第6話 初デートはハードモード その1

 快晴に新緑の並木が映えていた。連なった木陰を進み、川のせせらぎに耳を傾ける。風が吹けば木々もさざめき、自然の合唱会だ。ここで鼻歌を口ずさむのはマナー違反。ただあるがままでいい。

 そう、ただあるがままで……。

 並木を抜けると、朝のランニングをしている人とすれ違った。かなり鍛えているようで腕の筋肉が隆起している。実に憧れる。どんないかした面かと拝んでみれば俺の顔。

 ほーん。マッチョになったら俺もあんな感じか。

 はっはっはっは。


 頼むから元に戻してくれ神様!


 やはり寝ても俺の視界に映る人々は俺の顔をしていた。そして春乃との初デートが二時間後に差し迫っている。大丈夫だよな、俺。嫌がっているような顔はしないだろうな。血管が額に浮き出たりしないよな。手をつないでも鳥肌立たないよな。ああ、心配だ。大丈夫だろうか。

 どうしてこうなった。

 なんか、こう、違うよな。初デートって、手を繋いでもいいのかな、とかどんな服着てくるんだろうってドキドキワクワクするものだよな。決してドキドキハラハラするもんじゃないよな。

 テンションは低空飛行しているが、やるべきことは決まっている。

 春乃にめいいっぱい楽しんでもらうことだ。春乃に俺の症状を悟られないようにするためじゃない。どうすれば喜ぶか、何をして欲しいのかを察して動くのだ。彼女に最高の思い出を用意することだけに集中しなくては。

 コーディネートも妹様に頼んだから完璧だ。調子乗りすぎじゃないかと思えるチョイスをやってのける。そこに痺れる憧れる。土下座したかいがあった。

 さて。二時間も前に来たのには当然理由がある。春乃と合ったとき、顔を見ても引かないようにするためだ。……ひどい言い草だが許してほしい。それ、俺の顔なんだ。

 昨日も玄関前で腰を抜かしそうになったし、話しているとどうしても顔に意識が向いてしまった。そのため対策としてあらかじめ俺の顔をした人たちで慣れてしまおうというわけだ。寝たことで感覚の麻痺が解けてしまったのか、他人が俺の顔をしていると気色悪くて仕方ない。

 自分の顔を気持ち悪い気持ち悪いと言うべきじゃないのはわかっている。だがそう言わないといけない気がするのだ。俺の視界だけとはいえ顔を上塗りしている。本当に申し訳がない。俺の顔がとんだ粗相を。


「あれ?」


 集合場所の公園に着くと見覚えのある姿があった。俺の顔をしているのだから、見覚えしかないのは当然なのだが、なんというか、うん。集合場所なんだから、そうだよな。

 春乃がすでに集合場所にいた。

 嘘だろ、二時間前だぞ。女子は支度に時間がかかるだろうに。そんなに楽しみにしてくれるのは嬉しい。彼氏冥利に尽きる。

 けど、けどさ。早くね? 早すぎじゃね?

 いつからいるんだ本当。まさか三時間前とか言わないよな。俺が時間きっかりに来たらどうすんだ。頼む、今きたとこであってくれ。頼むから。


「お、お待たせ。待った?」

「うぇえ!?」


 いや驚きすぎだろ。赤の他人に声を掛けたのかと不安に駆られたが、プレゼントした髪飾りのおかげですぐに本人だと分かった。


「え、え。早すぎじゃない?」

「こっちの台詞というか、お互いさまというか。取り合えず、おはよう春乃」

「う、うん。おはようございます」


 なんで敬語だ。

 よくわからないがどうやら混乱している様子。こっちも計画が狂ったせいで心の準備ができていない。顔が気になってしまう。思わず目を逸らしてしまいそうだ。だが待っている彼女を放置して自分を優先できるわけがない。落ち着け。まず言うべきことは決まっている。


「その服、似合ってるよ。可愛い」


 白いワンピース……確かシャツワンピースって呼ぶんだったか。春乃のボブカットの黒髪によく似合っている。

 赤い靴と赤い鞄が実にキュートだ。

 一歩間違えたら井戸から出てくる女の幽霊とかの怪異のブレンドになりかねないコーデだな。


 俺がそんな失礼なことを考えているとも知らずに春乃はありがとうといってニマニマしている。俺の顔のせいでニマニマというよりニチャニチャしている。ふざけんなお前ぶっ殺すぞ。


「そっちも似合ってるよ。カッコいい」

「だろ?」


 なんたって妹に頭踏まれて選んでもらったんだからな。ぐりぐりとにじり込んできたけど力は入ってなかった。そんな中途半端な優しさはいらない。


「ところで、春乃はいつ着いたんだ。待たせちゃったか?」

「ううん、全然。10分くらい前かな」


 待ってんじゃねぇか。

 まじかー初めてのデートで彼女待たせたか。なんか凹むな。でもこれ俺悪くないような気が……いや駄目だ駄目だ。悪い悪くないって決めると片方が悪役っぽく聞こえるからな。そんなことしてもマイナスにしかならない。


「は、春乃はどうしてこんなに早い時間に」

「君が来てるんじゃないかなって。待たせちゃ悪いかなーって」


 なんてことはないように春乃は言った。

 背筋に冷や汗が流れる。確かに俺は早めに来るだろう。だが彼女の顔が俺じゃなかったら、せいぜい一時間前だ。つまり一時間待たせる可能性があったということだ。

 彼女は度を過ぎたお人好しなことは知っていたが、認識が甘かった。将来悪い男に騙されないか心配だ。俺が守らねば。

 ……あれ? 俺すでに騙してね?


「でもこんな早く来るとは思わなかったよ。びっくりしちゃった」

「俺もびっくりした。まだ遊園地開園してないだろ。時間通りに来たらどうするつもりだったんだよ」

「どうもしないよ。待ってる。当たり前でしょ」


 当たり前、ではないかな。

 今までこういうところを指摘してくれる友達はいなかったのか。一部の女子からは嫌われているものの春乃は人気者だ。それなりに遊んだりしてるだろうに。


「あのな、春乃。俺を思ってくれた気持ちは嬉しい。だけど何時間も待たせたかもしれないとか申し訳ないからさ、今度から早く来すぎるのは止めような。相手を待たせたくないなら、せめて三十分前とかにしよう」


 春乃は目を丸くした。まさか初めて言われたのか? んな馬鹿な。


「でも、君は二時間前に来てたよね」

「それはちょっと、緊張を紛らわそうと思ってね」

「前に買い物に付き合ってあげた子がね、すごい早くから来てたから」


 はーん。合点がいった。前に付き合ってたやつがデートのときに早く来すぎてたってことだな。なるほど。ふむ。へー。

 いや、別に。わかってたけどね。

 春乃は可愛いし、彼氏の一人や二人いたことあるだろ。

 俺が不貞腐れていると春乃が慌てて言った。


「あ、違うよ。思ってるような感じじゃないからね。本当に買い物付き合ってあげただけなの」

「いや、いいんだ。怒ることでもないしさ、普通だよ。そういうの」

「その子は友達じゃなかったんだけど必死だったから行ってあげたの。買い物の後にデート楽しかったねっていうから、デートじゃないよって言ったらそれっきりでね」


 春乃違うそれ違う。

 デートと分かって来てくれたと思ったら、いきなり突き放されて振られたと勘違いしてる奴だよそれ。

 俺の彼女が純情通り越して小悪魔どころか悪女になってるぞ。


「ね、ねぇ普通ってことは君も恋人がいたりしたってことなの、かな」

「いないよ。一般的にはって話」

「そ、そうなんだ。よかった」


 春乃は純粋だ。いい意味でも悪い意味でも。

 だからこそ分からないことがある。


「春乃はどうして俺の告白を受け入れてくれたんだ?」

「え? それは、その。告白してくれたから、かな」

「今までだっていただろ?」

「いないよ。皆、勝手に俺の彼女って言ったり、デートって言ってみたりだもん」


 そ、そうか。うん。

 言葉にするって、大事だなあ。

 

 





 

 

 

 

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