第7話 初デートはハードモード その2
集合時刻の二時間前から俺たちのデートは始まった。
早い。早すぎる。ロマンスがあり余る。そんなにあっても俺は困る。隣を歩く春乃は口の端が緩んでいた。遊園地を楽しみにしているのだろう。俺は動機が不純なだけに後ろめたい。とはいえ一緒にいられる時間が伸びたのは嬉しい誤算だ。
朝だからまだ風は涼しいが、それでも夏に公園のベンチで時間を潰せるほどじゃない。なので俺たちは近くのカフェまで来た。
シニアなマスターがレトロな店でブラックなコーヒーを入れている。革のソファやイエローな電球の暖色が趣があって実に良い。
けどコレ今じゃねぇな。
ごめん。頑張って横文字で褒めてみたけど初デートで行く場所じゃない。確かにレトロな雰囲気はアリだと思う。流行だしな。でもこの店は流行りに乗った店じゃない。リアルだ。なんならところどころボロボロだった。ソファの端とか破れて綿が出ている。
「ごめん、やっぱ別の店に――」
「すごいね! あのコーヒー淹れる道具とか初めて見たかも。こういうのを大正浪漫っていうのかな。て、ごめんね。遮っちゃった。どうしたの?」
「何でもないよ。いいお店だねって言いたかったんだ」
いいよね。レトロ最高。クソぼろいなんて微塵も思わなかったよ。
マスターの視線が痛い。俺の顔に見えているせいか隠していても不満気なのが良く分かる。声を抑えていたのになぜばれた。地獄耳め。でも破けたソファは流石に直したほうがいいよマスター。
俺はコーヒーを、春乃はカフェオレを注文した。注文してからつくるようで、少し待つ必要がありそうだ。幸い時間はある。いい天気だねと俺は会話を切り出す。最初こそ会話がぎこちなかったが、コーヒーを作っている様子を眺めたり、他愛のない話をしていると途切れていた会話も続くようになった。
和気あいあいと話していると注文したコーヒーが出てきた。いい香りだ。ベテランの味はどんなだろうかと飲んでみると驚くほど苦い。一気に口に含もうものなら味覚が麻痺してしまいそうなほどだ。
マスターのほうに視線を向けるといい顔をしている。満面の笑みだ。憎たらしい。わざとか。わざとなのか。
いや、コーヒーって苦いものだしな。初心者がブラックを頼んだら皆同じ反応をするのかもしれない。
対して春乃はカフェアートまで施され、飲むのがもったいないよと口を付けられずにいる。俺はすかさずスマホで撮った。
「ちょ、ちょっと、撮るなら言ってよ。恥ずかしいから」
「ごめんごめん。今度から先に言うよ」
「もう」
撮れた写真を確認する。やはり俺の顔だ。今はこれでいい。
写真に残しておけばあのときどんな顔をしていたのか分かるからだ。リアルタイムで見られないのが残念だが、こうしておけば治ったときの楽しみになる。
今日は写真フォルダがすごいことになりそうだ。
昨日、寝る前に地図で調べてみたが、遊園地の写真からはボロさは感じなかった。あまり期待していなかったが今日はアトラクションも楽しめるかもしれない。考えてみればそういったアトラクションに乗るのは何年振りだろう。昔乗ったんだろうけど、覚えてない。
カフェでイチャイチャしているとすぐに時間は過ぎていった。長い時間居座ってしまったが途中で小さめのケーキを注文したんだから許してくれ。財布には少し痛いが問題ない。春乃は割り勘にするといったが、初デートだからとかっこつけさせてもらった。チケットは割り勘ねと決められてしまったが。
奢られていればいいのに、俺の彼女は本当に律儀だ。
遊園地に向かって俺たちは歩いた。徒歩圏内にあるとはリーズブル。それなりに敷地もあるだろうに、どうして今まで気づかなかったのだろう。
まあ、行かない場所は近所でもわからないか。
デートは順調。春乃が俺の顔をしているのは相変わらず慣れないが、それでも楽しく会話することはできる。顔を見ても平気だ。これなら今日一日を楽しいだけで乗り切れるかもしれない。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
春乃に連れらて来た場所にあったのは、錆びついた門。側に立っているマスコット人形は塗装が剥げ、牙剥き出しの凶悪な顔の門番と化している。奥にそびえたつ城は魔王城か。快晴なのが逆に不気味だ。
そりゃあ、廃園にもなるだろう。こんな禍々しいところに子どもは遊びに来ない。来るのは勇者だ。姫も連れ去れてくるかもしれない。
写真とまるで違う。地図で見たときの外観の写真ではもっときれいだった。いつの写真を使ったんだ。詐欺って言われても仕方ないぞ。
「チケットはこっちだよ」
春乃はこの風貌に何も感じないらしい。一体どうなっている。
外見で判断しないって素敵だとは思う。でも遊園地だから錆はどうにかした方がいいんじゃないかな。観覧車とかジェットコースターの支柱錆びてたりしないよな。違うって。ドキドキハラハラするのはそっちじゃないんだって。
「見て見て! 閉園だから普通のチケットで全部乗り放題だって」
「の、乗り放題かあ。お得だなぁ」
不安だ。整備面とか安全面とかが。
人もぜっんぜんいない。迷子の子供とかいたら幽霊と見間違う。鏡の館があったら、絶対何か住み着いてる。園そのものがお化け屋敷よりもホラーだ。
俺の想定してた予定と違いすぎる。
スタッフが平然としていることが逆に怖い。おかしいのは俺なのか。俺のほうが間違っているのか。
「ではいってらっしゃいませ」
受付のお姉さんが入場ゲートから声を掛けてくれる。
うきうきの春乃は行ってきまーすと変えているが、俺は生贄に出された気分だ。今に魔王軍の幹部とかが襲撃してくるぞ。
「あのまろランドへようこそー!」
ほら出た。さっきの門番に似た奴がでてきたぞ。きっとあのマスコットの皮を剥いで被っているんだ。だからこんな普通のぬいぐるみが……。
あれ? 普通だ。なんか顔に突き出した鉤爪みたいなひげ生えておかしいけど普通のぬいぐるみだった。何これ。何の生き物なんだ。
駄目だ感覚が麻痺してやがる。俺の病状並みの精神汚染してくるとは恐るべしあのまろランド。その名前も今知ったよ。
「見て見て、あのまろくんだよ。私ぬいぐるみ持ってる」
「あのまろくんって、なんか言いにくいな。あれはかわいい、のか?」
「顔のところとか見て。触覚があるでしょ。アノマロカリスがモデルなんだよ」
まさかのアノマロカリス。チョイスがニッチ過ぎる。門番の牙みたいだったアレ触覚なのかよ。
というか、あれ多分主役だよな。猫とか犬とか恐竜でもなくアノマロカリスて。ある意味この遊園地も化石だからお似合いではあるんだけど、どうなんだコレ。笑えないぞ。
「あんもくんとさんよちゃんはいないみたいだね」
あんもはアンモナイトだよな。さんよ、ってまさか三葉虫か。よりによってなんであれを女の子にしたんだよ。せめてアンモナイトと逆だろ。というか三葉虫のマスコットってなんだよ……。
ツッコミどころがありすぎる。どういう経緯でこうなったんだ。
「は、春乃。あの城みたいな場所は何かな」
「あれはね、げにあ伯爵の城だよ」
「げにあ伯爵って、何」
「ハルキゲニアで、げにあ伯爵だよ」
ハルキゲニア! 感性とち狂ってやがる。せめて城っていったらお姫様だろ。なぜ伯爵。なぜハルキゲニア。確か細長くて長い脚のついたハリガネムシみたいなやつだったよな。マスコットにするの大変だろうに。
「何でも聞いてね! 今日一日であのまろランド博士にしてあげるんだから」
「お、おう」
……デートはまだ始まったばかりだ。
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