第7話 Two heads are better than one. II

 太陽がオレンジに染まる頃、二人は依頼主の元にイノシシを持っていった。中年の夫婦は喜び、金と薫製肉を二人に渡した。捕らえたイノシシは夫婦がまた薫製にするらしい。

 ジネヴラは受け取った肉を神妙な顔つきで観察する。匂いを嗅いで、触って、舐めようとした瞬間レイジに止められた。口を尖らせてそっぽを向くと、視線の先には落ちる夕日が見えた。

「レージ、おまつりだ! はやく行かないとおわっちゃうぞ!」

 夕日のオレンジがカンテラに見えたのか、ジネヴラは大慌てでレイジを催促した。

 両肩をぐるぐると回していた男は、肩をすくめるとカバンを背負い直してジネヴラの頭にぽんと手を置く。彼は返事の代わりによく少女の頭を軽く撫でるのだ。

 足早に石畳を進むと、歌声や笛の音、人のざわめきが耳に届く。カンテラを手にもつ者も増えてきた。ジネヴラはせわしなく首を回し、あるいは体ごと回りながら、祭りの雰囲気を吟味する。先日物色した屋台の群れとは反対の方向に進む彼女に、レイジは微笑んだ。全部回りきるつもりだな。

「レージ。ジーネはあれが食べたい」

 そう言って彼女が指を指したのは、揚げられたスティック状のジャガイモに、さまざまなソースがかけられたものである。湯気の湿度と油の香りに、レイジは胃もたれが起きそうな食べ物だ、と思った。

 二つ返事で了承し、コインを渡して食べ物と交換する。ジネヴラは受け取ると、じっくりレイジを見つめて、ポテトを見つめて、と交互に視線を動かした。

「……ジーネはレージにご飯をもらった。けど、なんて言うんだ。モヤモヤする」

 ジネヴラはレイジの右手に自らの片手を添えると、川岸に進みながら独白した。

「相手になにかしてもらったときは、ありがとうって言うと、モヤモヤはなくなるぜ」

 レイジは目尻を下げ、優しく答えてやった。ジネヴラは垂れていた耳をピクリと動かし、視線を泳がせつつ蚊の鳴くような声で礼を言う。そしてさらに小さく、ほぼ吐息に近い声で付け足した。

「モヤモヤはなくなるけど、なんだかお腹がくすぐったくて顔が熱い」

 フライドポテトを食べ終わり、ジネヴラは早速次の屋台に向かう。レイジは彼女に無理やり突っ込まれたフライドポテトを思い出し、腹の違和感を感じていた。おじさん、脂っこいのは最近ダメなんだよなあ、ましてや祭りのジャンクフードとか、などとこぼしつつ。

 ふと、前を進む純白が動きを止めた。視線の先にはキラキラとしたアクセサリー。まさか食べ物だと思っているのだろうか? 飴玉と勘違いしているのかもしれない。レイジは小走りで彼女の横に着くと、口を開きかけた。

「これ、この石。ジーネの知らない石」

 少女が指を指したのは、ひし形に加工されたドラゴンアゲートだった。髪留めにできるよう紐が取り付けられてある。

「ジネヴラの嫌いなキラキラと同じ種類だぞ。そんなにキラキラしてないけど」

 宝涙竜にはツノと同じ宝石がこぼれ落ちる。ジネヴラのツノの原石はアレキサンドライト、ペリドット、そして特に価値の高いダイヤモンドである。少女が高値で取引されていた理由が、ダイヤの原石を無限に手に入れることができるから、というわけだ。

 ジネヴラが見たことのない石、とはつまり上記の三つ以外なのだが、なんとも言えない不思議な模様に彩られた宝石を見るのは初めてのようだ。もとより宝石に興味などない彼女にとって、模様もなにもないキラキラな原石とは、痛いことを思い出させるモノ、なのだ。

「でも、ジーネの石にはこんなに模様のあるやつはないぞ」

 食べ物とは違った食いつき方をするジネヴラに、レイジは少しだけ首を傾げた。宝石が全部嫌い、というわけではなくて、純粋にまたたく石っころが嫌いなのだろう。

「欲しいのか?」

 レイジは財布をポケットの中でいじくりつつ、少し渋い顔をして言った。

「…………う、うん。ちょっとだけ」

 長い沈黙ののち、ジネヴラはレイジの真後ろに回り、目だけを上に向けて答えた。長い睫毛が不安げに揺れる。

「じゃあ、これを買ったらもうお祭りは終わりだぞ。それでいいんだな?」

「今日はもうかえる、ってことか?」

「いや、なにも買わない。見るだけな。それでいいなら買ってやる」

 ジネヴラは思い切り眉根を寄せた。しかし怒っているわけでも駄々をこねているわけでもなく、彼女なりに頑張って考えている証拠だ。

 永遠に続くと思われた長考の末、ジネヴラは一つ決意したように言葉を発する。

「わ、わかった。もうおまつりはがまんする。だから、これが欲しい」

 レイジは瞠目した。物よりも食べ物を優先すると思っていたが、それほどまでに心惹かれるものであったか。男は少女の頭をぽんと撫でてやると、屋台の主人から髪留めを買い上げた。

「キラキラじゃないのに綺麗な石は、はじめてだ」

 手のひらで踊らせつつ、ジネヴラは穴が空くほど髪留めを見つめている。

「レージ、つけて」

 差し出されたドラゴンアゲートはキラリと反射する。レイジはジネヴラを道の端に寄せると、慣れない手つきで髪の毛を結ぼうとした。

「うしろは見えない。見えるようにつけて」

 レイジが髪を結ぼうとすると、要望を口にする。ポニーテールは気に入らないらしい。しばし考えたのち、サイドの髪を一部だけ前に持ってきて、三つ編みに結んでやった。肩から流れる銀の髪の先には、つるりと光る髪留めがしっかりと見て取れる。

「これでいいかい」

 レイジは髪の毛をいじくりまわすジネヴラを覗き込む。少女はこっぱずかしそうに服の裾を握りしめると、首を縦に振った。

「へんじゃないか? やっぱり、こんなにきれいなのは似合わない、かも」

「んなわけあるか。似合ってるぞ」

 ジネヴラは目を丸くした。手元で遊ぶ宝石とレイジの瞳を交互に見定め、ふっと肩の力を抜く。

「そ、か。レージが言うなら、そうなんだな。ありがとう」

 子どもの眉がハの字に下がる。彼女なりに笑っているのだと、レイジは思った。

 ジネヴラがレイジの右腕にまとわりつく。男は少女の小さな歩調に合わせて我が家へ向う。

 夕日に隠れて、一番星が頭上に煌めいていた。

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