第12話:チビを返す気はない、と言ったら?
「な、なんだい急に!」
女法術師のうろたえる声に、俺は「隠れろ!」と怒鳴る。
だけど飛んでくる石つぶてから身を隠そうにも、隠す場所なんてほとんどない!
クソッ、うかつだった! 俺はなにかの襲撃に備えて壁の近くにいたからすぐに隠れられるけど、あの三人にはそれを言っていなかった!
俺はとっさにマントを広げてセファとチビをかばうと、その手を引いて、何かあったときに隠れられるようにと目算をつけておいた鍾乳石の影に身をひそめる。
風になびくマントは、かなりの防御効果を発揮する。風にあおられることで空間装甲の役割を果たし、剣の斬撃だって、かなりの威力を減じてくれるんだ。もちろん、投石に対しても。
ガッ――
ヘルメットに石が当たる。
なかなかの衝撃力だった、ヘルメットのありがたさを痛感する。
滑り込んだ鍾乳石の影から見ると、リムストーンプールを迂回するように続く道の奥から、石は飛んでくる。
セファもチビも無事だった。俺も、肩に一発食らった以外は、大したダメージはない。まずはそれにほっとする。
「……しゅー君、仕方ないから、しゅー君の愛を今だけ認めてあげる」
「ご主人さま、腕、だいじょうぶですか?」
実に対照的な二人だ。
「大丈夫だ。坊主に心配されるほど、俺もヤワじゃねえよ」
そう言って、チビの頭をわしわしと撫でる。
ホントは右の肩に当たった石のせいで、腕を上げるとき、痛むんだ。
でも、俺より年下のチビ野郎に心配されて、それで痛いなんてカッコ悪いこと、言えるわけがない。
すると、ほっぺたを膨らませていたセファが、「しゅー君、やせがまん、ダメ」と言って、肩にそっと額を当てる。
「……大丈夫だって」
「しゅー君が大丈夫っていうときは、いつもやせがまんしてる」
そう言って、セファは勝手に【痛覚遮断】を展開する。治療の法術が使えない彼女が唯一使えるダメージの緩和が、それだからだろう。肩の痛みも、さっき粘獣に食われた指先の怪我の痛みも、すうっと引いていく。
この程度、我慢できたのに。セファの活動限界時間が、俺のせいでまた削られてしまった。
「……だから、勝手な真似をするなと……」
「でもしゅー君、いま、すごくあぶないから」
そう言ったセファの目は、さっきまでの、俺を茶化すような半目ではなくなっていた。
彼女が
「……しゅー君、待ってて。私、行ってくる」
「行ってくるって……どこへ」
おもわず聞いてしまった自分の間抜けさを恥じる。
同時に、走りだそうとしたセファを、全力で抱きしめる。
「セファ、待て! 動くな!」
「しゅー君、だめ、放して。敵影二十二。原始的ながら投擲用の武装あり。このまま会敵したら、しゅー君が死んじゃう」
「【索敵】までしたのか! だから俺がいいと言うまで――」
その時、甲高い音がして、戦士男がのけぞった。
戦士男は背負っていた盾を構え、
ただの投石じゃない、おそらく
しまった、そういえばチビも
「しゅー君、放して。今行かなきゃ、しゅー君が危なくなる」
「だめだ! スリングを使いこなす二十二体の敵だぞ!」
「だいじょーぶ。しゅー君が後でキスしてくれるって約束してくれたら、セファ、なんだってできるから」
あの、いつもの半目ではなく、にこりと笑うセファ。
だめだ、今行かせたらコイツ、マナが枯渇するまで暴れるに違いない!
そうなったら、今度こそ俺はセファを失いかねない!
「よくもドンカーフを! ええい、どこのどいつだか知らないけどね、このシュトルティ様に石を投げつけるたぁ、いい度胸じゃないか!」
女法術師が戦士男の影で杖を構え、印を切り始めたときだった。
「ハシェキールェみつけた!」
「ハシェキールェさま、白くなってる!」
「ゆるさない、ニンゲン、やっつける!」
背格好のバラバラな犬頭どもが、手に手に石や棍棒のようなものを握って、一斉に突撃してきたのだ!
その数、およそ二十――セファが言った通りなら、二十二頭いるはず……!
「な、なんだありゃ! おいチビ、あれ、お前の仲間じゃないのかよ!」
飛び出そうと身をよじるセファを必死で抱きすくめながらチビに問うと、チビは真顔で答えた。
「はい、ボクの仲間たちです。奥に隠れてて、って言ったんですけど、仲間を呼んできたんですね」
「仲間を呼んだ、じゃないって! 何とかしてくれ!」
「ご主人さま、それは命令ですか?」
「め、命令! 命令だ!」
俺の言葉に、チビはにっこりと笑った。
ああ、犬が笑うってこういう顔なんだな、と確信できる顔で。
「ご主人さま、ボク、お役に立ちますから!」
そう言ってチビは俺の懐を飛び出すと、腰を後ろに突き出し尻尾を立て、両腕を後ろ手に広げて、全身でくの字になって、そして。
「アオォォオオオォォォオオオオン!!」
洞内にすさまじい反響をもたらす遠吠えを放ったのだった。
「……で、全部で二十二頭。これでおしまいか?」
全身褐色で頭だけが黒いハイヴォルフェンがうなずく。
ほか二十一頭、みな神妙な顔つきで、床で何故か正座をして。
「ボク、みんなで逃げてって言ったのに、どうして戻って来たの?」
そしてなぜかチビも正座して、黒頭に聞いた。
すると、黒頭だけでなく、二十二頭がみんな、次々に口を開いた。
「ハシェキールェさまおいてにげる、できない」
「大ババさま、もう逃げるくらいならニンゲンやっつけろって言った」
口々に、妙に舌足らずな言い方で理由をまくしたてる。
――タンッ。
チビが、尻尾で床を叩いた。
途端に全員が静まり返る。
「ボク、言ったよね。逃げてって。ボク、みんなのために言ったんだよ? みんなのために、逃げてって言ったのに」
チビが、低い声で唸るように言う。
さっきまでの声とはずいぶん違う。
そして再び地面を打つ尻尾。一段と身を縮める犬頭たち。
「ボクのご主人さま、優しいヒトだから良かったけど、怖いヒトだったらどうしてたの?」
チビの問いに、返答はない。
「……おい、
戦士男が、こっそり耳打ちしてくる。
忠犬って。俺、そんなつもりなんてなかったんだ。
……髪の毛を切ることについては、知らなかったで済まなかったみたいだけどさ。
おずおずと顔を上げた黒頭が、おそるおそる質問した。
「……ハシェキールェ、ご主人さま?」
「こちらのかた。ボク、今日からご主人さまものものになったから、たぶんもう、ここにはもどらない」
一斉に、ものすごい殺気をまとわせ立ち上がる二十二頭。
気圧されのけぞる俺。
瞬時に印を組むセファ。
――タンッ!
地面を尻尾で打つチビ。
たちまち戦意を失う二十二頭。
うなだれて、再び正座で座る犬頭たち。
「び、びび、ビビらせるんじゃないわヨまったく! これだから野蛮人は」
しりもちをつくどころか一回転して無様に尻を天井に向けている
「……ハシェキールェ、もう、もどらない?」
「本当はお父さまとお母さまに、おうかがいを立てなきゃいけないけど……ボクにはもう、二人ともいないから」
黒頭の、絞り出すような言葉に、チビは淡々と答えた。
「ボクになにかあれば、
「いやだ!」
黒頭が立ち上がった。
「ハシェキールェ、おまえ、族長つぐ言った! 毛も染めた! オレとつがう約束した! 約束やぶるよくない!」
甲高い、舌足らずな、けれど胸に迫る訴え。
そうか、お前、このチビの婚約者なんだな。
コイツが族長になるってことは、あの黒頭が、チビの嫁になるはずだったということか。あの黒頭、「オレ」なんて言ってるけど、多分そういうことだな。
黒頭は立ち上がると棍棒を構えた。――俺に向かって。
そりゃあ、収まらないよな。
結婚するはずだった未来の旦那が、なぜか人間の男のもとに走ってるんだから。
……いや、いらんから。
返せと言うなら返すから。
「オレこいつ認めない! ハシェキールェ、おまえ取り戻す!」
「持ってって、どーぞ。しゅー君のものなのはセファだから」
「誰が俺のものだ、誰が」
思わずセファの頭を小突いてしまったが、内心、セファと同意見の俺だった。コイツが誰のものかは置いとくとして。
「お前、だまれ! ハシェキールェ馬鹿にするか!」
「そっちこそ黙ってて。チビに振られたくせに」
半目でヒドいこと言ってやるなよ……。ほらみろ、黒頭の奴、地団太踏んでるぞ。
ただ、俺たちはまだ、この洞窟の探索を終えてない。粘獣に素早く気付いたように、コイツの鋭い感覚は、ダンジョン探索に都合がいいようだ。
あとで解放してやるのは当然として、今は……。
「……そうだな。まだ、チビを返す気はない、と言ったら?」
「お前殺す! ハシェキールェ取り返す!」
「しゅー君には指一本触れさせない。チビは好きにして」
「ティワティン、ボクはもう決めたんだ。ボクのご主人さまに牙を剥くなら、ボクが相手になるよ?」
ああもう! だから、なんでそうなってるんだよ!
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