第7話:テイマーなんて俺には無理だな

「……こいつは俺が捕まえたんだ、だからコイツのカラダは俺のモノだ。もし何かあったら、俺が何とかする。冒険者の原則だろ? だから放してやってくれ」


 そう要求すると、女法術師は口をへの字に曲げた。冒険者の原則、それを持ち出されては、それ以上言えなかったらしい。意外に理性があった、この女。


「……もしそれでアタシらが失敗するようなことがあったら、アンタに全部請求するからね?」


 女法術師は、男たち二人にどいてやれと命じ、それに応じて二人は犬頭のチビからゆっくりと離れる。


 犬頭は身を起こすと、あらためて内股座りになると体を震わせ、俺をまっすぐ見上げた。

 しばらくじっと俺の顔を見つめたあと、頭を下げる。

 もう一度その髪をつかむが、わずかに身を震わせただけで、抵抗はしなかった。


 髪の先を、もう一度目の前に突きつけてナイフを当てる。

 犬頭が大きく目を見開くが、それだけだった。


「いいか。このあと何があっても俺のそばにいろ、勝手な真似をするな。少しでも俺を裏切るような素振りを見せたら殺す。分かったな?」


 こくこく。


 うなずいたのを確認して、俺は見せつけるように、毛先を数センチメートルほど、ザクリと切り落とした。


「……もし怪しい動きをしたら、今度はお前の体がこうなる。分かったな?」


 犬頭は耳を後ろに伏せ、うなだれるようにして小さくうなずくと、ポロポロと涙をこぼした。


 俺自身、危険な目に遭ったからこうしたというのに、なぜだかひどく罪悪感を覚えて居たたまれなくなり、とりあえず森林族ガーヴェン男にロープの先を渡した。


「な、なにヨ、面倒事をボクちんに押し付けようっていう魂胆!?」

「いや、とりあえずコイツを預かってくれ」


 そう言って、待たせているセファの所へ行こうとしたときだった。

 犬頭野郎が急に俺と森林族ガーヴェン男を何度も見比べたかと思ったら、俺に向かって跳びかかって来たのだ。


 森林族ガーヴェン男がその動きについてこれず、引っ張られたあげく地面に倒れ込み、それによって首の締まった犬頭野郎がしりもちをつく。が、すぐに這いつくばって俺ににじり寄ろうとした。


「所詮はケダモノか」


 戦士男が背中を踏みつけるが、それでも必死な様子で俺に向かおうとする。戦士男が「動くんじゃねえ」と頭を押さえつけると、今度は急に暴れだした。頭を押さえる手を、振り払おうとするように。

 

 俺も驚きのあまり、無様にしりもちをついていた。まさか、このタイミングで襲い掛かって来るとは。

 油断していた。完全に背中を向けようとしていたから、もし森林族ガーヴェン男がロープをしっかり握っていてくれなかったら、俺は不意打ちを食らっていたはず。

 隙を見せたら容赦なく食らいつこうというわけか。あぶなかった。


 戦士男に頭を地面に押さえつけられ、喉をうならせていた犬頭野郎に「動くな!」と命じると、はっとした様子で俺を見上げ、そして喉を鳴らさなくなった。


「お前は今、俺に牙を向けた。その意味は分かるか?」


 できる限り無表情を作って聞いた俺の顔を、不思議そうに――ほんとに不思議そうに小首をかしげながら、奴は見上げてきた。敵意も何も感じられない、真っ直ぐな瞳で。

 ……こういうのはストレートに言うのが一番か。


「お前は俺を殺そうとした。俺はお前を許さない」


 すると犬頭野郎は目を大きく見開いた。

 ひどく取り乱した様子で、必死に首を振り、縛られた口でむーむーと何かを訴え始める。違う、と言いたいようだが、何が違うんだ。


「俺は二度と裏切りを許さない。だからお前に、今から罰を与える」


 そう言ってナイフを抜こうとする俺に、必死に首を振り続け、涙を流しながら何かを訴え続ける。だが、言って分からないなら体で序列をわからせないと。これは躾だ。

 ――そう思っていたら、森林族ガーヴェン男に止められた。


「ちょっと、そうやって恨みを買ったらどうするのヨ。犬頭がほんとに逆らわないかどうかは、服従の姿勢を取らせれば分かるでしょ? ボクちんたちが森でコイツらを使役するときは、そうしてるわよん」

「……使役?」

「何言ってんの。使えるものは何でも使う。ボクちんたちは人間と違ってここの出来が違うのヨ」


 ボクちん平和主義だから――そう言って自身の頭をつついてふんぞり返る。うん、ちょっとイラッ☆としたぞ?

 直後に、俺へのイライラを溜めていた女法術師にしばかれる。あ、ちょっとスッキリした。


 とにかく、彼の話によると仰向けになって腹を見せるのが犬頭野郎の服従のポーズらしい。あー、ものすごくその様子が思い浮かんだ。やっぱ犬なんだな犬頭野郎は。


 戦士男に、妙な素振りをしたらすぐ止めてくれるように頼んだ上で、犬頭野郎を放してもらう。そして服従の姿勢を取るように命じた。


 はたして犬頭野郎は。

 俺の言葉に、信じられないといった様子で目を見開き、

 俺と、周りの人間を何度も見比べ、

 すがるような目で何かを訴えるように首を振り、

 しかし俺がそれに対して無反応を貫くと、

 最後にはぽろぽろとまた涙をこぼし始め、そして――


 俺に背を向け地面にうつ伏せ、

 手が後ろ手に縛られているからか顔を地面に伏せたまま、

 ためらいがちに尻を高々と持ち上げ、

 最後はしっぽを持ち上げてみせた。


「……コイツ、なにやってんの?」

「……ボクちんに聞かないでよ、知るわけないでしょ」


 ――いや、服従の姿勢、といわれたらまあ、確かにそう見える。

 地獄の野球部で、鬼センパイのケツバットを食らう新入生のような。

 いや野球部への熱い偏見だってわかってるけど。


 ……まあ、いいか。犬頭野郎のなかでも、森に住む部族とダンジョンに住む部族では、作法が違うのかもしれない。確かにこの姿勢は屈辱的だと思うし、それをもって服従の証とする、とも考えられる。


「……分かった。もういい。二度と逆らうな。俺の言うことをきちんと聞いて、俺のそばを離れないなら、命は助けてやる」


 俺の言葉に、犬頭野郎はびくりと体を震わせると、ゆっくりと俺の方に首を向けた。

 俺と周りの連中を何度も見比べ、目を伏せると、のろのろと身を起こし、内股座りになる。しばらくうなだれていたが、やがて俺を見上げると、何かをしきりに訴えかけてきた。


 だが、セファが律義に岩陰で待っているのが見える。早く行ってやらないと。彼女にこれ以上機嫌を悪くされたら厄介だ。


 そう思ってセファの元に行こうとすると、また立ち上がりやがった。コイツ、人の言葉が分かるだけで、本当に学習能力がなさそうだ。


「そこから動いたら殺す」


 犬野郎はびくりと体を震わせ、今度ばかりはさすがに飛び掛かってこなかった。死にたくはないらしい。


 それにしても世の中の魔獣使いテイマーとかいう連中は、本当に大変なんだな。モンスターに言うことを聞かせるようにするなんて、どうやっているんだろう。

 セファに至っては言うまでもないが、この犬野郎一頭でもこうして苦労してる俺にしてみれば、とてもできる仕事じゃない。テイマーなんて俺には無理だな。死んでもあり得ない。




「……セファ」

「おそい」


 岩の影で、彼女は完全にふてくされていた。


「ごめん、敵を制圧するのに時間がかかった。だけど多分もう、大丈夫だ」

「けものくさい」

「悪い、ヴォルフェンを捕えたからその匂いだろう。我慢してくれ」

「どろぼーのにおい」


 ――は?

 思わず聞き返すが、セファはふてくされたままだった。 


 ――いや、ダンジョン攻略をしようとする冒険者は、広義では確かに盗掘者――泥棒なんだろうけれど。

 いまさらそれを言うか?




「このコ、どうするの?」


 おとなしく内股座りでこちらを見上げてくる犬頭野郎を見て、セファが不機嫌に言った。


「まあ、道案内だ。コイツに、仲間の場所まで案内させる」

「できるの? そんなこと」

「抵抗したり嘘を言ったりしたら、殺して自力探索に切り替えるだけだ」

「殺す? しゅー君、弱いのに?」

「……余計なこと言うな」

「だってほんとだもん。私より弱いし」

「……だから、余計なことを言うな」

「私がいなきゃ、しゅー君、なんにもできないもんね」

「はいはい。そうだな、セファは偉い偉い」

「偉いでしょ。もっと褒めていいんだよ」


 無言で頭を撫でてやる。


「むふーっ」


 そこで嬉しそうにふんぞり返るな。


 気が付いたら、三人組が、俺をジト目の横目で見ていた。

 セファと合わせて四人のジト目。


「やっぱり噂通りのロクデナシだったんだねえ……」


 ……悪かったな。

 ああいいよ、どうせ俺はセファには敵わない。


 そんなことより、今は犬野郎コイツだ。コイツをうまく使えば、コイツの仲間を一網打尽にできるはずだ。


 コイツは俺ひとりの力でねじ伏せたんだぞ!

 それくらい認めてくれよ!


 そう腹の中で訴えつつ犬野郎を見下ろすと、ソイツは俺のほうを見上げていた。

 ……というか多分、俺の顔と、セファの頭に置いている俺の手を、交互に。

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