第17話 俺の職は

 町外れにある剣児の居住区からの帰路の途中、俺は気になっていたことをゆうなに聞く。


「ゆうな、能力値のことで質問があるんだが、他の項目はなんとなく理解できたけどHPの横にあったMPってのは何の数値だ?」

「これは簡単に言うと魔力を数値化したものです。HPと違ってこれが0になっても死にませんが、魔法や技が打てなくなります」


 ほう、グレンヴァが作った結界に魔法打ちまくった時に初めて俺の中の魔力が無くなった感覚があったが、これも数値化されているのか。

 ということは、魔法や技を繰り出す毎に10や20といった感じでMPが減っていくのか。

 なんと分かりやすい。


「そういえば何で明日は職業神殿集合なんだ?別にタンナーブ入口とかでも良くないか?」

「明日は魔物との戦いもあると仮定して、このまま出野さんが無職だったらレベルが上がらないですからね。急で申し訳ありませんが明日は何かしらの職に就いてほしいです」


 そういうことか。

 しかしまだ先の事と思ってたから何にも考えていなかったなー。


「あー確かに。でも何になるかとかまだ全然決めてないぞ」

「今は剣児君が仲間になったことだし、剣士以外だったら何でもいいかもしれませんよ。すぐに転職もできますし」

「転職ってのは職を変えられる仕組みのことか?」

「えっ?」

「えっ?」


 このやり取りの流れは、俺が何かしら人間界の常識を勘違いしているときの流れだ。

 しかし、断じて俺は間違っていない!……と思うけど。


「ふふっ、いえ。ちょっと驚いたもので」


 ゆうなは少し笑みを浮かべながらそう答えた。

 いつもとは違う反応に少し戸惑った。


「俺また間違ってたか?」

「そうじゃないんです。なんか、初めて話が通じたと思ったら可笑しくって。ふふっ」


 そう言いまた笑った。

 何だか笑われてるというのとはまた別の笑みだった。

 初めて見たゆうなのこの表情は、俺の心に深く深く刻まれた。

 そんな俺を余所目にゆうなは続ける。


「自分に合わなくて転職、仲間の入れ替えがあったときにバランスを考えて転職みたいに色々と便利ですよね。勇者以外は上級職っていうのも存在して、ある程度職業レベルが上がるともっと強い魔法や技を習得できる職に就けるんですよ」

「ほう、自分のレベル以外にも職業レベルというものがあるんだな。上級職って例えば?」

「現在最強と言われている英雄さんパーティの皆さんも上級職に就いています。例えば、盾使いの守さんは盾守という上級職、僧侶だった賢太郎さんは賢者という上級職というように」


 俺は町中心部に着くまでその辺の知識をゆうなに教えてもらいながら歩いた。



◇◇◇◇◇◇



「はー、やっと着いた」


 帰り道は行きよりも短く感じた。

 辺りもすでに暗くなっている。

 タンナーブ到着から始まり、冒険者登録を済ませ、ゆうなという勇者と一時的ではあるが仲間になり、職業神殿に行き、剣士の剣児という新たな仲間を得た。

 長かった一日がようやく終わり一息ついた。


「あっ、出野さんって泊まるところあるんですか?なんかこっちきて日が浅いみたいですし」

「あー、俺は特に家などないがその辺で寝れるから大丈夫だ」

「だめですよ。私の家に泊まりますか?母がいますけど……」

「ありがとうな。でも大丈夫。俺は寝るときは一人がいいからな」


 俺は睡眠時、誰の邪魔もされたくない。

 というのもあるが、実際のところは寝相が悪くて意識のないまま魔法を打ちまくるのだ。

 周囲のものを破壊しないよう、いつも自分自身を包み込むように結界を張ってから寝ている。

 グレンヴァに奇襲を仕掛けられた時も、一応結界を張っていたが、それを貫かれたのは記憶に新しい。

 眠っている時の俺は強力な魔法を打つわけではないからそこまでの結界は張っていなかったにしろ、眠りの邪魔をされたのが復讐の後押しになったのは間違いない。


「そうですか。ではお気つけて」

「ああ、また明日な」


 ゆうなと別れ、俺は市場の方にとことこ歩いていった。

 俺は柿ピーが食べたくてしょうがなかったからだ。

 ぽつぽつと灯りが消えている露店の中、お目当ての露店は店主が店を畳む作業をしていた。


「すまんが柿ピーを売ってくれないか?」

「ごめんごめん、今日は売り切……、って今日の兄さんじゃないか!」


 振り向き目が合った店主は、俺の存在に気付くと声色を上げて反応した。


「今日は本当にありがとうな!兄さんのおかげで久々に売り切れたよ!特別だ、明日の分に取っておいた分が少しあるから持ってくるよ!ちょっと待ってて」


 そう言うと、作業を止め家の中に入っていった。

 すぐに袋に入った柿ピーを持ってきて「これはサービスだ」と言って俺にその袋を渡してきた。


「ありがたいが、今日一回貰ってるからこの分は払うぞ」

「いいからいいから。また今度来てくれよ!その時はちゃんとお金は頂戴するからさ!」

「あぁ、では今回だけは甘えるとしよう。ありがとう」


 そんなやり取りをして、俺は人間の匂いがしない場所を目指して歩いた。


 しばらく歩くと、背の丈の何十倍もある大きな木が見えた。

 もう人間の匂いはせず、寝床に最適な場所を見つけた。


「ここなら大丈夫だろう。しばらくはここが俺の拠点だな」


 俺は木に登り、適当な太い枝に体重を乗せ、折れないことを確認して横になった。


「明日は何の職に就くべきか」


 そうは言ってみるものの、答えはある程度決まっていた。

 そしていつものように結界を張り眠りについた。



◇◇◇◇◇◇



 翌朝、目覚めた俺は日の光を基に、ある程度の時間を計算しこの場を後にした。


 職業神殿に到着すると入口の前に、ゆうなと剣児の姿が見えた。


「早かったな」

「はい。仲間と一緒に冒険に出れるなんて夢にも思いませんでしたから、嬉しくって早く来ちゃいました」

「おらは昨日興奮して眠れねがった。でも村でたまぁに夜通し見張り番しちゃったして、寝ねくても全然大丈夫だ」


 そう言う割には眠そうにしているのは気のせいか?


「で、何の職業にするか決めましたか?」

「あぁ、やっぱり俺が就く職はこれしかないと思っている」

「何?」

「それはお楽しみというやつだ」


 俺の発言を聞いた二人はひそひそと予想し合っていた。

 その会話が少し耳に入るが話に出てくるそれのどれでもない。


「じゃあ早速中に入るかー」

「そうですね」

「んだな」


 俺達は神殿に入り、職に就きたいと言うと正面にある大きな扉へと案内された。

 ゆうなと剣児は、神殿内にある椅子に腰掛け待っているという。


 俺は扉を開き、中へ入ると真っ白な空間が目の前に広がり、その中央にポツンと人影が見えた。

 一頻り周りを見てみたが、俺は違和感を覚えた。

 違和感の正体は、この白い空間が、外から見た建物の大きさ以上だったことだ。

 おそらくここは、異世界、もしくは空間を広げる特殊な魔法などを使ったところであるのは確かだ。


 次に目がいったのは、中央に佇む、灰色のローブを身に纏った爺さんの姿。

 長く白い髭が特徴的であった。

 それにしても、この空間といい、爺さんといい、何か神秘的なものを感じるな。


「おーい、早くせんかい」


 俺が立ち尽くし周りをじろじろ見て気にする様子に痺れを切らし、声をかけてきた。


「あー、すまんな」


 考えることを止め、爺さんの元へと歩みを始める。

 どうするのが正解か分からないが、爺さんの目の前に立った。


「早速じゃが、何の職に就きたいのだ?」


 挨拶も無しに、爺さんは尋ねてきた。

 そんなの決まっている。


「俺は……、???の職に就きたい」


 レベルが上げられれば職など別に何でもいい。

 しかしゆうなが昨日言っていた、???からの勇者への就職。

 これが頭から離れなかった。

 それが例え天文学的確率でも、俺はその狭き門に望みをかけたい。

 

「これは後から変更が利かない職じゃがよろしいか?」

「あぁ。後悔はしない」


 職の変更ができない呪いなど俺からすると、何の驚異にもならないはずだ。


「では」


 爺さんが両手を開き、天に向け祈りを捧げる。


「神よ、この者に未知なる職の祝福を」


 すると俺の周りに魔力が漂い、包み込まれる。

 呪いの類いとはまた別の、何故だか暖かい気持ちになるような心地よさがあった。

 呪われるとはこんな感じなのか?

 未だかつて呪われることのなかった俺は、初めての感覚に身を委ねた。


「……では、そなたはこれから【しょうかんし】としての道を歩むがよい」

「えっ?嘘だろ?召喚士だと?おい、じじい!普通の職じゃねーか!」


 爺さんは「ん?」という顔をしながら、首を傾げた。


「まぁまぁ、神がそう決めなさったのだから仕方ない」


 慰めの言葉も耳に入らないほど落ち込んだ俺は、肩を落としながらこの空間を後にした。

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