第11話:ボク、ご主人さまに求められて
「……は?」
俺は自分の耳を疑った。
いま、チビのヤツ、しゃべった……よな?
「……おまえ、しゃべれるのか?」
「はい。しゃべれますよ?」
不思議そうに小首をかしげてみせる。
若干舌足らずな感じはするけど、普通に返事をされてしまった。
「…………ええと、お前は、ヴォルフェン、だよな?」
「ヒトには、
……ちょ、ちょちょ、ちょっとまて!
ハイヴォルフェンだと!?
まずい!
それはまずい!
とってもまずい!!
ハイヴォルフェンは、人と猿が違う生き物、というくらいに、ヴォルフェンとは違う種族だぞ!?
だってほら、ヴォルフェンといえば身長が一メートルちょいで人より小さくて、好戦的で敵対的、言葉もしゃべらない。
それに対してハイヴォルフェンというと筋骨隆々の二メートルくらいある奴らで、好戦的ではあるけれど基本的には陽気、会話を楽しむ知性もあるし、何より人間とも友好的な種族なんだ!
「はい。
……え、だってほとんどその大きさの連中しか見たことないぞ!?
「だって、オスの大人のみなさんしか、群れを出ませんから。オスの大人は、メスや子供を群れの奥に隠して、絶対に外に出しません」
「じゃ、じゃあお前は……!?」
「ボクですか? ボクは子供ですから」
「こ、子供……」
「はい。だから、ご主人さまがやさしいヒトなんだってわかったとき、ほんとにホッとしました。大人のオスがこの場にいなくてよかったって」
どういうことだ? いたら、どうなって……
「一族総出で地の果てまでも追いかけられて、
「な、七つ裂き……?」
「はい。ええと、両手と、両足と、あたまと……あと、メスや子供をさらうようなひどいことをするのはオスだけでしょうから――」
ちらりと、俺の股間に目をやる。
「一つずつちぎっていって、あとに残った胴体で、七つ。だから、七つ裂きです」
小首をかしげるようにして、目を細めて口を半開きに。
……ああ、分かるよその表情つまり微笑んでみせてるのな。
ひぃぃいいいいっ!?
や、ヤバいじゃないか! 聞いたことないぞ、そんな習性!
「そうなんですか? ボクが族長の子っていうのもあるかもしれませんけど、その掟は、ハイヴォルフェンならどこも同じようなものだと思いますよ。
ボクたちメスの数はとっても少ないので、オスはつがいのメスはもちろん、群れのメスや子供を守ることにものすごい誇りをもってますから」
だったら俺、完全にアウトじゃん!
だって、ヴォルフェンと勘違いしてたとはいえ、ハイヴォルフェンの子供を捕まえて縛り上げて囮みたいに先頭を歩かせて、しかも俺が言ったわけじゃないとはいえ見捨てて焼き払うなんてことになりかけてたんだぞ!?
つまり友好的な種族ではあるけれど、女子供に手を出したら報復で必ずコロス☆な種族に対してケンカ売ってたってことだぞ!?
ハイ死んだ俺死んだもう死んだ!
「だいじょうぶですよ。だってご主人さまはボクの恩人だし、それに、あんな……」
言いかけて、耳を伏せ、うつむき、そっと身を寄せてきた。
「体のすべてを見られて、ボク……」
ぱかん、と
「いたい……」
チビが頭を押さえてうずくまる。
いつの間にかコッヘルを握ったセファが、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
なぜか、顔を真っ赤にして。
「それ以上言ったら許さない。しゅー君は――」
「許さないじゃないだろバカ」
セファの頭をこつんとやると、セファは一瞬、驚き、そして、泣きそうな顔をしたように見えたが、すぐにいつもの半目で俺を睨む。
「ヘンタイ」
また始まった。誰がヘンタイだ、誰が。
「ハァ!? ハイヴォルフェン!?」
例の三人が、そろって悲鳴を上げる。
「いや、そんなことあり得ないデショー! ハイヴォルフェンといったら……!」
まあ、ヴォルフェンならそもそも会話が成立しない。その一点だけでも、このチビがヴォルフェンではなくハイヴォルフェンの子供、という証拠にもなる。
「なんだい、このダンジョンいたのはハイヴォルフェンだったっていうのかい!? あたしゃてっきりアンタをヴォルフェンだと思ってたのに」
「……え? みなさんは、わたしたちを捕まえに来たんじゃないんですか?」
三人は、そんなチビに苦笑いをする。
ハイヴォルフェンは、基本的には友好的な種族だが、仲間に対して敵対するものには極めて勇敢に戦う種族でもある。さっきのチビの話――七つ裂きの話がなくても、その勇猛さは、冒険者ならだれもが知っている。
うっかり敵対してしまったがために、大損害を被った国の話もあるくらいだ。
「ごめん。俺たちはヴォルフェンの情報を聞いて、そいつらをやっつけに来たんだ。近くの村から、ここにヴォルフェンが住み着いて、畑を荒らしに来るって聞いてな」
それを聞いて、チビは身を縮めた。
「そ、それ……。多分、ボクたちです……」
そして、チビは話し始めた。
「……ボクたち、ほんとは別の洞穴に住んでたんです。だけど、そこを灰色の粘獣に取られちゃって――」
もともと別のダンジョンに住んでいたチビたちの群れは、ある日、自分たちの生活していた場所よりもさらに奥から大量にわいて出てきた灰色の粘獣の群れに襲われたのだとか。
さっき戦った奴と違って、灰色の泥のような粘獣は、咬まれるとただ痛いだけじゃなくて、焼かれるような痛みと、ただれるような傷を負うのだという。
「ただれる? どういうことだ?」
「その……毛も肌もぼろぼろになって、肌が黄色くひきつれて、ぐずぐずの傷跡を残す感じで……。咬まれたあとにも、どんどん、傷が深くなっていくんです、灰色の粘獣は――」
――酸だ!
俺は、その症状を聞いてすぐに理解した。
肌が黄変し、潰瘍を生じる毒物と言ったら、強酸。塩酸か、あるいは硝酸か。
灰色の泥のような姿をしていて、酸を使った攻撃――いわゆるグレイウーズの仲間なんだろう。
「群れの若いオスも、年を取ったオスも、みんな必死に戦って、みんな、食べられてしまいました。剣も、槍も、石つぶても効かなくて――。
ボクを守ってくれていたお母さんも、ボクを守っているうちに襲われて……食べられはしなかったけど、最期は全身、ぐずぐずになって、死んじゃって……」
チビは、その時の惨劇を思い出してきたようで、しゃくりあげ、鼻を鳴らした。
「ボク、族長の子だから……みんなを守らなきゃいけないから……。だから、ボク、生き残った子たちを連れて、なんとか逃げて、それで、やっとここに住み着いたんです。
でも、ボクもみんなもメスと子供ばっかりで……。
「それでお腹が減って、村の畑を荒らしたっていうのネ……マァなーんてかわいそーなんでしょーっ!?」
なるほど、変な奴だけど人情家なんだなあ。
それに対して、女法術師は腑に落ちないような顔で、
「だったら、なんであの時、襲って来たのさ。正直に食べ物を分けてほしいって言えば、考えてやらなくもなかったのに」
「……だって、人間さんにはもう、何度も追いかけられていたから……。とうとう巣穴まで来ちゃったって、もう、戦うしかないって思って。はじめは一緒に石を投げてた子もいたんですけど、ご主人さまがひとりでこっちに来る前に、ここはもう危ないからって、帰しちゃったんです」
「……ご主人さま?」
「ご主人さまです」
三人が、一斉に俺を見る。
……セファもだった。
「……どうしてしゅー君が、チビのご主人さま?」
「だって、ご主人さまはボクの髪を切りました。ボクも、しっぽの裏まで見せました。だからもう、ボクはご主人さまのものです。そうですよね?」
目をキラキラさせ、はたはたとしっぽを揺らすチビ。
……皆の視線が痛い。
い、いや、待ってくれよ。
髪の毛はともかく、俺がこのチビのしっぽの裏まで見たのは、粘獣がいないかを探すためって意味で……!
「いいえ? ボク、ご主人さまに求められて、そこの
ボクはまだご主人さまのを見せてもらってないですけど、いずれ見せてもらえるんですよね? だから、今はいいです」
……あの時か!
なぜかコイツが地面に伏せて、尻を見せてきた、アレ!
服従の姿勢を取らせるように
キッと
ふざけんな、アンタがあんなこと言い出さなきゃよかったんだぞ。セファだけでも手を焼いてるっていうのに、ペットを飼うような余裕なんてないんだ俺には!
だいたい、『ご主人さまのを見せてもらってない』って、俺は人間だぞ! しっぽなんてあるかよ!
「しゅー君にしっぽなんてない。しゅー君は人間」
「――? はい、分かってますよ?」
セファが、なぜか妙に苛立たし気に指摘するのに対して、ごく自然に、不思議そうに小首をかしげてみせるチビ。
じゃあ、俺のを見せてもらってないってなんなんだ、まったく。
「ご主人さまのは、あとでかまいません。だって――」
カン!
唐突に、戦士男から硬いものがぶつかり合う音が響く。
「……なんだ?」
戦士男が振り向いた瞬間だった。
一斉に、石つぶてが俺たちの元に降り注いできた。
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