第23話 回ってきたツケ
日常が戻ってきていた。
いつも通りの朝、代わり映えのない光景。ただそこに薄気味悪さはない。
俺の病気に関しては確かに薄気味悪いままだし、俺の顔は気持ち悪いしで最悪なことに変わりはないのだが、まぁ、そこは置いておくとして。
命の危険がないと言われてから、俺は確実に安堵していた。その言が妹のものだからだろう。上江と繋がっていたときは敵なのかと疑ったが、それでも一緒に暮らしてきた実の妹だ。妹の言葉なら、俺は信頼できる。
「おはよ。クズ兄ちゃん」
……前言撤回してやろうか?
あれ。おかしいな。昨日兄ちゃんって呼んでたし、何ならお兄ちゃんって言ってたのに。どこでやらかしたんだろう。心当たりはあるけど知らないはずだし。
「なんでクズに戻ってるんだよ」
「上江さんからぺぱ子ちゃんの一件を聞いて」
「ごめんなさい反省してます」
畜生、あの女いつから覗いてやがった。
違うんだ。強制禁欲生活だったからリピドーがハッスルしてただけで普段なら抑えられてた。ちょっと横目で見ちゃうくらいで。
それに結果的に腕掴んでたからいい位置に胸があっただけで、顔見たら俺に変わったもんだからがっかりだったし……あれ?
「ひょっとして俺クズでは……?」
「今更?」
そうだよなぁ。
自分でもクズだったなと思える場面が多々ある。でも仕方ないじゃん病気だったんだから。不満そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。美香が首を傾げて尋ねてくる。
「兄ちゃんのその病気っていつからなの?」
「春乃とキスしようとした直前から」
「えぇ……」
おい引くなよ。
可哀そうだろ俺が。好きでなったんじゃない。憐れむなら治してくれ頼むから。
「え、春乃ちゃんとキスしたとき自分の顔だったの。地獄じゃん」
「お前は今、兄の顔を地獄呼ばわりしたことに気づいてるか?」
「え、まさかディープキスしたときもなの!? 乗り越えちゃったの!?」
おい無視すんなよ。ていうか乗り越えちゃったのじゃねぇよ。天地がひっくり返っても自分の顔にキスしたくはならない。
あとちょっと興奮してるのはどういうことだ。どこにそんな要素があるんだよ。前に春乃とのキスを話したときより興味津々じゃねぇか。まさかとは思うが、兄と兄でカップリングとか妄想したりしてねぇだろうな。業が深すぎるぞ。
「あのときは一瞬戻ってたんだ。それで盛り上がっちゃってな」
「ああ、そゆことね」
理解が早くて助かる。
一聞いて十知るってやつかな。流石だ妹様。
「もしかして仲直りのキスとか言ってたアレ、顔が元に戻るか実験しようとしてた?」
……そこまで知らなくていい。鋭すぎるだろ。春乃とキスすることが病気に関連しているかもしれないなんて、結構時間経ってから気づいたのに、こいつ一瞬かよ。
全く。君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
「もうこんな時間か。学校行ってくる!」
「待て逃げんなクズ野郎」
ははは罵倒も何だか懐かしい気さえする。全然時間経ってないのにな。
さて、本当に学校に行かなくては。
こいつと無駄話してたら時間ギリギリだ。今からなら走らなくてもちょうど間に合うだろう。玄関のドアノブを捻って外へと飛び出す。
「ごめん、おまた……せ?」
玄関を開けた先、そこに春乃はいなかった。
やれやれ二度も引っ掛かるか。
「そこだ!」
ドアの裏にもいなかった。先に行ってしまったのだろうか。春乃が? いやありえない。これまで遅刻しそうな時間まで待ってくれていたというのに。じゃあ、風邪かな。電話をかけてみるが出る気配がない。
冷汗が滲み出ていた。どうして電話に出ない。電話に出れない状況にあるのは確かだ。それほどまでに風邪が悪化してしまったのか、あるいは、あるいは、だ。
「何を玄関で固まってやがるクソ野郎……ってどしたの怖い顔して」
「なぁ、美香。上江が春乃に手出しする可能性はあるか」
「え、聞いてない。そんな、何かの間違いじゃ」
「あるか、ないかを聞いてるんだ」
「……あるよ」
「上江は今どこにいる!」
「落ち着いて兄ちゃん。まだ春ちゃんが見つからないだけ。家に電話してないんじゃないの?」
……その通りだ。冷静じゃなかったな。
春乃は家族について触れて欲しくなさそうだった。だから家に電話する発想すらしなかったな。もし体調不良なら無関心な親とはいえ教えてくれるだろう。
「落ち着いた?」
「……すまん。もう大丈夫だ」
「上江さんのこと信頼できないのもわかるけど、早とちりはどっちの特にもなんないからさ。私が聞いてみるから、ちと待ってて」
美香は本当に得難い存在だ。さっきまで頭に血が上ってたのにかなり落ち着いてきた。俺一人だったら上江を探して無関係だったとしても奴と敵対していただろう。
しかし、本当に何があった。
心配だ。人は失ったときに本当に大切なものに気づくという。そんな事態にはなりたくない。もし事故にでもあっていたら、俺はどうすればいいんだ。
頭を抱えていると電話をかけていた美香が戻ってきた。
「兄ちゃん、一先ず安心していいよ。春ちゃんは無事だから」
「そ、そうなのか。よかった」
「んーでも無事じゃないところもあってさ」
「何!?」
どこか怪我をしたのか? 登校できないような怪我なら、まさか足をか。
なら俺が代わりの足になろう。顔に大きな傷を負ってしまったなら、俺はタトゥーでも何でもして春乃が気にしないようにしよう。大丈夫だ。俺は春乃のためなら何でもやれる。
「ここ」
春乃が胸を叩いていた。え、どういうこと?
「まさか乳がん……!?」
「違う。心に傷をね」
「心臓に穴でも……!?」
「兄ちゃん、はっきり言わなかった私も悪いけど、心配しすぎだって」
そうか? いや、そうかなぁ?
誰がいつ罹ってもおかしくない病気だしなぁ。何にせよ、春乃が無事でよかった。でも、それならどうして今日は来ていないのだろう。
「春ちゃん、家出したって」
「……はぁ!?」
嘘だろ。春乃が家出なんて。
確かに家族と上手くいってなかった。でも春乃は家出するなんて、一体何があったんだ。
「多分、弟さんのことで何かあったのかも」
「弟?」
「知らないの? 春ちゃんの年の離れた弟の話」
「し、知らない」
なんでお前は知ってるんだというツッコミはもういいだろう。そうか、春乃には弟がいるのか。何かあったて、なんだよ。その何かがキーだろうが。
「どんな奴なんだ?」
「わかんない。まだ五歳とかそんくらいなはずだよ」
「そうなのか。そりゃ、わかんないわな」
うーん。今まで聞いてこなかったことだけにどうすればいいのかわからない。
とにかく春乃を見つけないといけない。
「荷物は家にあるままだって。兄ちゃん、春ちゃんがどこか心当たりない?」
「心当たりって」
「兄ちゃんにしかわかんないよ」
あいつが行きそうな場所って、そんなの……。
「一つしかないだろ」
「そこにいるよ。迎えに行くの?」
「当たり前だろ」
兄ちゃんしかわからんないとか言っておいて、その返答どこか知ってる感じじゃねぇか。全く、妹様はもっと隠してくれていいんだぜ。その辺りさ。
「学校には体調不良で休むとでも言っておいてくれ。ついでに春乃も」
「んー……別に私はいいけど」
「頼んだ」
そう言い残し、俺は春乃との思い出の場所へと向かった。
言うまでもないとは思うが、廃園となった遊園地、あのまろランドだ。
やれやれ。本当に囚われのお姫様になっちまうとはな。今度こそ俺は勇者だ。制服なのが似合わねぇが。姫を救い出しに行くとしよう。
俺は走った。春乃が待っているから。
だが走る理由はそれだけじゃない。
春乃が家族のことを話そうとしたのを、俺は止めている。あのとき話を聞いておけば、春乃が家出するなんてこともなかったのだろうか。
自分のことばかり気にして、彼女を見れていなかった。
俺はきっと罪深い。
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