第13話 後輩はデストラクション
朝の授業で秘蔵本を没収されクラス中に性癖を暴露されたわけだが、俺は今
最高に爽やかな気分だった。
そんな俺の様子に、岩崎が信じられないものを見た顔をしている。
ふふふ。わからないだろう。あらゆる顔が俺に変換されていたのだ。ビデオでも本でもリフレッシュできない。しかも最初の日が春乃とキスした日だぞ。悶々とした気分をどうすることもできなかった。想像で済ませるにしても俺の顔で上書きされてしまう。トルソーに興奮できるほど俺のレベルは高くない。もう自分の顔でも大丈夫なようにするしかないのかと追い込まれていたのだ。
ところがどうだろう。絵では顔が俺に変わることがなくなったのだ。
理由もきっかけもどうでもいい。
俺は今すぐ家に帰りたかった。できれば先ほどの秘蔵本も返していただきたい。岩崎がいたのでクラスの人には秘蔵本とバレていたが、表紙だけならただの漫画に見えなくもないのだ。あの先生は秘蔵本の中身を見ていないから注意だけで済むかもしれない。放課後に返してもらえる可能性はある。まずは救いの手を差し伸べてくれた秘蔵本様で……。
「おい、当てられてるぞ」
「はっ」
読み上げのようだが、どこかさっぱりわからない。
てんで的外れなところを読んで笑われる。やっちまったな。気を付けよ。
怒られたから直そうという判断が迂闊だったという他にない。怒られる前に気を引き締めなければならなかった。一限が終わった頃、妄想たくましい奴だという認識が広がっていたのだ。そして岩崎に次ぐ変態と位置付けられていた。
不覚……っ! 一生の不覚……!
「ふーん。私がいるのにああいうのを読むんだ。ふーん」
「い、いやだなぁ春乃。健全な男子高生ならあのぐらい普通だって。むしろ俺は健全なくらいだよ。ジャンルも普通だし」
午前の授業が終わり、いつものように中庭で昼食にしたのだが春乃はご立腹だった。彼氏がそういう本を読むのが気に入らないらしい。
ジャンルと聞いて首を傾げている。ウブだね。そのままの君でいて。
すまないが思春期なんだ。許してくれ。
「おっきかったなー。何がとは言わないけど。おっきかったなー」
公衆の面前でおっきいおっきい言うのは彼氏としては止めて欲しいかな。何がとは言わないけど。野郎どもに餌をやるもんじゃない。
まあ、それはさておき自分の胸と比べてしまったらしい。漫画と比べても仕方ないだろ。まあ、どうしても比べてしまうのは誰もが通る道か。男は初めての秘蔵本で絶望するものだ。しない男はもげてしまえ。
「あれは二次元的な表現であってね、そのー、大きい方が小さいより描きやすいらしいというか」
「小さい? 小さいって言ったのかな今?」
「過敏になりすぎだって。小さくないだろ。それに俺好きだよ春乃のサイズ感」
揉んだ事はないけど、押し付けられた分にはしっかり存在感あったしな。
前は話してるときに思わず視線が向くときもあったが、今は全くない。俺の顔だから。パーフェクトボディだったとしても駄目だ。体が百点でも顔がマイナス一万点なんだよ。
「で、でも大きい方が好きなんでしょ」
「馬鹿だな。好きな人のが一番に決まってるだろ」
そして好きな人がでっかいと最高だ。言わないけど。男はでっかいのが好きなのは仕方ない。俺は小さいのも嫌いじゃない。普通のも好きだ。みんな違ってみんないい。そういうものだ。
人の身体的特徴にいいも悪いもないからな。生まれ持ってのものだし。でかいちいさいで馬鹿にしちゃいかんのよ。
自分のとどっちがでかいかは気になるけどな。
「そっか。気にしすぎなんだね」
どうやら納得してくれたらしい。ほっと胸を撫で下す。
朝からずっとこの調子だった。いくら俺の顔だからって春乃に嫌われたくない。キスをして俺の目に変化があるかは試してみたいところではある。だが実験のためみたいなのは春乃に失礼だからな。
春乃がしたいときにすることにしよう。俺からは絶対にしないけど。畜生こんな病気にさえならなければなぁ。
仲直りもしたのでイチャイチャすることにする。覚えておくといい。彼女の顔が自分の顔に見えるようになったらお面だと思って相手の目だけを見るんだ。
そんな努力を重ねながら何気ないことを話しているとふと春乃が言った。
「そういえば金曜一緒に帰ったけど、図書委員の仕事代わってもらったんでしょ。誰にお願いしたの。私もお礼言っておかなきゃ」
「図書委員の仕事……」
あー……あったな、そんなの。
病気のせいで完全に頭から飛んでいた。図書館で調べものしようとしたのだって仕事があるからだったのに、完全に頭から飛んでたな。
「もしかして誰にも言わないで来たの? 駄目だよ、もう。私もちゃんと言っておくんだったかな」
「いや、これは俺が悪い。教えてくれてありがとな。放課後に図書室行ってぺぱ子に謝ってくる」
「うん、どういたしまして……って、ちょっと待って。ぺぱ子って誰」
あれ? なんかまた不機嫌になったぞ。どうしてだ。
「同じ図書委員の後輩だよ。前に言っただろ。ずっと図書室いるやつがいるって」
「あだ名で呼び合うような仲なんて聞いてないよ! というかまさかだけど、ぺぱ子ってまさか〇ッパー君から名前取ってないよね。人に機械みたいなあだ名付けるのは良くないよ」
「いや俺もそう思ったんだけど、そう呼んでくれっていうもんだからさ」
「そんなわけないでしょ! 謝って来なきゃ駄目。ちゃんと名前で呼んであげないと。あ、でも親しすぎても駄目だからね」
ええぇ……。何をそんなに必死になって。
別にぺぱ子を相手に何の心配もないだろうに。
あ、そうか。嫉妬だ。可愛がってる後輩みたいに聞こえていたのか。そしたら心配にもなるか。まあ、あいつを知らなきゃそう思うよな。失念していた。
「わかった。でも、春乃が思ってる感じじゃないよ。本当に」
「相手はどうかわからないでしょ」
それはそうなんだけど、うーん。教えたほうがいいのかな。
いや、止そう。世の中には知らない方がいいものってあるよな。うん。
「わかった?」
「わかったよ。そんなに心配しなくても俺は春乃一筋だって」
可愛い彼女の頭を撫でる。よしよし。俺の顔で頬膨らませるのはやめような。フグみたいだ。テトロドトキシン滲み出てるぞ。
あ、女の子って髪のセットとか大変なんだよな。つい妹にやる癖でやってしまった。まあ、でも自分から手に頭擦り付けてくるし大丈夫だろう。でもわしゃわしゃするのは止めておいた。
放課後になり図書室に向かう。部活に向かうもの、下校するもの、色んな人たちも廊下を歩いている。始業前や授業合間の休み時間と比べて、開放感があるからだろう。皆面持ちが違う。だからだろうか。同じ廊下も違う廊下に思える。
部活勧誘のポスターや掲示板の長ったらしいお言葉、麻薬撲滅ポスター。改めてみると高校生の廊下は情報に溢れている。
図書室に到着して俺がまずしたことはノック二回だ。
生徒が使う公用施設でノックする必要は本来ない。これには理由があるのだ。
扉の前からぼそぼそと声が聞こえる。
「二回のノックは」
「トイレに入ってるか確認」
「よーし入れ―!」
おわかりいただけただろうか。これが馬鹿である。
覚えたことを使いたくて仕方ないのか、こいつは二回のノックはトイレだと伝えまくった。そして自分が中にいるか確認したいときはノックをしろという。そしてノックしてやると今のように問いかけをするのだ。
よし入れじゃねぇよ。トイレなら入っちゃ駄目だろ。というか図書室だし。
ぼさぼさ髪のまるで毛玉の妖怪のような少女。真性の馬鹿、それがぺぱ子だ。
ぺぱ子もペッパー君賢いよね、君ペッパー君に似てるね、とかいう悪ふざけを本気にして自分から呼ばせている。正直こいつなんでうちの高校に入ることができたのかわからない。
「へいぺぱ子。お前の本名は」
「椛田愛、です!」
「椛田、先週の金曜日代わってくれたよな。ありがとう助かった」
「どぉーしてぺぱ子って呼んでくれないんですかぁ!」
本名で呼ばれるのが心底嫌なようでぺぱ子はギャーギャー騒ぎ出した。
うるせぇ……。図書委員向いてないよお前。
あまりにも荒ぶるものだから普段隠れている顔が見える。おお、鼻は低いけど案外可愛い顔したんだなお前……え?
「ぺぱ子お前……」
「はい! ぺぱ子です!」
「人間じゃなかったのか……」
「何をおっしゃるのでありますか!?」
その日、俺は未知との遭遇をした。
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