第7話 サードカンファレンス ~ビューティフルデイズ~

参加者:

國生小百合、都築 萌、室岡明子、草坂 香、その他(以上手術室ナース)

大谷ケイ、仲村美雨、その他(以上ICUナース)

林 愛花、大西アキ、山中直美、久地由紀子、その他(以上心臓外科病棟ナース)

小川雪希(小児循環器内科ドクター)

吉田純子(吉田J)、その他(以上麻酔科ドクター)


                  *


「え~、本日はお忙しい中集まっていただきありがとうございます」

市内の韓国料理屋の座敷で、姦しいおしゃべりが花咲くなか、愛用の黒縁メガネの奥に瞳を輝かせて、麻酔科の吉田J先生が立ち上がった。

「日頃なにかと忙しくてなかなかお話する機会もないとのことですので、こちらの手術室の看護師さんたちが音頭をとってくださって、たまには女性の親睦会を開こうということになりました。司会、といっちゃってもいいのかな、とりあえず私吉田が会の進行をつとめさせていただきます」

 一斉に起きた拍手に少しびっくりした吉田J先生は、それでもにこやかに笑顔を振りまいて座を見渡した。

「それではこの会の発起人ともいうべき手術室の室岡さんに挨拶をお願いします」

すでに乾杯前にお酒の入った室岡ナースが猛然と立ち上がる。

「えー、今日は無礼講よ。年齢も職場も関係なく、日頃の男共の尻拭いのストレスから開放されて、はじけましょう!」

「いぇーい」

すかさず隣の草坂ナースが唱和して並々とビールの入ったグラスを高々と掲げた。

負けじと手術室の若いナースの面々は必死に拍手をする。

 手術室ナースの國生小百合は微笑みながらも少し口の端が引きつっていた。

「國生サン、少し顔が強ばってますよ」

同じく手術室の都築萌が小声で囁く。

「ったく、オペ場の品位が疑われるじゃない」

小百合は心外とばかりに首を振って、白ワインの入ったグラスを傾けた。

「國生さん、カッコイーですぅ」

前に座るICUナースの仲村美雨が、声を掛けてきた。

「今日は女性ばっかりだから、美雨は少しつまんないなぁ」

甘ったるい呟きにキッと見据えた小百合が言葉を投げかけた。

「仲村さん、でしたっけ。今日はあくまでも女性の懇親会なの。男の子とおしゃべりしたいなら合コンでも行ってきたらどう」

「えー、もう合コンって言葉死語ですよお。お食事会っていったほうがピッタリかなあ」

コノヤローとばかりに立ち上がりかけた小百合を萌がまあまあ、と抑える。

 その仲村ナースの隣では、ICUクールビューティー大谷ケイが小児循環器内科医師の小川雪希と話をしていた。

「へー、石神先生って手術中はそんなにおっかないんですか」

術中の話を聞いて意外な一面に驚いている。小川女史は手術に経食道エコーの担当としてよく立ち会うので、手術中の心臓外科医の様子に詳しい。

「私たちって、術後の先生方しか知らないから。意外だなー」

「えーじゃあ、ハタナカセンセもクールな感じなんですかぁ」

割り込んだ美雨の質問に小川女史は苦笑する。

「ハタナカ先生だけじゃなくて柳先生や権田先生、彼ら3人はとてもじゃないけどそんな余裕はないわね。もう、手術についていくのに必死だから」

「そうそう、手なんか震えてますもんね」

萌が口を挟んだ。

「最初の時なんか、ハタナカセンセは石神先生に怒鳴られて切れそうになってたけど、その震える手を國生サンがそっと抑えてあげたんですよう」

――えっ。一斉に萌の口元に視線が集中した。

大谷ケイ、仲村美雨、小川雪希、そして室岡さん!?までが。

「――ちょっと」

慌てて國生小百合が萌を睨んだが、後の祭り。

「えー、手術中に手を重ねたんですかぁ」

「勤務中にそんなことしていいんですね手術室は」

「乱れてません――!?」

「いやらしいわね」

この騒ぎに他のナースたちも集まってくる。心臓外科病棟のナースたちだ。

「やっぱり。ハタナカ先生ってなんかやらしいのよね」

お姉さん株の林愛花ナースがしたり顔で頷くと、

「そうそう、ガーゼ交換するときも私たちの胸とかお尻とかばっかり見てる気がするし――」

小柄だがグラマラスな久地由紀子が相槌をうつ。

「そうそう、やらしー」

美形だが天然ボケのアッキーナこと大西アキもここぞとばかりにはやし立てている。

「そうかなあ、そんなことないと思うけど。ハタナカ先生一生懸命やってるけど」

唯一小さな声で反論したのが和風美人の山中直美。

「ちょっと、直美。何一人でいい子ぶってんの」

「そうそう、ハタナカなんかをかばっても何にも出ないわよ」

「もしかして直美――ハタナカ先生のこと…」

「そ、そんなんじゃないわよ」

今度は、慌てて手をふる山中ナースに一斉に視線が突き刺さる。

「あなたたち、何言ってんのよ」

乱入してきたのはご存知室岡さん。ビール瓶を片手にかなりご機嫌の様子。

「ハタナカ先生は私のものよ。ワ・タ・シ・の・も・の」

どうにか場が散ったものの大谷ケイは國生小百合を睨んでいる。

「そんなに気になりますかぁ」

すかさず突っ込んでくる美雨にケイは笑顔で答えた。

「え、何が。さ、美雨ちゃん飲みましょ。ほら、せっかくだから他の病棟の方たちともお話しようかしら」

本心は

(もーハタナカくん、今度二人で飲みに行こうって誘ってくれたのに…)

と考えていたのだが…。


 國生小百合はワインを傾けながら考えていた。

(そういえば、そんなこともあったっけ。カッカしているハタナカ先生を抑えてあげたな)


 仲村美雨は吉田J先生の麻酔についての話を話半分(以下)に聞き流しながら思い出していた。

(みんななんか混乱しているわね。でもこの間ハタナカセンセ、美雨に飲みに行こうって誘ってくれたんだよね。でも彼氏がいるからことわっちゃたけど)


 都築萌は先輩草坂ナースの焼酎まみれの吐息に辟易しながら反省していた。

(あー、いらないこと言っちゃった。もしかしてみんなハタナカセンセのこと――)


 こちらは病棟ナースと小川女史。心疾患の患児を共有しているのでお互いによく知っている。

「ねえねえ、小川先生。ハタナカ先生ってそんなに手術室やICUで人気があるの」

久地由紀子が聞くと、林姉さんや、大西アッキーナも、聞きたい、聞きたいとばかりに顔を寄せてきた。山中ナースもおしとやかに耳をそばだてている。

「えー、どうかなあ。みんなの質問に色々調べたりして答えてくれるから、人気がないことはないと思うけど」

歯切れ悪い言葉に

「まあ、やさしいからいいんじゃない」

突然、大西アキがたぶん肯定の言葉と共に手を上げた。

「決めた。私リッコーホするっ」

「えっ、立候補?」

突然の宣言にオウム返しした小川女史の方を向いてアキは続けた。

「そう、立候補。私ハタナカ先生と付き合うわ」

えーっつ、と言葉にならないどよめきみたいなものが会場に広がり、

そして次の瞬間には怒号が飛び交った。

「ちょっつ、ちょっと、アキ何言ってんのよ」

「ついにトチ狂ったの」

「天然ボケにもほどがあるわ」

「私が先です」

「おしとやかに言ってもだめよ、だめだめ山中さんっ」

「あら着任した時から目を付けてたのは私よ」

「林さんまで何言うの」

「この間、術後に反省会したんだから、二人で」

「うそつけ、ババア」

「私は柳先生がいいわ」

「なによあのうさんくさい金髪」

「権田先生はどう」

「大きすぎるし――」

「乗られるとこわれちゃう――」

「何言ってんのあなた、やらしいわね」

「私はこの前二人で飲みに行く約束したんです」

「あら、私もつい数日前に約束しました」

「私は今日の手術中に約束しました」

「私は今日の手術後に約束しました」

「私は――」

あれ?


颯爽と立ち上がった大谷ナース。

「はい、この中でハタナカ先生にフ・タ・リ・で飲みに行こうと誘われた人、手を挙げて」

次から次へと手が挙がった。仲村美雨、國生小百合、都築萌、あれ室岡さんも!?

病棟ナーシーズもお互いを牽制、顔を見ながら――林愛花、大西アキ、久地由紀子、おしとやかに山中直美。そして小川女史。若手麻酔科女医さんと他のナースの方々も。

「ふーん」

会場に冷ややかな空気が流れた。


そのとき。ガラっと襖が開いて男性が一人飛び込んできた。

「わりい、わりい。遅くなっちゃった」

見回して自分の参加すべき飲み会でないことを悟ったようだ。

「あ、すみません。となりと間違えました」

踵を返そうとして、振り返った。

「ありゃ?」


――そう、知った顔ばかりであった。ハタナカヨウスケは柳や権田を含めたセンター若手医師たちとの飲み会を同じ店の隣の部屋で開く予定であった。見事に間違えたようである。

「あ、大谷さん、國生さん。あれ、小川先生も?」

見渡したハタナカ、

「で、何の会、です。これ?」


 おおおおぉ――、今度こそ本物の怒号か奇声か、この世のものとは思えない熱気がハタナカを襲ってきた。

「ハ・タ・ナ・カ・先生―っつ!!」

「な、なんだあ」


「っるせいなあ」

あまりの騒ぎに隣から顔を出した金髪頭と大きな影。

「柳、権田、逃げろ~っ」

「えっ、えっ」

わからない二人の手をひっつかんで転がるように店を飛び出した3人であった――。

美女繚乱――。仕事しろよ、3人組。


                                 ―― 続く

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