第8話 初デートはハードモード その3

 普通の遊園地だと高を括っていたら、そこは魔王城だった。

 門番が鋭く長い牙をちらつかせ、近づくものを威圧している。だが門番は来るものを拒まない。入ったら帰って来られないと知っているからだ。

 囚われの姫がいるならば決死の覚悟で突撃しよう。きっと恐怖に怯え、夜も眠れぬ日々を送っているに違いないからだ。いや、それだけでない。あの醜悪な化け物たちが姫に何をするかわからない。だから勇者はその地獄へと足を踏み出すのだ。

 ところがどうだろう。お姫様は隣にいるのに魔王城へとランデヴーだ。魔王に催眠でもかけられているに違いない。


 ……現実逃避はここまでにしよう。

 彼女とともに来た廃園目前のボロボロ遊園地は、アノマロカリスやアンモナイトといった古代生物をモチーフにした異色のレジャー施設だった。

 まあ、遊園地なんてありふれているし独自の色を出そうとしたのだろう。時代が少し後だったら逆に流行ったかもしれない。時代を先取りしし過ぎだ。マスコットたちは古代だったが。


 そういえば新しい発見もあった。

 どうやら他人が自分の顔に見える症状は人間からかけ離れたものには適応されないらしい。本当に良かった。口から触覚が映えている自分なんて想像したくもない。リアルなアノマロカリスの顔に寄せるセンスはわからないがおかげで助かった。マスコットまで俺の顔に見えていたら遊園地を楽しむどころではなかっただろう。


「ねぇねぇ次はジェットコースターに乗ろうよ!」

「わかった、わかったからそんなに走るなって」


 春乃に手を引かれるままに俺はついていく。飼い犬になってリードを引かれている気分だ。まあ何はともあれ楽しんでいるようでなにより。俺はもうすでにお腹いっぱいだ。アトラクションがいちいちツッコミどころが多すぎる。先ほど乗ったメリーゴーランドは馬がアノマロカリスだった。

 乗りにくいわ無駄に精巧な作りをしているわで俺の頭はツッコミの大渋滞だ。実物のアノマロカリスは人間が乗れるほど大きくないだろう。リアルに寄せるのか寄せないのかどっちかにして欲しい。

 意気揚々と春乃はアノマロカリスに跨り、満面の笑みを浮かべていた。当然、写真を撮ったのだがアノマロカリスの存在感が強すぎる。畜生。俺の病気が治ってからの楽しみに不純物混ぜ込みやがって。


「コースにあのまろくんたちがいるから探してみてね。目指せコンプリート!」

「へえ。何ひ……何人くらいいるの?」

「十人だよ。最後が難しいけど形を見分ければわかるからね」


 あんなのがあと七体もいるの!?

 マジか。世界は広い。知っている二体もまだどんな姿かわからないしな。あとなんか最後のやつに関してはニュアンス的に擬態してないか。古代の生き物って他に何がいるんだ。どんなやつがいるのか、ちょっと楽しくなってきた。よし。何でも来い。


 いつの間にか俺は遊園地を楽しんでいた。春乃を喜ばせようとアレコレ考えていたはずが、今や童心に帰っている。彼氏としてそれでいいのかという気もするが、難しいことは後だ。今はアトラクションをめいいっぱい満喫しよう。

 ジェットコースターってどんな体感だったかな。思い出せない。

 小さい子供でも平気なんだし、まあ、大丈夫だろ。


 数秒後、俺は大絶叫を上げた。




「……うっぷ」

「大丈夫?」

「み、水……水を……」

「うん、買ってくるから待っててね」


 ジェットコースターのすぐ近くのベンチで俺はべばっていた。

 どうやら俺は絶叫マシーンが駄目らしい。外から見る分には大したことない高さだったのに、乗ってみると二倍はあった。そして風とともに意識が取り残されて体だけが持っていかれるようなあの感覚。あんな恐怖体験は他にない。遊園地って子どもの感性破壊装置だったのか。道理で最近の子どもは肝っ玉が据わっているわけだ。あとなんかマスコットに混ざってエイリアンがいた気がする。


「うーん、エイリアンっぽいなら多分オパビニアのビニアくんだね。はい、お茶」


 ……それは見間違いであって欲しかった。お礼を言って春乃からペットボトルを受け取り、喉を鳴らして飲む。途中から心の声が漏れていたのか。変なこと言ってないよな。


「感性破壊装置はひどいと思うなー」

「そ、そんなこと言ってたかな」


 結構前から口に出していたらしい。危ない。本当にばれちゃいけないことは言っていなくてよかった。こんな間抜けなバレ方したくない。マスコットが俺の顔に見えなくてよかった。ありがとうオパビニア。どんなやつか全然わかんないけど。

 水を飲んだら、吐き気も収まった。とはいえすぐに動くのはきつそうだ。


「もー。ジェットコースター駄目なら言ってよね。そしたら乗せなかったのに」

「俺も知らなかったんだよ」

「乗ったことなかったの? 珍しいね。ここの遊園地も知らなかったし。もしかして遊園地も初めて?」

「いや、流石にあると思うんだけど、覚えてないからなぁ」


 うちの親はいかにも遊園地好きそうだし、連れていったはずだ。妹だって絶対好きだろうし。ジェットコースターがトラウマで忘れていたとかかな。いや、それなら逆に覚えていそうだしな。今度アルバムでも探してみよう。


「ごめんね。わたしが遊園地行こうって言ったから……」

「謝らないでいいよ。春乃は悪くない。俺だってわかんなかったんだからしょうがない。情けなくてごめんな。ちゃんと楽しいよ、遊園地」

「本当に? 無理してない?」

「してないよ。春乃と一緒だから二倍楽しい」


 感極まったのか春乃が抱きついてきた。俺の目には野郎が襲い掛かってきている。思わず仰け反るが、がっしり捕獲されてしまう。

 最初こそおい馬鹿やめろと思ったが、今の気分は最高だ。顔が見えないから忌避感がない。こんな簡単な解決策があったなんて。俺も春乃を抱き寄せた。

 思わぬ天啓。素晴らしい。俺の心臓は手の代わりに早鐘打って大喝采だ。気恥ずかしさもあるが心地いい。春乃の体温を感じる。……なんか一気に変態っぽくなったな。じゃあなんだ。温度か。いや、ぬくもりだな。うん。ぬくもりと言い換えよう。春乃のぬくもりを感じる。ハグにはリラックス効果があるというのは本当だった。オキシトシンだかなんだかが脳で分泌されるんだったか。


「嬉しい」


 耳元で春乃が囁いた。こそばゆい。ぐりぐりと顔を埋めてくる。汗臭かったりしないか心配だ。というか春乃は自分の汗の匂いが気になったりしないのだろうか。いい匂いだけども。

 香水とかかな。でも付けてるところ見たことないな。見えないところでおしゃれしてるのだろうか。


 というか、そろそろやばい。名残惜しいけども。


「は、春乃。ちょっと暑い、かな」


 雲一つない炎天下。影のある場所を選んで座っているとはいえ抱きついていれるほどじゃない。あとジェットコースターの受付さんの視線が痛い。俺の顔でそんな顔しないでくれ。遊園地で働いてんだからくるだろカップルぐらい。


「あ、そ、そうだね」


 慌てて春乃が離れる。顔が真っ赤だ。きっと俺もそうだろう。というか、春乃と同じ顔をしている。やっぱり駄目だな。俺の顔だと興奮が半減どころじゃない。


「じゃ、じゃあ行こっか。絶叫系は他にないから安心して」

「あ、ごめん。もう少しだけ座ってていいかな」

「まだ調子悪い? なんか前屈みだけど」

「いや、調子はすこぶるいいんだけど、ちょっと元気過ぎるっていうか、なんというかね」


 よくわからないと春乃が首を傾げる。座っていてよかった。ハグされたのだ。その、なんていうか当たっていた。だから、俺のマイサンといか、それがね、うん。あとは察してくれ。生理現象なんだ。


 不思議がる春乃に俺はとぼけるしかなかった。


 


 


 

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