第31話 向き合う決意

 春乃を家に泊めてから三日が経った。

 もうすっかり家に馴染んでいる。ゲームの戦術を美香が仕込んでいる最中だ。最初はその気ではなかった春乃も今ではすっかり楽しんでいる。


「春ちゃんやるねぇ。いいねいいね、兄ちゃんよりうまいよ」

「ふふ。そうなの?」


 バカスカ銃を乱射する音が聞こえる。

 ストレスが溜まっていたのだろうし、ゲームをするのは手段としてありだとは思う。でも敵を撃ち殺すやつをやらせるのは兄ちゃんちょっとわかんないよ美香。ゲームだし、とやかく言いたくない。言いたくないけど、彼女がゲームの中でトリガーハッピーだぜ。何だかなぁって感じだ。笑ってるからいいけどさ。

 ちなみに俺よりうまいというのはちゃん的に当たるという意味なので、春乃は正直うまくはなかった。普通だ。うん。


 まぁ、ゲームの話は置いておくとしよう。よくわかんないし。

 大事なのは母さんと春乃がうまくやっているかだ。

 春乃が家庭の温かさを知って傷つかないか俺は危惧していた。隣の芝生は青く見えるというか、実際青いというか。そんなものを見せつける形になってしまわないかと思っていたのだが、俺の杞憂だった。


 母さんと春乃は仲がいい。良すぎるくらいだ。最初に連れてきた日の時点ですでに話が合うようだった。最初こそ俺とどこまで進んでいるかなど聞かれて困っている様子だったが、今では一緒に俺をヘタレ呼ばわりだ。

 ……おかしいな。母さんまで美香みたいになっている。いや、親子なんだから当然なのかな。ああ、そういや俺は血が繋がってないんだっけか。なんか複雑だ。


「兄ちゃんもこっち来なよー春ちゃんにお手本をさー」

「私も見たいなー」

「……やだよ。お前らわかって言ってるだろ」

「そりゃ勿論」

「多分下手かなーって」


 おいド直球に言うなよ。流石に下手って言われると傷つくんだぞ。

 悔しがると逆に弄られることを知っているので適当にあしらって二階の自分の部屋へと向かう。

 ちなみに適当というのは適切に当てるという意味であって、別に雑に扱ったりはしてない。うるせぇ馬鹿と言って逃げたしたりはしないのさ。

 だって美香の方が頭いいし。


 部屋で何をするかと言えば、ある仮説を立てていた。

 なぜ調べるのでもなく説を立てるのかというと、調べてわかるものならとっくに多くの人が気づいているはずだからだ。強いていうなら、俺の中を探っていると言うところか。

 俺は元の世界の記憶を持っている。元も何も、この世界だって現実だとは思う。電脳空間ならわざわざ世界地図や俺の記憶と違う形にする必要がないからだ。

 現実ならば、この世界は何なのか。


 俺の仮説はこの世界は平衡世界という説だ。

 平衡世界、つまりパラレルワールドとは何か。世界は無数の選択の分岐があり、選ばれなかった選択肢もまた続いているというものだ。

 その世界に俺は迷い込んでしまったのだとするとどうだろう。

 かつての世界の記憶を持っている理由もつく。


 だが、これではない気がする。

 上江は言った。知ったら後悔すると。そしてあの不審者の言葉もある。この世界は作り物だと。信じるなら電脳世界説が濃厚だ。だとして俺は後悔することになるのか。わからない。どういうことなんだ。


 不意にドアがノックされる。入っていいよと許可を出すと入ってきたのは美香だった。驚きだ。まさかノックができるなんて。


「兄ちゃん。今なにか失礼なこと考えなかった?」

「いんや。何も」

「私だってノックくらいできるよ。春ちゃんもいるわけだし」


 いや、わかってんのかよ。わかってていつもノックしなかったのかよ。

 わざわざ怒るほどでもないラインを攻めるのが上手いな本当に。


「で、どうした。ゲームはもう終わったのか」

「春ちゃんに話さなくていいの?」


 俺の質問には答えず、美香は率直に尋ねてきた。思わず目を逸らしてしまう。まあ、そうだよな。話した方がいいって思うよな。でも、もう治ったようなものだし。そのことも美香には伝えてあるはずだ。いや、だからこそ釘を刺しに来たのか。


「あとで話すって」

「嘘。兄ちゃんはあとでは信用なんないから」


 俺が傷つこうが気にもしない物言いは逆に俺に安心感を与えてくれる。本当にできた妹だよお前は。


「正直、話したくないよ。たった数日間のことだしさ」

「春ちゃんに隠し事して、どんどん秘密が膨らんでいったって言ってたよね」

「ああ、そうだよ。言った。それに言われてたな、似たような話を。悪い奴から小さな頼みごとを引き受けた結果、最後には悪事に加担してしまうだったか」

「まあ、そんな感じだね。誰だって秘密はあるもんだけどさ、春ちゃんにはできるだけ秘密をつくらないほうがいいよ」


 耳が痛い話だ。

 これまで俺はずっと隠してきた。

 十日も経っていないだろう。でも、それでも苦しかった。隠していることが負い目だったし、だからと言って話したら相手を傷つけてしまうからと板挟みになって。


「話したら俺が楽になるだけじゃないのか」

「それが大事でしょ」


 思わず美香の顔を見てしまう。何を当たり前のことをとでも言いたげな顔だ。呆れているといってもいい。


「そんなの駄目だろ。俺が楽になったところで、春乃を傷つけるわけで」

「傷つけないのが愛なの?」

「愛って……まあ、そうだよ。傷つけるのは愛じゃない」

「これだから童貞は……」


 二回言ったね。これで二回言ったね。

 許さないぞ? 事実陳列罪だぞ?

 お前だって経験ない癖になんでそんな語れるんだっての。


「いい? 兄ちゃんは春ちゃんに傷つけられたでしょ」

「え、いつ」

「わかってなかったてマジですか。ほら、遊園地に迎えに行ったときの対応聞いたよ。どんな態度をされても一緒にいるだっけ。いいじゃん。やるじゃん」

「あ、ああ。ありがと」


 こっぱずかしいんだが。

 春乃はこういうの嫌だっていってなかったか。些細な仕返しのつもりかもしれないが、ぜっんぜん些細じゃない。家族に教えちゃうのは駄目でしょうよ。


「で、自分はいいのに相手は駄目っていいたいわけ?」

「……」

「なんかいいなよ」

「その、通りだな。美香が正しいよ」

「正しいとか間違いとかどうでもいいの。どうするの?」

「話すよ。明日にでも」

「そこは今日じゃないのね……ま、いいでしょ」


 賢い奴は考え方が違うな。

 盲点だった。楽になっていいなんて思ってなかったのに。


「ありがとな、美香」

「いんだよ兄ちゃん。私に惚れるなよ」

「はは寝言は寝て言え」

「なんだとこのクズゴミ変態根暗ゴミ箱」

「そこまで言うか!?」


 兄ちゃんはどこ行ったんだよ。これまで罵倒してきても辛うじて存在してたのに。前にクズ野郎って言われた気もするけど。


「……兄ちゃん。まだ調べてるの?」

「な、なんのことかな」


 チッ。勘づかれたか。

 美香に隠し通すとか無理な話なんだよ。

 まあ、でもこの件に関しては俺は調べないとは言わなかった。美香だってわかってくれているはずだ。あるいは気づくはずがないと思っている。

 実際わかんないんだけどさ。


「私の部屋まで漁ってたよね」

「いや、あの。違うんです美香様」


 俺は秒で正座する。これに関しては言い訳をさせて欲しい。

 別に目についた本をちょっと読んだだけなんだ。そんな見つかりやすい場所に置く美香だって悪いんだ。俺ばかりがわるいわけじゃない。勘違いしないで欲しいね。


「調べることはもう止めないけど、妹とはいえ女の子の部屋を無断で漁る変態は私に何か言うことあるよね?」

「大変申し訳ございませんでした。もう二度としないので春乃には言わないでください」

「うむ。わかればいいよ」


 俺の額はカーペットに擦り付けられている。

 ははは。土下座くらい安いものだよ。命に比べたらな。


「え、えーと。これは何をしてるのかな」


 俺と美香はばっと振り返る。そこには春乃が立っていた。

 土下座する俺とふんぞり反って見下す妹。戸惑い具合からして会話の内容は聞かれなかったようだが、どう考えても普通じゃないです。


 え、えーと。うん。


「見なかったことに、してくれないか?」


 ……やっぱり明日話すのもやめた方がいいのかもしれない。





 



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