々と妄想にふけっていた俺は我に返った。振り向くと石神が(なんだ、コイツ)といった表情で立っている。

「あ、石神先生――」

つぶやいた俺の視界に、石神の後ろに隠れていた人物が目に入った。

「に、に、西本先生!?」

思わず唾を呑み込んだ俺の言葉は、まさに踏み潰されたカエルのような声音だったであろう。

「あ、は、始めまして」

すかさず俺の隣から権田が挨拶を割り込ませる。こんなとき、こいつの動作は素早い。

「関西医療センターの柳です」

さらに柳まで嗅ぎつけて突如現れたかと思うと名前を売り込んでいる。

「はじめまして。関西医療センター、ハタナカです」

どうにか気を取り直して俺も挨拶をした。

「国循で一緒だったんだ」

石神が親しげに西本先生に視線を送ったのち、俺たちに言葉を発した。

「よろしく」

ニヤリとして生き仏、西本廣文がうなずいた。

「よろしくお願いしますっつ」

俺たちは3人で一斉に直立不動の体勢から頭を下げた。

「君は、一度母子センターに見学に来たよな?」

西本先生が俺の方を見て言った。

おおっつ、感激!! 一度コンジェニを目指すべく見学に行ったペーペーのことを覚えていて下さるとはっつ! 西本の頭毛の薄い、いやほとんど額との境目が不明になった頭部から後光が差しているように俺には思えた。

「は、はい。ジャテン手術を見学させていただきました」

俺の返事と、西本先生のやり取りに、柳と権田は口をぽかんと開けて見ているのが、視線の端に見て取れたが、こちらも会話を繋ぐのに必死だった。

「あれから、時がたって、いまやコロナリー(冠動脈)も再生医療の時代になったもんなあ」

しみじみと言う西本の言葉に石神もウンウンとうなずいている。

「しかし、コンジェニのコロナリーは別物だと思います。特にジャテン手術は芸術の域だと思います」

俺の言葉に、一瞬気圧されたような表情を西本は見せたが、おもむろに頷いた。

「そう、いくら再生医療が進歩しても、我々の培ってきた手技は脈々と受け継がれて行かねばならない。君たちのような若い世代にな」

「iPSとのコラボレーションしながらでしょうか」

柳の質問に、西本は軽く目をつぶった。おお、様になるっつ。

「うむ、時代はiPSを求めている」

「眼科にしろ、神経内科にしろ角膜や神経を作り出していますものね」

権田がいかにも知ったかをして腕を組んで相槌をうった。

「そう。じゃが、しかし心臓には未だ未知なるエリアがある――」

思わぬ西本の独白にみな一様に聞き耳を立てた。

――そのとき、高いキーと速い拍子にアレンジされたアメージンググレースが鳴り響いた。誰もが知っている、石神の携帯音である。

「おおっと、失礼」

さすがの石神も場の空気を乱したことを感知したのか、誰ともなく頭を下げると黒いスーツのジャケット内ポケットから取り出した携帯を片手に場を離れた。窓際で二言、三言話している。

「――外科医にとって」

おもむろに西本が話を再開した。

「欠損した部分を補填する組織がアロタイプであることは限りない恩恵に違いない」

「拒絶が起こらないからですよね」

柳がみんなの考えを代弁する。

「そう、移植治療という分野ではiPSは大きな改革だった」

勿論、2010年代にノーベル賞を冠して医療界に衝撃を与えたのち、各種臓器を作成するにあたって紆余曲折はあった。心臓という筋肉の塊であるポンプを作成することは、比較的遠い道のりではないと考えられていたが、現実は甘くなかったのである。

虚血性心不全の末期病態に心筋のリモデリングという生理がある。これは平たく言うと収縮・拡張すべき心筋細胞がブクブクに肥厚してしまい、外見上は立派な厚みをもつものの、機能としては全く効率の悪い心臓を呈することである。一過性の虚血によって、働かなくなった部分が、周りの心筋が代償することにより組織としては補填されるわけであるが、当初の働きには程遠くなるというわけである。

 培養初期のiPS心筋細胞は、見事にリモデリングを起こした。正常な心機能を生み出す心筋細胞として分化するためにはある種の遺伝子が、細胞内シグナルが必要だったのである。ようやく一塊としての心臓という臓器が生み出された、そして心移植にとって変わる全心臓置換術(トータルカルディアックインプランテーション:TCI)が現実に、臨床研究として動き出した――それが本日の西本廣文先生の講演だったわけである。

 しかし、その未来を担う治療革命を『――だった』と結んだ理由は――?


「君たち、コンジェニの人にはわかりやすいだろう。元来、成人の心疾患とコンジェニは一線を画する。そう、代謝的・機能的低下による心機能不全を治療するのが成人心臓外科であり、先天的な構造異常を組立て直すのがコンジェニだ」

 西本の言わんとすることは、俺たちにはよくわかる。一般的に大人(成人)の心臓疾患は心筋梗塞に代表される虚血性心疾患、各種弁狭窄や弁逆流といった弁疾患、大動脈瘤や大動脈解離という大動脈疾患などに類される。これらの発症要因としては高血圧、高脂血症、糖尿病などの代謝性疾患、いわゆる生活習慣病が大いに関与している。ドロドロの血液の人が、冠動脈が詰まりやすいことや、高血圧に晒されている人の大動脈瘤が膨らんで破裂するイメージは容易につくであろう。

 一方で、小児の心疾患は生まれつき孔が開いている、血管がない、心室がない、弁が閉じている、血管が反対についているなど、何の誘因もなく部品が足りない、または位置異常という病態なのである。

「機能していない心臓を動かすためには、もちろん今まで先人が苦労してきたのはいうまでもないが…」

西本は口腔内が乾燥したのか潤すべく、手にした缶コーヒーを少し口にした。

「ここで補填できる組織が自己の細胞で作り出せたのは、特に我々コンジェニ分野ではまさに僥倖だった」

「関西医療センターでも、肺動脈弁から右室流出路はすでにiPSアログラフトです」

俺のセリフに頷いて西本は続けた。

「しかし、問題は果たして本当にこれらの組織が正常に育つか、産生する細胞内物質が生理的なものであるかどうか、まだ不明という点だ。ハタナカクン、だったかな。君がウチの施設で見たというジャテン手術、ああいったものも自分の肺動脈や冠動脈移植なんぞいらなくなるわけだ。しかし、もし将来研究で得られた結果のように育たなかったら…」

一瞬、みんなの脳裏を、成人になっても依然小児のときのままのサイズである冠動脈や弁を持った患者の姿―心臓―がよぎった。狭い、小さい部品を持った心臓。それでは十分な機能を果たせない。狭心痛、うっ血性心不全――成人になるにつれ症状が出現、悪化する――。

「どうだ、私の言いたいことがわかるだろうか」

苦しげな西本の表情は、もはや先の講演で大聴衆に見せていた自信満々のそれではなかった。

「ということは、コンジェニに未だ終りはないということだ」

口を真一文字に結んだ西本の、確固たる意思がその最後のセリフに込められていた。


「コンジェニは終わらない――か」

 そこに石神が電話を終えて、話の輪に顔を出してきた。

「連絡があった。ティージーエーが生まれたそうだ。ジャテン予定だ。行くぞ、俺たちの仕事は終わらない」

石神に続いて、柳、権田、そして俺が西本に頭を下げつつ学会会場を後にした。振り返ると西本は同じ姿勢で立って俺たちを見送っていた。おもむろに手を上げ、握った拳から親指を突き出した。

「グッドラック。頼んだぞ、コンジェニの未来を」

西本の気持ちが俺たち全員の胸に伝わった。


1.

 カンファレンスルームには重苦しい空気が漂っていた。

村中小児循環器内科部長が再度、念を押した。

「どうしても新生児ジャテンでいきますか」

腕組みをしていた石神が、これも3回目の返事になるがうなずいた。

「しないという手はない。ここで二期的に手術をしたところで我々チームの実力がないということを世間に喧伝するだけだ」

「しかし、肺動脈弁が小さいですよ、まだ」

毅然とした態度で口を挟んだ小川女史を睨めつけて石神は言葉を継いだ。

「これは、この関西医療センターの実力を示すいい機会だ」

カンファレンスのためコの字に組んだ長机とそれに座する各科医師・看護師・コメディカルをゆっくり見回した。

「確かに、解剖学的に不安な面はある。しかしデータ上は問題ない。胎児診断でわかっていたTGAが生まれた、予定通りの手術をした、そして予定通り退院する、このシナリオが問題なく描けてこそ、関西を標榜する医療センターでしょう?」

噛んで含めるように発言する石神の言葉に、思わず数人いや大多数の人々がうなずいていた。

「私は、少しでも臨床的な経験として気になる部分があれば、様子を見る上で二期的に手術する方針でもいいと思います。そのためのカンファレンスでしょう?」

再度小川女史が反対意見を述べた。

 ティージーエー:TGA transposition of great arteries 大血管転位。心臓に大血管と呼ばれる血管は二つある。大動脈と肺動脈だ。前者は左心室から起始して体へ血液を送る血管。後者は右心室から起始して左右肺へ血液を送る血管。これが入れ替わっているのがTGAである。純粋に考えると、体から還ってきた(酸素を消費した)黒い血液が右心房、右心室へjと入りそれがまた体へ送られる。肺で酸素をもらった赤い血液が左心房へ還ってきて、左心室へ進み、それがまた肺へ送られる。黒い血が体をグルグル周り、赤い血が肺をグルグル回る。両者は混じらない――。現実にはこれでは生きていけないので、両心房間、または両心室間の交通孔が必要である。それでも体にいく血は黒いため、いわゆるチアノーゼを呈する心疾患である。

 根本的には心内修復術が必要。昔で言う根治術。静脈血が全身から還ってきて右房、右室、肺動脈と流れ、動脈血が左房、左室、そして全身へ駆出されるように、血流を転換すればいい。昔は心房レベルでの転換術(セニング、マスタード手術)がメジャーであったが、現在では大動脈レベルで血流を転換するJatene(ジャテン)手術が原則大道である。新生児という年齢・体重相応の狭小な冠動脈移植が全てであり、進歩した極細の縫合糸やそれを扱える手術器具、心筋保護の発展などがこの手術の成績を飛躍的に向上させた。しかし新生児期の患児の脆弱性、術後管理の難しさなどを嫌って、初回を姑息術(準備手術)で乗り切って、1歳前後の乳児期にジャテン手術を二期的に行う施設もある。解剖学的な問題などで新生児期ジャテン手術のリスクが高いのならば、この二期的手術も選択肢の一つではあるが。。。


―― 周りを睥睨して石神が再度発言した。

「何度も言いますが、ここは関西医療センターだ。西日本の医療の最高峰を誇ると言っても過言ではない。その施設で二期的に手術だと? できることをしないのは外科医の屈辱だ。こんな症例すら完投できない病院なら、看板を下ろすがいいっ!」

鼻息も荒く、腰を下ろした石神に反論する人間はもはやいなかった――いや、いた。

受けて立とうする小川女史を制したのはモジャモジャヘヤーがトレードマークのICU医師、ブラジリアン吉田Tドクターだった。

「疾患に対する適応は、はっきり言って小児心臓外科や小児循環器内科のコンジェニの先生方が決めて下さったらいいと思います。ただ、術後は僕たちICUで管理するわけです。その時の前提としては、心内修復術後なら完全に病態が治っていること、また姑息手術後ならその病態が完全に術後治療のコントロール下に置かれる状況であること、この2点が我々が施行しうるクォリティーの高い術後管理の条件です。いちかばちかの不完全な心内修復は患児にも負担になるばかりか、我々にも非常なストレスとなることを伝えて起きます」

あくまでもにこやかだが、濃い色つきメガネの奥の目は笑っていなかった。

「僕のことを術後管理の魔術師とか、ゾンビでも生き返させるとか、全能の神とか(あ、これは誰も言ってない?)言う人がいるようだけど、あくまでも病態を把握して、リカバリー出来る範囲の生理学的変化に対応しているだけ。吉田くんの言ってることに完全に賛成するわけじゃないけど、患者の急変ってのはベースに必ず理由があるからであって、必ずしも予想外という言い方は本質をついていない。予想内だけど、それをこちらが意識してるかいないかが分かれ目出会って、本当のプロの前では患者が急変することってのはないわけ。手術前から急変する可能性のある手術をする、しないというディスカッションは無益だと思うね」

シニカルに口を歪めて、ICUオオガ副部長が口を挟んだ。

 おそらく少し頭の冷えた(であろう)小川女子が村中部長に尋ねた。おそらく、更に自分の意見を肯定してくれる最終切り札として。彼の言葉には千金の重みがある――。

「村中先生、いかがですか。安全な成績こそが患者様の信頼を得ることができる治療だと思うのですが」

 患児の病歴発表時に相槌や補足をしていた意外、それまであまり発言のなかった小児循環器内科部長、村中洋司がゆっくりと周りをみて立ち上がった。石神はソッポを向いている。

「私は、一期的にジャテンをすべきだと思う」

ゆっくりと噛んで含めるように出された言葉が、会議出席者の脳内で聴覚からシナプス伝導を経て大脳皮質へ到達して理解されるのに、一呼吸の間があった。

「ええっつ…」

会議の趨勢がもはや、二期的手術に傾いていた中でどよめきが起きた。実際、席を立とうとした石神までがポカンと虚脱した表情で立ち竦んでいた。そして唯一無二の同意者と信じていた小川女史は、呆然と目を見開いて村中部長を凝視した。

 無論、俺たちコンジェニトリオも耳を疑っていたのは言うまでもない。ブラジリアン吉田Tドクターやオオガ医師は口から笑みを消しており、何事にも動じないあのドクターカワシタまでもが信じられないとバタ臭い顔に驚きの表情を貼り付け、首を振り続けていた。

「む、村中先生、どういうことでしょう、理由を是非」

いち早く立ち直ったのは麻酔科コンジェニ担当リーダーの中多ドクターだった。彼は20年来小児循環器専門の麻酔をかけ続けているエキスパートであり、ヘッドハンティングで周囲の人材が経営陣として栄転していく中で頑なに臨床畑に残って麻酔をかけ続けている。最近では吉田J先生に最後の?弟子としてその知識や技術を叩き込んでいるらしいが。。。

「確かに肺動脈は小さい。これでジャテンをしたらどうなるか。しかし計測理論上はAS(エーエス:大動脈狭窄)にはならない。コロナリーも確かに細い、しかし体重相応だ。小児循環器としては、最低限の条件はクリアーできている。小児科として――」

一度、村中は言葉を切って、視線を新生児科から会議参加している大東医師に向け、軽くうなづいてから言葉を続けた。

「小児科の発達の立場からいうと、チアノーゼが長期間続くのは生体にとってよくないのは周知の事実だ。稀ではあるが、そのために将来発達が遅延する症例もあった」

 大東医師が補足した。

「そうです。チアノーゼ期間は短ければ短いほどいい。シャントを介したマイクロエンボリ(微小血栓)が良くない、という報告もあります――」

ありがとう、とばかりに鷹揚にうなづいた村中が続ける。

「リスクがあったから、二期的に手術しました。しかし発達が遅れました、ではそれこそ関西医療センターの名折れだ。関西医療センターだからこそ、やる。手術も上手くいった、術後管理も乗り切った、発達も正常だ、これがこの病院の使命ではないでしょうか」

静かに座った村中に気がつかないほど、会議の場は皆が思い思いに沈み、静まり返っていた。

 突然、拍手が響いた。会議室のドアが開き、医療センター総長の林が現れた。

「いや、遅れてすまない。興味ある症例だったので会議に参加しようと思っていたが遅れてしまったよ。つい、ドアの前で聞いてしまったが――」

会議室の前中央に座して、林総長は言葉を継いだ。

「それぞれが、それぞれの言い分があり大義もある。しかし、ここは最後の村中君の言葉が全てではなかろうか。不可能、とまではいかないが困難な症例をモノにしていく。その上で信頼を勝ち取る。日本の医療の旗頭を標榜するならば、避けては通れない道だと思うが。。。石神君――」

総長が視線を転じた先の石神は無表情に答えた。

「最善の努力を尽くして、最高のオペを――」

その言葉を継いで、麻酔科吉田J先生がおずおずと言葉を発した。

「最大限の麻酔を」

「もちろん」

中多ドクターが相槌を打った。

ICUオオガがつぶやいた。

「ま、最善の術後管理をするか」

手術部直介の國生さんとICU看護部の大谷さんの言葉が重なった。

「最高のサポートを」

二人は思わず顔を見合わせる。すぐにお互いソッポを向いたが。

無言だった小川女史の蒼白の顔色に赤みが差してきたのは、興奮してきたせいだろうか。

「よし、決まった。では諸君よろしくお願いします。最高の医療を」

立ち上がった林総長の言葉と共に、会議室の中は一斉に皆が椅子から立ち上がる音で充満した。次々にそれぞれの仕事のために持ち場に戻っていく。

柳に続いて会議室を出ようとした俺の背中に小川女史の声が響いた。

「ハタナカ先生、よろしくお願いします」

立ち止まって振り向いた俺の口からは

「最高の笑顔を患児とみんなに――」

自然と出た言葉だが、照れくさくなって俺は手術室に一目散に走っていった。


「くさすぎるぞ、コラ」

手術室の更衣室で、抜け目なく俺のセリフを聞いていた石神に額をゴツンと叩かれたことは言うまでもない――。

ともあれ、条件が厳しい新生児ジャテン手術はこうして始まった。

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