三月二十七日1000 くめじまの除籍

昨年の今日【まえじま】の最期の日、桜の枝は雨に濡れ一、二輪だけが静かに微笑んでいたように俺は記憶している。しかし今日【くめじま】の最期の日、桜は開花宣言を軽く追い越して朗らかに笑い、時折薄紅の小雨を降らせている。Fバースにはずらりと並んだ黒い制服の乗員たちと少し仕様の違う物を身につけた音楽隊の隊員たち、そしてひときわ派手な袖章をつけた地方総監と制服だけ見てもなかなかに面白い。そして、見回すうちに気がついたが何故か弓哉が混ざっているのだ。【艦霊ふなだま】も同じ制服を着ているが袖章やちょっとしたディティールが違うのだ。分かる者が見れば一発で部外者だと分かるその制服で弓哉は素知らぬ顔で乗員に混ざっている。

「なにやってんだあいつ」

一足先に艇を降り見物するために舷梯を渡る。最後の一歩で舷梯げんていが大きく鳴ったが、乗員や参列者は気にしていないようだ。真剣な顔で自衛艦旗の降下を見守り、鳴り響く軍艦マーチの中背筋を伸ばし退艦する【ゆげしま】。【艦霊】が【艦霊】の自衛艦旗返納行事を見物することはこれまでもあったが、参加はいいのだろうか。呉総監が最後の訓示を述べ、自衛艦旗が下ろされる。弓哉は俺よりも真剣にその様子を見ている。不思議な状況に苦笑いしている間に気が付けば艇長が退艦していた。

「久ちゃん、おつかれ」

「ああ、うん。気は使ったかな」


そうして俺は【掃海管制艇くめじま】ではなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る