第5話:本日のビックリドッキリカラクリ
「あん、しゅー君、積極的」
「馬鹿言ってんじゃねえよっ!」
「積極的なしゅー君、私、とっても嫌いじゃないよ?」
「黙ってろって!」
身を隠すには全く足りないが、無いよりはマシな岩陰に身を潜めて、マントの影にセファを押し込む。
すぐ耳元の岩に、硬い何かが当たる音がして、ゾッとする。
……が、その一発だけだった。いつでも狙撃できるぞ、という警告だったのだろうか。背筋に冷たいものが走る。
例の三人は、マヌケっぽく見えるけどさすがはプロの冒険者……と言いたかったが、戦士野郎が出入り口のところで盾を構えてしゃがみこみ、その後ろで、女法術師が
……き、気の毒だな、あの
だが、貴重な犠牲だ。奴の尻がダメージを受けるたびに、その位置から、狙撃ポイントがなんとなくつかめてくる。
「……セファ、攻撃地点は割り出せるか? ……あ、【探索】は使うなよ?」
「分かるよ? あっち」
セファが迷わず指をさす。
出っ張った岩の影。
隠れる場所なんて無いように見えるが、おそらくこっちからは見えないだけなんだろう。
「分かった、ありがとう。セファは頼りになるな」
くしゃくしゃっと彼女の頭を撫でると、「むふー」と鼻息を荒くする。ジト目のまま。
「……でも、【探索】使っちゃいけないのはどうして? まだ、
「使わずに済むならそうしておきたい、いつも言ってるだろ? 法術はここぞのときに頼むって。でないとセファの身が持たないからな」
「……しゅー君、セファのこと、心配してくれてるの?」
「俺はいつもお前のことを心配してるだろ」
セファが、ためらいがちに――上目遣いに俺を見る。
いつもの半目じゃない。探るような、何かを聞きたそうな目だ。
「なにせ俺よりちっこいガキだしな。守ってやらないと。それに、俺が初めて――」
「しゅー君、きらい」
なぜかそっぽを向かれてしまった。
「おい……おい! しゅー君嫌い、じゃねえよ!」
「しらない」
セファが、つんとそっぽを向いてみせる。一体何に機嫌を損ねたんだ、こんなときに。
ったく、でもまあ黙ってくれていた方が今は集中できる。
また
あんな挑発をしてたから、ああやって集中的に狙われてるんだろうな。自業自得というべきか。
まあ、十分に
「セファ、あの岩陰に隠れているのは何匹だと思――」
「しらない」
「……ええと、分からないという意味か?」
「しらない」
ああもう、肝心な時にスネたままかよ!
「な、なあセファ、このままだとまずいから……」
「しらない。しゅー君なんて嫌い」
「……そういう意地悪をするセファは、俺も好きになれないな」
「……しらない」
一瞬ためらったけど、やっぱり駄目だった。
……仕方が無い、セファに頼るのは諦めよう。今できることを考えるべきだ。
この状態で使える手持ちの札は、あまり多くない。
ワイヤーを引っ張ればおよそ三・三メートルの長さの棒になる折り畳み式
何をどう使って今の状況を乗り切るか。
考えていると、服をつんつんと引っ張られた。
セファが、不満げに見上げている。
またなにか文句を言いたいのだろうか。
聞こうとしたら、革のヘルメットに何かが当たった。その甲高い音に驚かされる。
……何をどうしてどうする、なんて考えている暇はもう、なくなったってことだ。
幸い、致命的な攻撃をまだ、してきていない。やるなら初手でやって来ただろうから、奴らにもその準備が無かったということだろう。
俺は例の三人組に、ハンドサインを送る。戦士野郎に、盾をもって突撃しろと。致命的な武装はないはずだから、大丈夫だと。
ところがこの戦士野郎が立ち上がろうとしたとき、まさに絶妙なタイミングで甲高い金属音がして、戦士野郎は兜の額あたりを撫でさする。立ち上がろうとした瞬間を狙撃されたらしい。
しゃがみこむと、首を振りやがった。
「どこ行く気だい、スカポンタン! アンタがアタシを守らなくて、誰がアタシを守るんだよっ!」
金切り声が聞こえてきた。ああ、そう。肉の壁役をやらされてるわけね。よくもまあ、今までパーティとして成り立ってきたなアイツら。
仕方ない。狙撃の間隔を見ていると、岩陰に潜んでいるのは、たぶん、いても数人。
石つぶてを飛ばしてきているようだから、当たり所さえ悪くなければ死にはしないだろう。
見下ろすと、セファはずっと俺を半目で睨みつけていたようで、口がへの字に曲がっている。ガキは本当に面倒くさい。これが色っぽいオトナのおねーさんだったら、俺は喜んで盾になるのに。
……ああ、あの三人、そーいうことなのかな。たしかに女法術師、黙ってりゃ美人で胸も大きいオトナのおねーさんなんだよな。口を開くと残念だけどな。
くだらないことを考えていたら、狙撃手に対する角度が安全でなくなっていたらしい。石つぶてが頬骨のあたりをかすめた。
触ってみるとぴりっとして、赤い血が手のひらについていた。
――このまま、やられっぱなしでいるわけにはいかないな。
セファが、俺の顔を見て息を呑んだのが分かる。嫌いだなんだとは言っても、まあ多少は気にかけてくれているらしい。
それだけで全部許せてしまいそうになる自分が、なんだか笑えてくる。妹をもつ兄貴ってのは、そんなものなのかもしれないな。
「しゅー君、どうしたの? なんで笑って……」
なぜか不安げに見上げる彼女の肩に、俺はマントを掛けた。
なめし皮製のマントは、動きやすさを考えて俺の背中までしかないけど、彼女なら腰辺りまで覆ってくれる。ここでしゃがんでいれば、まあ、まず痛い目には遭わないはずだ。
例の三人組の一人、
奴は激しく首を振ってできないと訴えた。もう一度送るが、「どーしてボクちんが!」と悲鳴を上げ、自分が行けとハンドサインを返してくる。大人のくせに情けない奴だ。
だが、実は想定済みだ。いかにも仕方ない、といった素振りで、ハンドサインを送る。
――だったら俺が突撃する、援護しろと。
奴はひどくホッとした様子で胸をなでおろしてみせた。
「やります、やりますよ! まったく人使いの荒いガキンチョだこと」
悪態をつきながら、短弓を構える。
俺は背中のザックを下ろした。
攻撃に必要なものだけを持って。
「……しゅー君?」
「動くなよ?」
「え? しゅー君は?」
「セファに嫌われたからな、ちょっと別の場所に行ってくる」
「嫌われたって……しゅー君? しゅー……」
何かを言いかけた彼女だが、文句に付き合っていても状況は好転しない。
俺は
目星をつけた岩に向かって、ジグザグに走るが、石つぶてが容赦なく狙ってくる。ヘルメット、胸、そしてまた頬。
くそっ、いい腕じゃないか!
「あーもう、やりますよやればいいんでしょ。
――全国の女子学生のみなさーん! お待たせしました、本日のビックリドッキリカラクリ、軽連弩箱! ほれ、ポチッとな」
やや遅れて、例の遊撃手が何やら訳のわからないコトを言いながら肩に担いだ箱から、まとめて何発も矢が発射される。
狙いはめちゃくちゃで、俺の方にも飛んできたから慌てて伏せたが、大体は例の岩の方に飛んでいった。
――とりあえずうまくいったようだ、ヨシ!
こちらからの反撃に慌てたのか、目指す岩の影から小さな悲鳴が聞こえてくる。どうだ、いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!
遊撃手がその後も「おかしいなあ、一度に出るんじゃなくて、連続で出るはずなんだけど?」などと言いながら、それでも制圧射撃を続けてくれたおかげで、石つぶては飛んでこなくなった。俺はそのスキに、一気に距離を詰める!
岩陰まであと五メートル、四メートル、三メートル……!
迫る足音に観念したか、スリング棒を構えた犬頭がひょっこり顔を出したのと、
俺が右手に握った、空気を吹き込んだ紙袋を、思いっきり平手で叩いて破裂させたのが、
――同時だった。
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