第4話:せめてパンツを履け!
若干の窪地だったことが幸いしたのだろうか。
耳がキーンと鳴り続けているが、とりあえず生きている、気がする。
そこで、やっと気づいた。
「……セファ!」
目の前には、セファがいた。――いてくれた。
俺の呼びかけに、彼女も目を開け、……いつもの半目で答える。
「……重い」
俺は慌てて謝ると、彼女の上から飛びのいた。
近くに転がっていた
まだ耳が馬鹿になっているけど、辺りを見回す。肉やらなにやらが焼け焦げた独特のニオイが、むせるほどにあたりを包む。さっきまであんなに洞内を飛び回っていた大量にいたコウモリどもが、見当たらない。
――いや、いた。焼け焦げて、地面に大量に落ちている。よく見ると、壁にもその残骸がたくさん張り付いていた。コウモリたちにしてみればあんな爆風に直接ぶっ飛ばされたんだ、ひとたまりもなかっただろう。
考えてみれば、ここはあの大量のコウモリの巣だったんだ。
多分、何百年単位で。
で、積もったフンを微生物が分解し、そこからできたガスが溜まっていたんだろう。そこにあの、火の法術をぶちかましたもんだから、溜まっていたガスが被害を大きくしたに違いない。
よく生きていられたな、俺。
「セファ、大丈夫か?」
「んう……だいじょーぶ……」
手をとると、おとなしくそれに従って身を起こした。とりあえずケガはなさそうだ。ほっと胸をなでおろす。
「でも、しゅー君が襲ってくるから、おしり、痛かった」
「!!!?」
突然何を言い出すんだよこいつは!
いや、襲ってない! お前をコウモリから守る為に――
「ほら、おしり、けがしてない?」
そのまま、お腹の上までワンピースをまくり上げて見せてから、くるりと後ろを向いて、その小ぶりで、真っ白な尻を向ける。
「わ、分かった大丈夫ケガなんかしてない! してないからすぐ服を下ろせ!」
慌てて目をそらし、見ないようにして訴えると、セファが顔だけ後ろに向けてきた。
「ちゃんと見て」
「見た! 服がちょっと汚れただけだから!」
「……おしりは、ケガしてない? きれい?」
「キレイだよキレイ! とーってもキレイだから! だから服を下ろせって!」
「ほんとに、ちゃんと見てくれた?」
「見た見た真っ白いお尻ちゃんと見たケガなんかなかったから!」
「しゅー君……」
セファが、上半身だけひねるようにしてこちらを向く。
相変わらず服の裾をつかんで、下ろさないまま。
少し、恥ずかしそうな上目遣いで。
――と、思ったら、いつものジト目になった。
「……『えっち』?」
「あ゛~~~~っ! 自分から見せといて言うな! だったらせめてパンツを履け!」
「やだ。じゃまだもん」
くそう、こんなときにまでおちょくってきやがって、このチビは!
だけど、特注のなめし皮の探検服を着ている俺はともかく、セファはいつもワンピースなんだ。どれだけ言っても譲らないこの格好のせいで、いつも彼女は生傷だらけだ。
最近ようやく靴下タイプのタイツを履いてくれるようになったが、それでもパンツのような、下腹から腰のあたりまでを覆うようなものは身に付けてくれない。ワンピースの腰の帯だって締めようとしないのだ。
法術を使う時に不快だという理由らしいが、肌の露出が増えるのは洞窟冒険者として許容したくないというのに!
彼女が病気にかかることはあり得ないが、彼女だってコウモリに噛まれれば傷を追うだろうし、転べば擦りむく。法術ではない本物の火に触れれば火傷だってする。
今回はたまたま俺がかばってやれたから、コウモリに噛みつかれることもなかったみたいだし、爆風でどうにかなったわけでもなかったようだ。
楚々としたなりをしてるくせに俺を――男をおちょくって喜ぶ小悪魔的なところがあるけど、俺より小さな女の子がケガをして血を流すところなんて、見たくないじゃないか!
「とにかく! セファはケガしてないんだな?」
「私はだいじょーぶ。しゅー君こそ、大丈夫?」
「ああ、俺の方もなんとか――」
言いかけて、気が付いた。
「……そうだ、連中は!?」
俺を雇った連中。法術師と戦士と遊撃手の三人。
とても好きにはなれない連中だが、それでも俺たちを雇って、ここまで来た奴らだ。死なれていると後味が悪い。
そう思ってランプを拾い、セファの手を取って歩き出すと、
――いた。
漫画みたいにすすだらけになった三人が。
ひっかき傷だらけの顔に、消毒用の酒瓶を逆さまにして酒を振り掛けながら悪態をついている戦士。
てっぺんだけ火がついて焼けてしまったのか、河童のような頭になった坊ちゃん頭に気づいていない様子で、噛まれたであろうかぎ鼻に、たぶん酒を浸した布を当てて、しみるのか涙目で悲鳴を上げている遊撃手。
そして、これまた漫画みたいにちりちりになった髪のまま呆然としている、顔がすすで真っ黒になった法術師。
思わずこみあげてくる笑いを、必死で噛み殺す。
「……どうする? 先に進むか? それとも、報酬は諦めてここで撤退するか?」
俺の言葉に、目が虚ろになっていた女が、「報酬」の言葉を聞いた途端に立ち上がった。
「こんな目に遭って、報酬ももらわずやってられるかい! お前たち、さっさと立つんだよ!」
「ア、アラホラサッサー!」
カネに目がくらんだ冒険者ってのは、勢いはあるけど危なっかしい。特にこういう洞窟では、功名心と焦りが、思わぬ事故を呼ぶ恐れがある。
「ダンジョン」「洞窟」というと、ゲームとかだと基本的に立って歩けるどころか大空間の平たい床を歩くことが多いけど、実際にはそんなことはない。
三人並んで立って歩けるような空間があるかと思えば、しゃがんだり、はいつくばったりしないと通れないような狭い空間もあるし、基本的に足元は三次元にうねっている。曲がりくねったヘビの腹の中を歩くようなものだ。
洞窟というのは「地底の中の裂け目」でしかない。決して人間用に作られた通路ではないのだ。
そして何より、基本的に濡れていて滑りやすく、そして、ちょっと奥に行けば、目の前で鼻をつままれても鼻をつまんでいるはずの指が全く判別できない、漆黒の空間だ。
だから、たった五〇センチメートル滑落しただけでも命にかかわることがある。足首を骨折、いや捻挫するだけでも、それだけで行動は著しく制限されてしまう。ぐずぐずしているうちにランプの燃料が切れたりしたら、もう、動くことすらできない。
そんな自然洞窟を根城にしているモンスターどもを、より安全に討伐するために呼ばれるのが、俺達
だったら文句言わずに従ってくれよ、と思うが、俺たちの言うことを素直に聞いてくれる冒険者ばかりじゃない。特に、俺みたいな年下相手には。
「ちょっと、行き止まりじゃないのさ。
かがむようにして抜けてきた奥は、少しばかり広い部屋のようになっていた。
戦士野郎なんか、ガタイがでかいものだから膝をついて進まなくてはならず、情けない声を上げながら前進していた。だからだろう、背中を伸ばすことができてうれしそうだ。
部屋の広さは、学校の教室の、二倍くらいだろうか。ぐるりと見渡すと奥につながる通路はぱっと見では見当たらず、確かに道が無いように見える。
――セファも俺も、足跡らしきものを追ってここまで来た。現に、足跡のようなものはこの部屋までやってきていたし、実際にこの部屋にも足跡はたくさんある。
「はー、まったくボクちんすっかり腰が痛くなってきちゃったわよ、もうさっさと終わらせましょ、やーい出て来いオタンコナス!」
実に独特な挑発を始めた
今回の討伐のターゲットは、この世界ではヴォルフェンと呼ばれている、オオカミ頭の亜人族。俺のゲーム知識で言うと、コボルトみたいなもの、といったところか。
ダンジョンに住み着き、小さければ五頭くらい、多ければ三十頭を超える大きな群れを作る。出会い頭に問答無用で襲ってくる、危険な連中だ。
身長は種族によって異なるが、小さい奴だと成体で身長一メートルほど、でかい種でも一・五メートルもない。
これに対してハイヴォルフェンと呼ばれる、身長が二メートルを超える連中もいるが、こいつらは話が分かる奴らで、こちらから仕掛けなければ事を構えることもない。
それにしても、さっきの爆発で相当に派手な音が洞内に響き渡ったはずだし、いまも声を張り上げている
俺達が侵入したことに気づいて、罠でも張って待ち構えているのだろうか。だとしたら厄介だ。
実はここから見えづらいだけで、小さな横穴が岩の影にある、ということも十分に考えられる。油断はできない。
「はーまったくもう、叫ぶだけ損しちゃったわネ。ボクちんの天才ぶりに恐れをなして逃げたってことかしら。全国の女学生のみなさーん! ボクちんのカッコよさと有能ぶりに、卑しい犬頭どもは――って、ぁいったぁぁぁあああっ!」
突然、
「リスイネン、なに一人で踊ってるんだい! 馬鹿な真似をしてないで、さっさと横穴を探すんだよっ!」
法術師の女がヒステリックに杖で
で、またそのケツに狙撃を食らったのか、愉快な体勢で跳ね起きる
――いや、そんなコントみたいなことしてる場合じゃない!
「散開しろ! 狙われている!」
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