お天気巫女さんの惑星探索
のの字
第1話 巫女さん、いつもの日常
人類が宇宙に進出して千年。
エスペラント帝国は支配惑星十を超える大国である。
そんな大帝国の帝都は科学技術の集大成とも言える場所で、天をつく摩天楼が建ち並んでいる。
私が暮らしているのはそのとある高層ビル、そして屋上だ。
まず目につくのは赤い鳥居だろうか。鳥居をくぐると拝殿があり、賽銭箱と紐付きの鈴がある。まあ、要するに神社。今や帝国内に実在する神社はここだけだと聞いたことがある。あとは歴史の教科書とか、博物館の資料とかで目にする。
帝国民はすっかり神から科学へ信仰を鞍替えしてしまっている。
そして私、ヒルメは帝国唯一の神社、天気神社で唯一働く巫女だ。
今日も参拝客はゼロだと分かっていても境内を掃除する。
本当は面倒だしサボりたい。でも、サボったら神様にどんな罰を与えられるか分からない。恐いからやる。
え?神様?いるよ。
私は今十六だけど、六年前の十才の時、神様が夢枕に現れ私をここへ導いた。そして前代の巫女に会って仕事引き継ぎで一年間修行し、現在に至る、というわけ。なので一般の帝国民と比べ物にならないくらい神様への信仰心は厚い。
だからと言って科学を蔑視してはいない。やっぱり便利だもん。本当は掃除だってロボに任せたいくらいだ。神様への感謝という名目で禁止されているけど。
神様よりも科学の方がお金を払えば簡単に等しく人々に便利を与えられる。生死だって遺伝子改良キットで今や人類の寿命は二百才を超える。そりゃ神社仏閣は衰退するよ。
天気神社が最後に残ったのも、天候の完璧なコントロールは科学では不可能だと言われていたから。それも三十年前に解決してしまった。
そんなわけで参拝客がゼロな理由がお分かりいただけただろうか。
悲しくはない。むしろ楽できて嬉しい。ベリーベリーハッピー。
「ん〜、平和だ〜」
掃除のお勤めを終えた私は科学の恩恵による青空を見上げノビをすると、拝殿横にある社務所に入る。
奥にある休憩室、というには生活感にあふれた空間があり、畳敷きのそこが主な私の活動拠点だ。
ちゃぶ台に座った私にカシャカシャと近づく影。カサカサだったら最悪のGだっただろうけど、ちなみにGこと黒い悪魔は現在の科学技術をもってしても殲滅できていない、対Gの神様がいれば神社は生き残ったかもしれない。それはさておき、近づく影の正体は蜘蛛型のロボである。
体高はちゃぶ台ほどで、体表も八本の足もメタリック。
「蜘蛛の子散らす君」と微妙に頼りないネーミングのそれは私の護衛ロボであり、私は「スパイダーちゃん」と呼んでいる。
開発者は我が妹のツクヨミ。二つ下の彼女は私と違って天才。やっばいくらいに。身贔屓ではなく。だって帝国最高峰の帝都大学に客員教授扱いで研究室を持ってるんだよ。
ちょっと私に対して心配性だけど。
スパイダーちゃんが全部で十五機、私を二十四時間体制で守ってくれている。妹いわく、陸戦なら帝国陸軍一個師団と戦える戦力らしい。過剰すぎる。場末の巫女を誰が襲おうというのか。
まあ、私は便利な家庭ロボ扱いしているけど。
現に今もお茶とお煎餅を背中にのせて運んできてくれてるし。気がきく子なのだ、スパイダーちゃんは。
時刻は朝九時を回った頃、お茶とお煎餅でくつろぎながら、私は自然な動作で空中に手をやる。私の念に応じて召喚された一冊の分厚い本、「御利益カタログ」を手に取った。
御利益カタログとは。
天気神社の巫女に代々受け継がれる御利益の現物がのった一覧本である。
参拝客が賽銭箱に入れてくれたお金を使って神様パワーで色々な物を取り寄せることができる。それを人々に与えることで信仰心を集めようというゲスい……こほん、素晴らしい作戦だ。
ぶっちゃけ天気神社なんだから天気で勝負しろと思う。実際、その力は十二分にあるわけだし。だから、あれだ、ダメ押しみたいな感じなのだろう。神様も信者集めに大変だったんだろう。
今の参拝客ゼロの現状を神様、どう思っているのかな。聞けないよ。愚痴いっぱい言われそうで。
さておき御利益カタログで取り寄せられる物だけど、絵つきのそれらは図鑑みたいで見ていて飽きない。植物を始め、動物や魚などの生き物。また、農具、工具、生活用品といった文明品。ただし文明品に関しては原始的な物ばかりで、技術は滑車や歯車がせいぜい、蒸気機関や電子機器は見当たらない。神様的に高度な科学文明品の取り寄せはNGみたい。
あ、神社に関する物もあって、鳥居とか拝殿とか社務所とか、その他施設もろもろをさっくり揃えられる。
気になるのは本当に取り寄せられるか。
回答は出来る。というか、私、けっこう使ってるからね。特に魚は帝国産の養殖物より断然美味である。
私用するなって?いいんだよ。巫女のお給金の内だから。……多分。いや、だって今まで神様に罰当たってないし。モーマンタイ。
「りんご美味しそう……祈って、取り寄せ。はい、スパイダーちゃん、むいてくれるかな」
ちなみに巫女の祈りによって即時取り寄せられる。
空中にぽん、と何の前触れもなく現れた赤いりんごを私はキャッチしてスパイダーちゃんに渡す。スパイダーちゃんは二本の前足で器用にそれを持つと、カシャカシャ言わせながらキッチンへ消える。
しばらくすると戻ってくる。背中にのった皿には切ったリンゴ。爪楊枝つきという細かな気配り。
私はお煎餅でしょっぱくなった口の中をリンゴの甘酸っぱさで中和しながら、御利益カタログのページをめくるのだった。
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