第6話:コイツのカラダは俺のモノだ

 パンッッ!!


 俺が破裂された紙袋。

 ああ、自分で言うのもなんだが、なかなかイイ感じの音が炸裂したと思う。

 目の前の犬頭にとっては。

 だって、


「きゅぅ……」


 犬頭の奴、目を回してぶっ倒れちゃったほどだから。

 本日のビックリドッキリカラクリおかわりって奴だ。


 だけど、驚いたのはこっちもだった。

 だって、たった一匹しかいなかったんだ。

 手にしているスリング棒も、一本だけ。

 それであの連続射撃をしてきた?

 たった一匹で?


「……そんなこと、できるわけないよな」




「……で? なにかい? 殺さずに、身ぐるみ剥いでふん縛って、それでどうするっていうんだい」


 呆れたように言う女法術師に、俺は縛り上げたコイツを指差しながら言った。


「この岩陰から先に延びる道が、いま見えているだけで三通りある。一つずつ攻略してくるのもありだけど、コイツに道案内させるってのも手だと思ってさ」

「なーに言ってんのさ、このコンコンチキ! こんな犬頭野郎、信用できるわけがないじゃないか! おまえたち、やーっておしまい!」


 聞く耳を持たない女法術師の様子の宣言に、内股で座り込んでいたヴォルフェンがびくりと体を震わせ、身をよじる。耳を伏せ、しっぽを丸めて、カラダを縮めている。


 目を回してる間に身ぐるみ剥いで足と手と口を縛り上げたんだけど、他に武器がないかのボディチェック中に目を覚ました時には、かなり暴れて手を焼いたっていうのに。


 なにせヴォルフェンという奴は、要するに犬が人間みたいな体格になっただけの奴だから、もっさもさの毛の中にどんな武器を隠しているか分からない。

 実際、内股の毛の中から石のナイフを一本、髪の毛の中から赤い石や青い石の飾りがついた串みたいな武器を何本か取り上げた。手を縛っていなければ、それで襲われていただろう。


「いやー……でも、シュトルティ様、コイツこんなにちっこいですし、すっかり怯えている様子ですよ? そのー、可哀想じゃないですか?」


 なんか、ばかに腰を低くして揉み手しながら、少し気の毒そうな顔で、森林族ガーヴェンの男がすり寄ってきた。

 あれだけしつこく尻を攻撃されたというのに、意外だ。なんだかんだで、実は優しい男なのかもしれない。


 ところが女法術師は、そんな森林族ガーヴェン男の尻を蹴っ飛ばした

 

「バカをお言いでないよこのスカポンタンっ! ヴォルフェンなんだから、ちんちくりんで当たり前じゃないか!」

「でも、子供相手に、そんな……」

「でももカカシもあったもんじゃないよ!」


 女法術師は、さらに男の尻を蹴っ飛ばす。


「人間よりも小柄な犬頭野郎なんだから、子供に見えてもこれで成体に決まってるじゃないか! つべこべ言うんじゃないよ!」

「し、しどい……!」


 森林族ガーヴェン男が尻を押さえながら嘆いてみせる。


 だが、女法術師の言う通りだ。

 身長自体は、耳をのぞけば俺の肩くらいしかないし、今は怯えているように見えるかもしれない。

 だけど、このなりですでに大人の戦士のはずで、危険なモンスターで、そして敵だ。油断は俺自身の死に繋がる。


 とはいえ、せっかく苦労して縛り上げたんだ、有効活用したい。


「待ってくれ、こいつは手も足も口も縛り上げてるからもう無害なんだ。今殺す必要はないだろ?」

「何言ってるんだい。どうして無害なんて言えるのさ」

「現に今こうして縛り上げてるし、俺が髪の毛からしっぽの裏まで、体中を隅々までまさぐって武器も何もかも預かった。だから大丈夫だ」


 俺が胸を張ると、犬頭野郎はなぜかぱたぱたと耳をせわしなく動かし、身をよじると恨めしげに俺を見上げてくる。よほど戦士として悔しかったんだろう。


 そりゃそうか。紙袋を破裂させるという「スーパー猫だまし」みたいな不意打ちでやられたわけだから。まともに戦えば、あるいは……そう言いたいんだろうな。


 それでも耳を後ろ向きに伏せてるから、犬の仕草的に考えれば、攻撃の意志はないということらしい。多分、俺には敵わないと思いこんでいるんだろう。

 だとしたら助かる。じつは俺、ヴォルフェンにはタイマンだと勝てる気がしないから。


「アンタはアンタで、寝言は寝てからお言いなよ! もし逃げられたりしたらどうすんのさ、敵に戦力が一匹復活するんだよ!」

「じゃあ、逃げたくなくなるようにすればいいんだろ?」


 言葉の通じないヴォルフェンだ。口で言っても分からないだろうから、分かるようにすればいい。

 逆らったら死ぬ。

 それを分からせてやれば、言うことを聞かせられるかもしれない。なんたって犬だしな。


 俺は、犬頭野郎のその長い髪をつかむと、その尖端を、よく見えるように奴の鼻先に示し、腰のナイフを抜いた。

 地人族ドゥベルクの職人が丹精込めて打った、かなりの切れ味を誇るナイフだ。

 それをさらに、奴の鼻先に示す。


 一瞬身をのけぞらせたが、俺が無表情にナイフの刃をさらに近づけると、観念したように目を閉じ、動きを止めた。なかなか潔い奴だ。武士みたいに、誇りを大切にする奴なのかもしれない。


 左手でつかんだ髪の端を右手でもつかみ、ナイフを当ててみせる。


 薄目を開けたそいつが、自分の長い髪にナイフが当てられている、それを理解したらしい次の瞬間だった。


「~~~~ッッ!!」


 縛られた口で、声にならない声で、俺を見上げ、首を振った。やめてくれと訴えるように、ふるふると、震えながら。

 ただ、懇願するような仕草だけれど、不思議なことに抵抗する様子は見せない。


 ところが、戦士野郎が「動くんじゃねえ」と犬頭を押さえつけようとしたら、急に暴れ出した。

 どうも頭を触らせたくないらしい。俺のときとはまた違った必死さで、戦士野郎の手から逃れようとする。


「ほら言った通りじゃないか! ドンカーフ、リスイネン、逃がすんじゃないよ!」

「あ、アイアイサー!」


 男が二人がかりで押さえつけようとするが、犬頭野郎は器用に身をよじって触れさせない。しまった、これじゃせっかくの生け捕りが台無しだ、殺されてしまう。


「おい、動くな! 死にたいのか!」


 無駄とは思いながら声をかけて捕まえようとすると、途端にぴたりと動きを止めた。たちまち男二人に押し潰され、声にならない悲鳴を上げる犬頭。


「……ボクちんだってですね、こんなちっこいガキんちょに、手荒なことはしたくないんですよ。全国に散らばる女子学生のファンが減っちゃうじゃないですか」


 こんな時まで軽口を叩ける神経がうらやましい。しかも、犬頭ごと戦士野郎に押しつぶされながら。


 犬頭野郎は、成人男性二人に押しつぶされるようにされて苦し気に、それでも俺の目をまっすぐに見返す。俺はそんな様子が気になって、犬頭に目線を合わせた。


「……お前、ひょっとして、俺の言葉、分かるのか?」

「何言ってるんだい。人の言葉を、犬頭野郎なんかが分かるわけ――」


 女法術師が言いかけるが、犬頭は、こくこくとうなずいてみせた。

 ……もう一度聞いてみる。


「お前、ひょっとして、俺の言葉、分からないのか?」


 犬頭は、ふるふると首を横に振った。


「……俺の言葉、分かる?」


 こくこく。


「……死にたくないか?」


 これには若干ためらったあとで、小さくうなずいた。


「死にたいか?」


 これにもかなりためらったあとで、小さく、首を横に振った。


「……このヴォルフェン、俺たちのしゃべってることが、理解できるらしいよ?」


 振り返った俺の言葉に、女法術師は片眉を上げながら叫んだ。


「だから何だっていうのさ。犬頭は犬頭、退治しなきゃアタシらがおまんまの食い上げなんだよっ!」


 クエストを一回失敗したからって、即、食いっぱぐれるなんてこともないだろうに。とりあえず俺は犬頭野郎に向き直ると、改めて質問を投げかけた。


「俺の言うことを聞くなら、まだ殺さずにおいてやる。俺の言うことを聞くか?」


 こくこく。


「でも、暴れるようならすぐに殺す。暴れないか?」


 こくこく。


「少しでも暴れたら、本当に殺すぞ?」


 こくこく。

 やっぱり言葉が分かるようだ。

 素直にうなずくところから、命は惜しいらしい。

 これなら、しばらくは使えるだろう。


「……こいつは俺が捕まえたんだ、だからコイツのカラダは俺のモノだ。もし何かあったら、俺が何とかする。冒険者の原則だろ? だから放してやってくれ」

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