第3話 ASD エーエスディー:エアートラップ

 心臓外科医の朝は早い。他のどの科よりも、だ。なぜ? 患者が重症だから。他のドクターには任せられない、自分で診てはじめて安心する。だから人より先に病院に到着するように朝早く家を出る。異常を他人より早く見抜き、早く対処しないと文字通り本当に命取りになる。手術ももちろん命懸けだが、術後・術前管理も命懸け。ちなみに、夜も心臓外科医は帰るのが遅い。なぜ? もう、答えはいいだろう。


 この医療センターにきて、俺の学んだことはまず、『他人は信用するな』ということである。悪い意味ではない。人の言うことを鵜呑みにするな、ということだ。担当ナースがいくら『あの患者さん調子いいですよー』と言ってくれても、自分で診る。そして初めて≪調子いい≫と判断するわけだ。ま、かっこいいコト言ってるようで実際の俺は、コンジェニに足を踏み入れて1週間で3回、失敗をやらかした。


 1つ目。術前の患者のムンテラ。ムンテラとは医学用語?で、ムーンドテラピーの略。直訳すると【口治療】か。別に口を治療するわけではない。俺たちは小児の心臓外科医だもの。要は、手術の説明のことである。だから対象は患児の親であることがほとんどだ。手術内容を理解させて同意を得る、承諾書をいただくのと同時に最も大切なことは親の(もちろん患者である子供の)不安を取り除くことだ。一人の患者の入院、手術、退院までの経過を通して、術前だけではなく何度もムンテラは必要となる。心臓という臓器を手術される、というだけでたいていの人はビビるであろう。しかも手術の時に心臓を止めます、なんて言われたら、このオッサンなにすんねん、と思うのは当然であり、次に本当に大丈夫か? と思うのも思考回路としては正しい。     

 昔は大変な手術やからもう先生にお任せします、という人が大半だった(らしい)。いわゆる極論だが『お医者様は神様です』ということで神の手に負えなかったら、もうしゃあないな、となったわけで、疾患・手術・術後経過の内容などはっきりいってウヤムヤでも丸く収まっていた(らしい)。

 現代ではそうはいかない。インターネットを使って少し調べるだけで下手な医者より疾患について詳しくなるし、どこの病院の成績がいいとか、テレビでは誰々先生がゴッドハンドと言われていたが…などと情報があふれている。若いからといって親御さんをなめてはいけないわけで、揚げ足を取るとまではいかないが、言った言葉や医学用語はすぐに相手にググられたりして正確性を要求して何倍もの魔球となって返ってくる。そう、ムンテラでいかに親御さんを納得させ、こちらの世界へ引き込むか、今後の治療のしやすさは全てここから始まると言っても過言ではないのである。そして術後ゴテた(治療経過が思わしくない)としよう。ここで出てくるのは親の親、祖父母と相場が決まっている。患者が小児のため、基本的に親は20代・30代が多い。患児祖父母はその親だから40代・50代となる。別にあなどられているわけでもないだろうが、こちらのスタッフがボスである石神を除くと、最年長が40前後のミスタハーフことドクター沢下、以下金髪・ジャイアン・俺と20代後半から30代半ばという年齢構成であり、祖父母諸氏からみると『この小僧どもがっ!』ということになる(と俺は思っている)。ムンテラ相手が若いうちに、やっつけてしまう方が楽なのである。

 そう、そのムンテラ。普通は手術前日の夜に行うことが多い。患児の親が仕事を終えて病院にくることができる時間帯に基本合わせている。しかし考えてみてほしい。あちらは仕事を全うして病院にくるわけで、こちらはそれを待って夜まで病院にいる。ムンテラが終わって帰るのは、深夜とは言わないが夜であり、そして次の日は朝一番から命をかけた手術である。どう考えても割に合わない、と思うのは俺だけであろうか。

 欧米の医療現場では20世紀半ばからすでに、役割分担がされていた。前日までに手術のための検査、ムンテラ、手術準備をするのは術者とは別のスタッフ。そして手術当日は術者が休養・体力タップリで手術に臨むのである。術後管理も別のスタッフ。完全な分業性である。これはリーズナブルで効率がいいのでないか。しかし日本人にはそれができない民族性がある。全てを自分でしないと気が済まない、全ての責任を一人で背負ってしまうのである。果たして体力的に持つのかと言われると、これを補うのがそう、もう一つの日本人の美徳である『根性』なのだ。はて、いいのか悪いのか――。医療再編の種はあちらこちらに転がっているのである。国家医師選定委員会(NDSA)による医師構成の再編もいいけれど、業務内容のスリム化を図って欲しいのが現場の本音である――。

 

 話をもとに戻そう。そのムンテラ。親の仕事が都合つかずにドタキャンとなる場合ももちろんある。夜まで待ってたら、結局『来れません』という連絡。基本両親揃って話を聞いてもらうので、待っていた母親が恐縮することしきりである、場合はまだいい。問題は人間としての若さが露呈したときだ。古くて恐縮だが≪新人類≫という人間のジャンル? がもてはやされたことがあったが(必ずしも肯定的な意味合いだけではなく)、まさに相手がそうだった時がヤバイ。恐縮せずに、「ということで、明日またお願いしまあす」って感じで若い母親(そういう母親に限ってネイルアートがきらびやかだったり、病院にそぐわない超ミニスカートなんかを履いていることが多い、と思うのは俺の偏見か)が颯爽と、ヒールの音を響かせて『子供は頼んだわよ』と言わんばかりに腰を振って帰っていくさまを呆然と見ている俺たち。まず怒るのは昭和の男、石神であり、バタ臭いフェースとは裏腹に外科徒弟制度にドップリと漬かっているミスターハーフこと沢下である。待っていた時間は無駄になるは、明日朝イチで始めるオペが少し遅れるわ、まあ、医療サイドには何も得になることがない。怒りが残り、果たして次の日のオペに影響しないのだろうか。


「明日8時からムンテラ、9時出しでオペ」

 ジロリとこっちを見た石神が言い捨てて病棟を出ていった。

 続いて

「明日は柳に執刀してもらおうと思ったけど。残念。僕かな。ということでよろしくね~」

 口調だけは軽く、顔はバタ臭く沢下も続いて出ていった。

「あーあ、まったくこっちの身が持たねえよなあ。」

 金髪こと柳が椅子に座り込んでぼやく。ジャイアン(権田)は無言。

「サワシタ先生まで怒ってるよ。」

「こういうことよくあるんですか」

 俺の問いに

「ばーか、もちろんだろ。毎回俺たちにとばっちりがくるんだよ。」

 金髪はテーブルに足をかけて自分の座った椅子を斜めに浮かせてセカセカと揺らしている。

「これでまた術者が遠のいたぜ。」


 なるほど、そういうとばっちりか。自然、コンジェニの世界では術者というのは年功序列のルールが既定路線となっている。疾患がまさにピンからキリまであるわけで、例えば心房中隔欠損(ASD エーエスディー)や心室中隔欠損(VSD ヴイエスディー)のⅠ型などは人工心肺を用いる開心術のなかでもランクAでありいわゆるレジデントケース(すなわち若い俺たち)の執刀となる可能性が多い。ランクCである完全大血管転位(TGA ティージーエー)に対する大血管転換手術(スイッチ手術)や左心低形成(HLHS エッチエルエッチエス)に対するノルウッド手術などはまさしくコンジェニを極めたsurgeon(サージョン:外科医)のみが許される大手術であり、まあ、ウチで言うと石神大先生しかできないものとなる。少しずつステップアップしていって技術や血行動態に対する理解を学んでいって総合的にマネージメントできるようになるためには、やはり一つ一つ与えられた疾患の手術、術後管理、退院までの管理が全てであり、経験値が全てである。心臓手術の失敗は即生命の危機につながる。特に相手が子供、小児である場合は患者の予備能力が少なく、抜き差しならぬ修羅場に陥る。生化学的には可逆的ではない(不可逆な)反応と同じであり、一度落ち込んだ心機能は二度と戻ってこない。すなわち死である。極論かもしれないが、常にこの背水之陣で望まなければ我々は足を救われるのである。どうにかしたら助かるだろう、という考えはコンジェニの世界には皆無である。もし我々のマネージメントが想定どおりに上手くいかずに、それでも患者が元気に退院していったのであれば、それは奇跡以外のなにものでもない。それにしろ、おそらく水面下の努力が実った結果であり、本当に患者である子供の未知の生命力と周囲の人の祈りを神様が汲み取ってくれたとしかいいようがない。それほどこの世界は実力主義であり、結果が全てであり、そのためのワンチャンスをものにするしか生き残る術はない。そうして淘汰された小児心臓外科医のみが世に複雑心奇形と言われる最高級に難解な先天性心疾患群にチャレンジできる権利を得られるのある。そして、その第一歩の初期手術の機会を失った我々は――。


「ま、前立ちはさせてくれるだろうから、2時間で終わろうぜ」

 机をさらにひと蹴りすると大きく浮いた椅子が後ろに倒れそうになったが、器用に金髪は床に降り立った。確かに、与えられた仕事を全力でやるだけだ。明日が待ち遠しい。

 「なにーっつ、親が来ないだと。ムンテラできないじゃないかっー」

 遠くで麻酔科の先生の声が鳴り響いている。平身低頭している麻酔科レジデントが見える。彼のせいではないが、どこの科も同じだ。明日もヒト荒れないことを祈るばかりであった。


 翌日。失敗2つ目。連絡不足。病院に行くと早速怒られた。

「手術何時からだっけ~」

 ドクターサワシタが欧米顔だけど舌足らずな赤ん坊のように問いかけてきた。

「9時からです」

「ふーん、手術室はもうスタンバってるけど。」

 ――しまった。手術室に伝わってないのか。一気に青ざめた。レジデント3人で役割分担しているが、明確な線引きはない。俺は金髪が連絡を各部署に回したと思ったし、多分金髪やジャイアンは一番下っ端の俺が連絡したと思ったに違いない。

「すみませんでした、連絡忘れてました」

 俺より先に、いつのまにか隣に来た金髪が頭を下げていた。

「夜に入室時間延期が決まったので、後ほど連絡しようと思っててつい…」

「君のために、無駄な時間を手術室のスタッフは過ごしたわけだなあ」

 これからムンテラを始めるとすると小一時間はかかるが、展開された手術器具の清潔度は少なからずタイムディペンデントに低下する。いかに手術室が陰圧のかかる無菌エリアであってもだ。仕事の分担は、どう考えても俺の担当だった。金髪のオペレーターの座奪取がまた遠くなってしまった。。。

「エアーポケットって知ってるう?」

 ドクターサワシタの間延びした問いが割り込んできた。

「は?」

 思わず疑問詞を発した俺を一瞥して沢下が続ける。

「調子よく飛んでいる飛行機が、快適な気流の中で突然ポッカリとあいた部分でつまづいちゃうわけ。周りの気流からポツンと離されたところ。そう、ストンとね。」

 俺たちは顔を見合わせた。

「コンジェニは特に一瞬の気の緩みも許されない。一つしかない小さな命を預かって手術をするわけ。もちろん僕たちも命をかけているといってもいい。それが手術中であれ、手術の準備中であれ」

 …我々は自然とうつむいた。

「君たち3人は確かに仕事ができるのかもしれない。しかし、今回はお互いに誰かが連絡しているだろうと、お互いに遠慮した。その結果、仕事が為されていなかった。そう、お見合いってやつだけど。でも、これがムンテラだから許されるというものでもない。常に真剣勝負の場にいるのだから。命に別状なくても組織の運営が滞ったことは命取りにつながるんだ。一事が万事ということわざを知ってるかい? 君たちには手術は任せられない」

 クルリと背を向けたドクターサワシタの背中が大きく見えた。

「ムンテラは僕一人でやる。君たちには手術の準備を全力でお願いするよ」


「ちぇっ。痛いところ突いてきやがるぜ。正論すぎていつもグウの音も出ねえ。俺たちみたく少し医者の世界かじって、その気になったところを叩きやがる」

 ドアが閉まったあと金髪が誰ともなしに口にした。

「グウの音は出るけどね」

 ジャイアンが少し困った顔をして頭を掻いた。

 ――グウ、とジャイアンの腹がなった。

「朝から何も食べてないし。怒られたからといって腹はいっぱいにならない。でもサワシタ先生は理詰めでくるからある意味石神先生より怖いよねえ。」

 くったくなくジャイアンは言うが、俺は密かに愕然としていた。2年目のジンクスではないが、何事も慣れた時が一番怖い。まあ、どの職種だろうが誰もが一度はきっと陥るエアーポケットだ。イージーなミスをしやすくなり、積み重なるとそれこそドクターサワシタの言うとおり、命取りになる。あくまでも医療の世界では被害者は患者さんだ。特に不可逆的な致命傷を受けやすいコンジェニの世界。


「申し訳ありませんでしたっ」

 俺の突然の米つきバッタのような頭の動きにみんな驚いた、と思う。

 金髪は派手な音をさせて椅子ともども床へコケるし、ジャイアンは横をむいてポケットから取り出してそっと食べようとしていたワッフルらしきものを喉につまらせて目を白黒させていた。

「なんだよ、急に」

 金髪が顔をしかめて、腰をさすりながら立ち上がって口を尖らせた。

「別にお前一人が悪いんじゃない。」

 ようやくほおばったものを飲み込んだジャイアンも言った。

「そう、僕たちはチームだからね。別に3人仲良しじゃないけど、協力しないとね。お互いに自分が悪いって思ってるけど、口に出しづらいだけさ」

「それをお前が何の億面もなく口に出すから、こっちが恥ずかしいっての、なあ」

 金髪がジャイアンに同意を求めた。

「でも、新入りの俺の仕事ですよね。どう考えても」

 俺は自分の管轄の仕事であったことを認めた。

 冷静にかつ公平にどう考えてもその通りだ。スマートな診療科として仕事までスマートにすまそうとしてもできるはずがない。

「ま、熱く考えると外科だから。体育会系のノリが正しいよね。バッティングしても俺が、俺がって感じで皆が暑苦しく仕事に顔を突っ込む方が漏れはないと思うよ。確かに」

 ジャイアンが言わんとしていることは、まさしく俺の言いたかったことだ。

「こいつは、図体がでかいからトロそうな印象受けるけど、むしろ一番スマートな感性を持っている。自分の体格をフルに使ってわざと見せないようにしてるけどな」

「そんなことないよお」

 二人のやりとりを聞いているうちに、どうやら俺を慰めてくれようとしている、ような気がした。ふーん、なんかここにきてようやく本音をさらけ出せるような仲になってきたのか。

「じゃ、ま、そういうことで、ムンテラ行きますか」

 考えと裏腹に俺の口から出たのは軽い言葉。ドアをさっと開けて廊下に飛び出した。

 一瞬二人がポカンと口を開けるのが見えた。

「てめっつ…」

「まあまあ…」

 金髪の怒号とそれをなだめようとするジャイアンの声がかすかに聞こえた。

 ――廊下を曲がったとたん、柔らかいものにぶつかった。


「キャッ、とか言わないわよ」

 エンジ色のオペ着を来て腕を組んだ女性が立っていた。

「なかなかいいチームになってきたじゃない」

 コンジェニチームの直介ナース、夢見る瞳を持つ國生小百合がじっと俺の目をみた。

「あれ、國生さん。器具の展開は?」

「知っててわざと言わないでくれます? オペまでの待ち時間は十分にあるわ。あなた(たち)のおかげで無駄な時間を過ごしているの。ま、チームの若手は結束したから、雨降って地固まる…ってとこね」

 なんか、周りがすべて見切っている人たちばかりだと、俺が阿呆みたいだ…。

 答えようとした後ろから金髪の怒号がこだました。

「てめえ、仕事はできないけど小百合ちゃんにはモーションかけるの早いなあっ!」

「じゃ、國生さん、また後で」

 何も言えなかったがフンワリとリンスの香りがする側を駆け抜けた。

 振り返るとジャイアンを従えて、迫ってくる金髪が見えたが、國生さんが小さくこっちに向かって手を降っているのも見えた。


                  *


 少し緊張している表情が、無影灯を反射させる拡大鏡のガラス越しに見て取れた。いつもの、金髪らしくない。手術は予想外に、術者金髪の指名で始まった。

 患児入室の後、各種ルートを麻酔科と協力して取って、とりあえず2助手オレ、1助手柳のつもりで準備していると、入ってきた沢下が

「じゃあ、柳くん、頑張って。僕が前に立つから」

 と言い残してサッサと手洗いに行ってしまった。残された俺たちは少し唖然としたが、一番驚いたのは金髪であろう。しばらくポカンとしていたが、次の瞬間には猛然と鏡に映った拡大鏡とヘッドライトの位置を直して、手洗い場へ消えて行った。俺の横を通る時に

『よっしゃあ』

 という呟きを残しながら。たぶん俺も傍から見たらそうであったかもしれないが、権田の表情に少しがっかりしたような、羨ましげな感情が過ぎて去った。

「ま、よかったな」

 こっちを見てつぶやいた権田も、もちろん俺も内心穏やかではないが、ライバルに差を着けられた一方で仲間が執刀する機会を得られたのは喜ぶべきであろう。そこまで実際のところ大人でもないけど。しかし裏を返せば、いつまた俺たちにチャンスがくるかもしれないということだ。ポジティブシンキング。國生さんがちらりと笑ったのは気のせいだろうか。


 術野の消毒が終わり、3人の術者が勢ぞろいして手術が始まった。

「よろしくお願いします」

 柳の発声と共に、バウムメスが煌めき真っ白な前胸部に皮膚切開による縦線が入った。タイムラグをおいてわずかに皮下からの出血が滲み、白線が赤い線に変貌する。次に電気メスにて皮下組織を分断していき胸骨切痕から剣状突起までの胸骨表面が顕になる。剣状突起を左右にコッヘルで摘み、胸骨下の左右胸膜を剥離。胸骨切開時に左右の胸膜破損による開胸が起こらないように留意する。

「デフレイトお願いします」

 これも人工呼吸の陽圧換気が両側の肺を膨らませること(インフレイト)により、胸骨を切った折の肺損傷を防ぐ効果がある。ただデフレイトの間は人工呼吸がなされないため、全身麻酔下の患児は無呼吸状態であり、可及的に早く胸骨を切断して麻酔医に人工呼吸を再開してもらわないと低酸素血症に陥ってしまう。

「ストライカー」

 國生さんからいわゆる電気ノコギリを受け取った柳が下から上へ一気に胸骨を切断した。

「インフレイトお願いします」

 切断された胸骨面より覗く左右の肺が再び膨張・収縮を始めた。柳は小型の開胸器をかけて、切断面の止血に入った。骨膜と骨髄からの出血を電気メスによる凝固と骨蠟圧着によりコントロールする。

 俺はその間、吸引チューブで術野の妨げとなる出血を吸い取り、かつ清潔区域で人工心肺の術野回路をつなげ、MEのヒゲおやじに合図して回路内のプライミングをしてもらった。エアーは命取りであるため慎重に側枝からシリンジをつかって除去する。また回路内の血液フローはある程度の回転を保ってもらって、頻回にチューブを叩き(古典的!!)溶存したエアーを析出させて血流と共に流して人工肺でトラップするという地道な作業を繰り返すのである(オレ、2助手の仕事)。文章で書くと大変なようだが、現場でははっきり言って条件反射で行えることであり術野の動向に注意しながら、いわゆる片手間でできることではあるが。もちろんエアーが脳に飛ぶと脳障害をおこすので、確実に正確にしないといけないのは当然であり、油断をしてもいけないのだが。


「順調だねえ」

 沢下の一見間延びした声が手術室に響いた。

 柳は心膜切開を終わり、数箇所同心円状につり上げを置き、心臓を露出させていた。規定の大動脈送血管と脱血管の準備も整い、それらを挿入するための糸を準備していた。

「で、アレストするわけ? ヴイエフでやる?」

 沢下の質問が柳に飛んだ。アレスト、いうまでもなく心停止。心臓の手術をする間は心停止しないと困るわけだが、今回の手術のように短時間の心内操作で終わる手術はむしろアレストにする弊害の方が大きい。すなわち心停止にするには心臓への血流を遮断して(冠動脈の血流をゼロにして)、心臓を一時的な虚血状態とする必要がある。その間心筋がダメージを受けないように細胞が脱分極+酸素消費を抑えるように冷却した心筋保護液を冠動脈より注入する。これにより虚血状態の心筋が守られ、血液遮断解除により血流が再開したときにスムーズに心臓が動く可能性が高くなる。一方心筋保護が悪いと、血流再開後の心機能が悪く、例えば不整脈が発生したり、心不全から長時間脱却できずに機械のサポート(IABPやPCPSなど、いつか説明する日がくるであろう)を要することとなる。

 しかし手術操作が短く、すぐに心臓を動かすときは、反対にこの心筋保護が仇となる。早く心臓を動かして血行動態を保持している人工心肺を外したいのに、なかなか心臓が動いてくれないし、冷却した体温が上昇するのに時間がかかってしまう。そこで手技の一つとしてあるのが人為的心室細動だ。

 心室細動(ヴェントリクラーフィブリレーション、Vf(ヴイエフ))は一般的には致死的な不整脈である。文字通り心臓の、血液を駆出する部屋である心室が細かく震えるだけになってしまい、十分な血液を体へ送ることができなくなってしまう病態である。普通に生活している人がこれになると、心臓マッサージを要する。数年前から認知されてきたAED(エーイーディー)の装着下に除細動(デフィブリレーション)を行うことが治療である。心臓手術中では、このヴイエフは心停止に値する。血液の駆出がゼロであるため極端な話エアーだらけの心臓であってもエアーを脳を始めとする各種臓器に送ることはない。実際は少しのエアーでも間違えて体へ飛ばさないように患者の体位をヘッドダウンしてかつ、術野はなるべく血液を貯めて(視野としては見えにくいが)エアーを心腔内から追い出す努力を惜しまないが。この方法だとアレストは不要、冷却も不要、大動脈遮断・再開(遮断解除)による再灌流障害も起こらない、ということになる。


「二次孔欠損は下縁のあるセントラルタイプなのでアレストなしでいこうと思います」

 柳が即座に答えた。心房に孔が空いていても周囲の縁のある卵円なら少々の血液が貯留していても閉じやすいというわけだ。下縁のないタイプであれば欠損孔を閉じるために縁を作る必要があり、ヴイエフでは手ごわい時がある。確実に心臓内を空っぽにできるアレストを好む術者もいる。沢下は典型的に後者である。

「ふーん」

 納得したのかコメントなく沢下が鼻をならした。

 会話のうちに送脱血管のタバコ縫合の糸が大血管に掛けられ、いよいよ人工心肺オンの状態となった。

「ヘパリンお願いします、回路OK?」

 柳の合図と共に麻酔医よりヘパリンの全身投与がなされ、俺も髭オヤジに数秒回路を高速回転してもらいダメ押しのエアー抜きを行なった。その後に血流を止めてもらって回路を切断した。いつでも人工心肺装着オーケー。

 手際よく人工心肺が装着され、血行動態の補助が始まった。大動脈ベントを挿入した後、右心耳と左室へ心室細動発生器(フィブリレーター)の電極を置き、スウィッチオン。心電図モニター上ヴイエフ。

「頭下げてっ!!」

 沢下の鋭いチェックが入る。一瞬柳にシマッタという表情が走った。

「ボヤボヤするなよ、右房切開!」

 続けざまに沢下の指示が飛ぶ。いつもののんびりした口調はやはりフェイク。心臓外科医はこうでなくては務まらない――。

 開いて吊り上げて展開された右心房内に俺がポンプサッカ(血液を吸引して人工心肺のリザーバーに戻す役割のもの)を突っ込むとここでも容赦なく叱咤が飛んだ。

「そこはコロナリーサイナスだろっ! ブロック作る気か!」

 慌ててサッカの先をずらす。柳は悪戦苦闘して心房中隔欠損孔の外観を確認していた。型どおり左房内の肺静脈4本還流孔の確認、大きさから欠損孔を直接縫合閉鎖をする方針となった。房室結節を傷害しないように三尖弁側のバイトは少し少なめに取るということで、呪文のように

『しっかり、少なめ、しっかり、少なめ…』

 柳のバイトの歩みが声に乗って進んでいく。水平マットレスとオバーアンドオーバーの二重縫合でASDはしっかりと閉じられた。持針器を離して、縫合した糸の結紮前に麻酔医へ再度沢下から指示された。

「体位、左下、頭もっと下げて」

「インフレイト、ホールド」

 柳から左房内のエアーをしっかり抜くための指示が麻酔医へ出された。

 閉鎖完了。右房切開閉鎖。あとはヴイエフオフと人工心肺の離脱、止血、閉胸という流れのみである。手術開始後1時間10分。

「じゃ、僕は降りるからね。あと、よろしく~」

 沢下は柳を一瞥すると手を下ろして、清潔手袋を脱ぎ捨て手術室を出ていった。まずは及第点というところか。石神も別室の術野モニターで手術をチェックしていることだろう。

「お疲れさまでしたあ」

 権田の声が、沢下の後ろ姿に届いたかどうか。


 少しホッとした空気が手術室に流れていた。CEのヒゲおやじは寡黙にポンプを回している。麻酔医の内田先生は、小児循環器内科医小川ドクターの手ほどきを受けて経食エコーを手にしていた。

「じゃあ、DC20ジュールで」

 柳が外回りの室岡ナースに声を掛けた。フィブリレーターは外しているが依然心臓はヴイエフのままである。これを除細動してサイナスリズム(同調律)に戻すわけだ。

 ドンッ! 

 軽く衝撃が響き、震えていた心臓が一瞬動きを止めた。次の瞬間ゆっくりと鼓動が始まった。次第に速さを増していく。自然界の造形した究極のポンプの美しさよ。


「エアーっつ!!」

 突然の悲鳴が空間を切り裂いた。

 患児の頭元に位置した小川女史が経食道超音波プローべを持っていた。内田先生から替わったらしいが、彼女が発した悲鳴であった。

「えっ、エアー? ど、どこに?」

 柳の問い返しに小川女史がエコー画面を凝視しながら言葉を継いだ

「左室に大量のエアーがいたのよ。」

 みんなが注目する中、画面にはエアーとしてハイエコイック(高信号)に映る像はもはやなかった。

「…飛んだ!?」

 柳が蒼白になった。俺たちも目を凝らしたが画面にはそれらしき影はない。


 突如手術室のスライド自動ドアが開き、同時に石神が飛び込んできた。

「バカやろうっ!! 頭もっと下げろ。冷やせ。」

 固まっていた内田先生が手術台のコントローラーに飛びつきヘッドダウンのスウィッチを押した。小川女史が氷嚢の準備を室岡ナースに指示し、持ってきたものを手早く患児の頭部周囲に置いた。

「心臓が…」

 それまで黙っていた直介ナース國生さんの言葉に皆が心臓を見つめた。

 ドクン…。

 期外収縮一発。それまで快調に拍動していた心臓のリズムが乱れた。

 そしてのったりとした動きに変化した。まるで苦しんでうねっているような…。

「ライトコロナリー押さえろ。ポンプ! 回転数あげて。フルポンプ!」

 石神の言葉に反応して俺は仰臥位で心臓の最高位に位置する右冠動脈を軽く抑えた。エアーが駆出されると最も高い部分に引っかかるからだ。結果、その冠動脈の灌流域が虚血となり、いわゆる心筋梗塞となる。

「ゆっくりしごけ。柳、ゆすってエアー飛ばせ」

 柳が開胸器ごと体を揺さぶり心腔の襞に隠れたエアーを炙り出そうとした。

「大量のエアーが左室内にっ!」

 またしても 女史の声が響いた。

「―― よしっ、俺も入る」

 石神が素早く拡大鏡とヘッドランプを身に付け、手洗い場へ出ていった。

 エコー画面には台風に見られる白い雲のようなエアー像が左室内に渦巻いていた。


                  *


 結局1時間のエア抜き目的のポンプ駆動追加、にて無事に手術は終了した。患児も術後ICUでセデーション(鎮静薬)オフ後30分して問題なく目覚め、麻痺症状もなく事なきを得た。左房閉鎖時のエア抜き不足か、はたまた俺の回路の組立に緩みがあったのか、面会中のにこやかな患児家族の前で、心臓外科医たちの心中がいかに複雑かは傍目には誰にもわからない。

「問題なく手術終了しましたよ。少し止血に時間が掛かりましたが」

 にこやかに説明するドクターサワシタは、もしかするとこんなこと日常茶飯事、もう忘れているかもしれない、と考えるのは傲慢だろうか。結果オーライでいい…のか?


「二度あることは三度ある、原因究明よろしく」

 気がつくと肩越しに説明を終えた沢下の無表情な顔が、あった。

「柳くんはどこに行ったのかなあ。彼にも言っといてね」


                 *


「あってはいけないことだけど」

 國生さんが言葉を続けた。

「沢下先生も昔はあったわよ」

 手術室の中2階に位置する休憩室でカフェオレを口に付けながら彼女が教えてくれた。

「怖さを知ってるから、二度と同じ間違いを起こさないようにするの。どんなエラい人でもね」

「――もしかして石神先生も?」

 権田の問いに、少し遠い目をしたあと肉感的な唇から言葉が漏れた。

「ええ、もちろん」

「――って、國生さん、何年オペ場ナースしてんのよ」

 柳が口を尖らせて突っ込んだ。

「先輩から聞いたのよ」

 ウソーッ、何歳、実は相当年上だったりして、もしかしてオバハンの部類…?

 口々に叫ぶ若手心臓外科医たちとなぜかニタニタしているヒゲおやじ(自然にこの一群に溶け込んでいる)を尻目に國生さんが俺の方を振り向いた。

「ハタナカクン、どう思う?」

「え、あ。まあ、原因は沢下先生が言うように究明しないと、ね。」

 しどろもどろに返事した俺の耳に素早く口を寄せてきた國生さんの小声の囁きが

「反省会しちゃう? 二人で」

 甘い吐息がかかったのと、瞬間何が起きたかわからなかった俺が硬直した瞬間最後の言葉が聞こえた。

(えっ? 二人で、二人で…)

 エコーのように最後のフレーズが頭の中でこだました。幻聴?いや、待てよ、しかしやっぱり?

「てめええ、何か隠してないか?」

 鋭く柳が口を挟んでくる。

「僕にも何か、見えたよおお。信じたくないけど。幻覚かなあ。疲れてるしい。」

 権田も嘘か本気かわからないリアクションで割り込んでくる。

「柳先生、沢下先生が考えられる原因をレポートにして提出って言ってましたよ」

 反射的に口から出た俺の言葉に、動きをピタリと停止した柳の揺れる金髪が逆立った(ように見えた)。

「…お。あ…、マジ?」

「19時までに提出だってさ」

 おおーっ、人間幸せのためなら嘘も方便、口からスラスラ出まかせが出るわ出るわ。ま、レポート提出して悪いことにはなるまい。

「げーっつ、あと20分しかねえっ」

 叫んだ柳が慌ただしく飛び出して行った。

「うん、うん、若いってのはいいのう」

 ヒゲオヤジがわけもなく悟ったようなことを曰わっている。別に目を細めているわけではないが、感じとしてはそんな感じ。

「じゃ、あとでね」

 ヒラヒラと手を振って國生さんも退場した。

「怪しいなあ」

 権田はまだ呟きながら俺の側を通って行く。

 さてと、病棟の仕事片付けて行くか。柳は当直だし。

 ハニートラップとしてもかかっていい罠もあるんだな、これが。


 1時間後、薄暗い仕切りの中で、俺の隣に香る甘いシャンプーの香り。

「どうだった?」

 國生さんの唇が動いた。声もなく。

 ――えっ声もなく? 誰かに聞かれるとまずい?

「何かわかったの?」

 ダミ声に俺の甘い空想は打ち破られた。

 目の前には、今日外回りの室岡さんのドアップの顔。白塗りが濃いいーっ。

「一番ポカする可能性は新入りのアンタだからね」

 オペ場最古参の草坂さんが度入りのメガネを押しあげて顔を寄せてきた。

 うわあ、香水きついーっ。

 せっかくの國生さんの甘い香りが相殺されているううー。


 そう、ここは医療センター近くの居酒屋『チョージ』の座敷内。簾のようなコンパートメントで区切られており、店内はほどよく灯が抑えられているので密談? にもってこいだ。

「何かあったときは直介と指名されたサージョンの2人が槍玉にあげられるのよねえ。。」

 少しウンザリした國生さんが教えてくれたのは病院を出るタクシー乗り場でのことだった。

「ちなみに立ち会ってくれる2人は酒癖悪いわよ」

 世の中甘いトラップって少ないよなあ。――3つめの失敗。


「じゃ、あたし遠いから」

 あっさりと席を後にした國生さんを恨めしげに見ながら、俺はとことん室岡、草坂さんたちの相手をさせられた。挙句の果てには

「あたし、最近寂しいのよねえ」

 流し目!?の草坂さんに、必死で聞こえないフリをしている俺に

「先生、イっちゃいなよ」

 と世にも恐ろしげなススメを押し付けてくる室岡さんも白塗りが剥げつつあり、中から何か生まれてくるのかーっつというスプラッターな世界。

「あ、あ、明日、オペで早いんで」

「あら、明日の外回りもあたしよ。」

 室岡さんのドアップ再び。

「先生の外回りもしちゃおうかしら」

 意味不明、意味不明。俺のCPUが焼き切れそうになったとき救いのケータイが鳴り響いた。

「もしもし、大丈夫?」

「あ、う…」

 まさに、まさにここに女神が。この声は、國生さんっつ。

「さすがに心配になったから。そろそろ『緊急が来た』とか行って逃げ出したら。この電話利用して。私の名前は出さないでね。じゃ、また明日。今度は本当に2人で行こうね。」

 え、あっ。晴天の霹靂。これぞ男のロマンっ!!

「えー、誰、誰?」

「まだいいでしょ」

 まとわりつく(失礼、俺にそう見えただけかも)2人を前に

「緊急ですっ!!」

 敢然と立ち上がった俺は、

「本日はご迷惑をおかけしました。ムンテラのことも。また術中のことは原因を柳先生と考えて報告します。では」

 呆気にとられている2人に適当な代金を押し付けて店を飛び出したのであった。


 ――とりあえず緊急といった手前病院に戻ろう、と走って夜間出入口へ向かった俺の頭の中はもちろん先程の電話の最後のセリフがリフレインしていっぱいだった。

(今度は…行こうね。いこうね。イコウね…)

 うおーっつ、どこまでもどこにでもイきますよ、國生さんっつ!!

(またまた)呆気に取られる(今度は)夜間受付と警備員の前を駆け抜けて、気が付けば俺たちのレジデント部屋に飛び込んでいた。お、柳がソファーに座っている。

「……」

 声を掛けようとした俺は思わず言葉を呑み込んだ。

 真剣な表情で柳はビデオを見ていた。そう、今日の手術ビデオ。

「あ、ここか」

 つぶやいた柳の目の前の画面は心臓がヴイエフになった瞬間を映し出していた。

「ここから吊り上げて、心房切開…」

 ヤツの目には周りは最早見えていない。瞬間、俺も冷水を浴びたような気持ちになった。そう、オペレーターとして、医療者として当然のことだ。浮かれている自分がチッポケに感じられた。水面下ではみんなもがいている。結果は水上に見えるほんの一角だけだ。そのために日々努力することが生命を患者に委ねられた医師の使命なのだ。

 音をたてないように俺はドアを閉めた。

 灯りのともっているレジデント部屋を一度振り返って無言で俺はその場を立ち去った。手技が伴っても心が未熟であれば術者たる資格はない。心・技・体が揃ってはじめて術者として患者の前に立つことができるのだ。國生さんの言葉が蘇る。

(かつては沢下先生も、石神先生も――)

 くぐり抜けてきた道だ。そして今度は我々の番だ。


 目礼された警備員の前を通り、医療センター敷地外へ厳粛な気持ちで出た俺の前にタクシーが止まった。

「あらあ、先生。もう緊急は終わり? 一緒に帰りましょう」

 完全に剥げた白粉から砂漠を思わせる地肌が露出した、室岡さんの顔が三度目の前にあった。返事をする間もなく、開いたタクシーのドア中にひきずりこまれる。

「うああああ」

 おそらくおれの魂の叫びが夜の路上にこだまして消えていったに違いない。

 何を勘違いしたか、医療センター警備員が敬礼して俺(と室岡さん)の乗ったタクシーを見送っていた。そして一瞬すれ違った歩行者は、確かに目を丸くした権田であった。

 こ、これは…明日の出勤が恐ろしい。人の口に戸は立てられない――。まずは今日無事に帰宅できることを祈るのみ…。


                  *


 翌日手術室のみんなの目が冷たかったのは言うまでもない。柳は(あの真摯な姿は何処へ行ったか)嬉しそうに、

「いやあ、よかったよかった」

(何がいいものか…人の不幸を)

 権田は異星人を見るような目付きで

「ごめんね。黙っておこうと思ったけど。あまりにもショッキングだったから(みんなに言っちゃった)」

(――てめっつ、どう考えても事故だろ。)

 そして石神までもが

「ふーん、そうだったのか。お前も物好きだな、ま、蓼喰う虫も…」

 ギロりと睨まれた室岡さんの迫力にさすがの石神も最後まで言えず去って行く。遠くの廊下で首をかしげている姿が、妙に悔しい…。

 そして何も言わずに避けるようにしている人が。

「こ、國生さん…」

 俺の呼びかけにも、まるで不潔なモノから逃げるように去って行く。

(本当に、本当に何もなかったんですぅ――)

 幽体離脱した俺の魂が無実を訴えていた。


 エアートラップ、ハニートラップ、結局罠にはまったのは俺、か。

 こうしてコンジェニの生活は続いていく――。

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