第2話 巫女さん、冤罪をかけられる


「マスター」


スパイダーちゃんの抑揚のない声がする。


「何〜?」

「ソウゾウシュ様ヨリ、メッセージガ有リマス」

「ツクヨミ?珍しい、まだ昼前なのに」


我が妹は研究や学会で多忙らしく、長期休暇を除けば、月一くらいでしか帰ってこない。それでも毎晩一時間はお話しする。と義務づけられている。私が。

姉離れしているようで、しきれていない可愛い妹なのだ。

そんな妹のことを思って自然と口元が緩んでいるうちに、スパイダーちゃんの赤い目の一つ、水晶体が光り、立体映像を空中に投影する。

画面いっぱいに妹の顔。私に似ているが、どことなくぼんやり気味の目が今日はいっぱいに見開いている。

何か、焦ってる?


「姉さん、無事っ!」

「無事だよ。意味はさっぱりだけど。あ、そのパンダさん似合ってるね。新作もうちょっとで完成するけど、買う?」

「え、うん。新作何?」

「きつね」

「言い値で買う」


妹はパンダ耳と目がついたパーカーを被っている。一見するとパジャマのようなそれは私が作ったアニマルパーカーシリーズの一つ。

私は洋服とか小物作りが得意で手縫いしている。まあ、デッサンから裁縫まで全てオートメーションの時代、こういうのはどんなに上手くても趣味でしかない。

ただ私には一着うん十万で買ってくれる顧客がいる。

妹だけど。

罪悪感はないよ?妹の年収からすれば軽い軽い。それにお金の大半は神社の賽銭箱に入れてるし。参拝客ゼロ、賽銭ゼロじゃ格好がつかないからね。

そこは巫女としての使命かな。


「そんなことよりも!姉さん!」

「ツクヨミが焦ってるのは分かるけど、何?そんなにヤバイ?」

「ヤバイ、ヤバイ。とにかく、これ見て!」


妹を映し出すスパイダーちゃんの目、それとは別の目が光り、現れた映像はお昼のニュース番組みたいだ。バラエティーよりの奴。


『速報!帝国の闇、巨額裏金発覚!?

 カルト教団の宗主に使い潰された税金は数兆円!?』


中継ヘリに乗ったリポーターが興奮気味にまくし立てていて、カメラはというと、どこかの高層ビルの屋上を捉えている。そこには赤い鳥居があって拝殿があって……。


「えっ、ウチじゃん」

「そう!天気神社の巫女ヒルメ、姉さんが裏金の黒幕としてついさっき、マスコミ各社に一斉にリークされた!」

「はぁ?カルト教団の宗主?大昔から種のあるマジックで人心を惑わしてきた詐欺師?何言ってんの、こいつ。神様いるから。マジックじゃなくて神器だから」


バリバリという轟音が近づいてくる。

窓の外を見ると、ヘリが見える。

あそこに無遠慮で言いたい放題のリポーターがいる。

よし、その喧嘩を買おう。神器ぶっぱなしてヘリを沈めてやる。


「姉さん、待って。怒るとこそこじゃない。神器使っちゃ、ダメ。言い逃れできなくなる」

「よく分かったね。私が神器使おうとしてるって」

「姉さん、落ち着いているようで割と沸点が低いから。今問題にすべきは、裏金の罪を姉さんになすりつけられたという点」

「そこ?確かに私というか、ウチの神社の資産は数兆円あるけど……」


私は開いていた御利益カタログを閉じる。

表紙には「賽銭金額 8兆4521億9307万1145円也」とある。

賽銭箱に入れられたお金はこのようにカウントされる。昔は天気神社も各地にあったらしく、全ての賽銭箱の合計だ。

物納もありで、神様パワーによりその時の市場価格で現金化される。

そしてこれは二千年の歴史を持つ神社と我々巫女が神様に与えられた力を使って人々を救い、信仰を集め、対価としていただいた正当なもの。

裏金なんていう汚いものでは決してない。


「そもそも税金ってどういうこと?もらってないよ。逆に収める側だし。普通の会社として登録してあるって話だよね?」

「そこは私も前に確認してる」

「なら完全な無実ということで、堂々としてればよくない?」

「そうでもない。帝国陸軍が姉さんの捕縛命令を出したという情報がある」

「軍?警備隊じゃなくて?それって確か?って聞くだけヤボか。ツクヨミに突破できないセキュリティはないし、得られない情報はない……って、捕まるなら、どう考えてもそっちじゃない?私、人畜無害な巫女なのに」

「姉さんが人畜無害はない」

「えぇ、ひどい」


何だかおかしくなった私たちは笑い合う。

妹の焦りも少しは緩和されたみたい。良かった。

でも、問題は何も解決されてない。


「とにかく帝国陸軍を動かせるだけの権力者がバックにいる。どこのバカか知らないけど、姉さんに罪を着せようとした落とし前はきっちりつける。社会的にも、人生的にも死んでもらう」

「私が言うのもあれだけど、ツクヨミも大概だよね」

「ふふふ」


暗い顔で笑う妹を見て説得を諦める。こうなった妹の容赦のなさを知っている。私と妹は早くに両親を亡くし、巫女として天才エンジニアとして特殊な立ち位置にいる。これまで親戚を始め、甘い蜜にたかり寄ってきた大人たちは大勢いた。彼らをタブレットPC一つで封殺したのがツクヨミで、以後、彼らの顔を見たことはない。


「あー、それで結局のところ、私はどうしたらいいの?」

「まずは時間が欲しい。だから姉さんには緊急脱出ロケットで帝都を脱出、宇宙空間をこちらが計算した軌道で飛んでもらう。私も念のため雲隠れする」

「緊急脱出ロケット?もしかして、あれ?拝殿の裏にある、すっごい邪魔なやつ」

「そう、それ」

「あれってさ、一分の一プラモじゃなかったんだね……」

「あれを作ろうと思った過去の私をグッジョブと褒めてやりたい」


すごくない?ロケット手作り系の妹。

私がここにきてすぐだから妹が九才の時の作品だ。

妹の天才性を再認識していると、スパイダーちゃんがついて来いというジェスチャーをする。妹の遠隔操作だろうか、それともAIによる状況判断だろうか。

そんなことを考えながら私は立ち上がってスパイダーちゃんについていく。

社務所を出て、頭上のヘリのうるささに顔をしかめながら拝殿の裏手にまわり、ロケットに近づく。白い断熱塗装、銃弾みたいな形をしたそれのハッチが開けられている。そこでは他のスパイダーちゃん達が何やら整備を行なっている。ほんと万能ロボだね。

私は拝殿とは別の建物、本殿の方を見る。


「ねえ、ツクヨミ。ここは守ってくれるんだよね?」

「うん。「蜘蛛の子散らす君」を姉さんの護衛に五機一緒に行かせて残りの十機で防衛する。帝国陸軍もさすがに一個師団を動かすことはないだろうし、空軍と宙軍に今のところ動きはない。一応予備戦力の「飛ぶ鳥落とす君」もまわす予定」

「じゃあ御神体はこのままで大丈夫かな。心配だけど」

「持っていっちゃ、ダメ?」

「前巫女にはそう言われた。神様にも担当領域があって、分霊ならまだしも御神体をそう易々動かすものではないって。巫女不在になるけど神様も分かってくれるよね。あーあ、掃除できなくて残念だなー」

「姉さん、わざとらしい。でも、姉さんがここにいない方が軍も無理な攻撃はしないと思う」

「そうだね。……そうそう、アニマルパーカーもお預けだね。きつねバージョン」

「あぁ、そうだったぁ……姉さんの手縫いが……ぬくもりが……。やっぱ犯人は地獄に落とす」

「ほどほどにしなよ」


私は青空のもと、ちょっと長めのピクニックにでも行く気分でスパイダーちゃんと一緒にロケットに乗り込むのだった。天才の妹のことだ、きっとすぐに解決してくれるだろう、そう思って。

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