第3話:自然洞窟の脅威

「おい、闇喰いファイク! 犬頭どもの巣はどこだ、いい加減はっきりしねえか!」


 背後から、脅すような声が聞こえてくる。

 俺の相棒たるセファが持つランプの明かりだけが頼りのこの洞窟で、俺を脅して何になるというんだ。


「俺が巣を作ってるじゃない。傾向は推測できても、いつも当たるわけじゃない」

「チッ……どこまでも使えねえ奴」


 舌打ちする戦士男。名前は……忘れた。覚える気にもなれない。

 自然洞窟に金属鎧はいろいろと不便だから革の鎧にしたほうがいい、という忠告を全く聞かなかった男だ。


 さっきも滑って転んでいた。鎧は、戦闘以前にとっくにドロまみれのうえ、胸当ての一部と肩当てが歪んでいる。狭いところで引っかかって、無理に押し通ろうとした結果だ。だから忠告したのに。帰りもあそこを通るんだぞ?


 新調した特注品の魔導灯デービーランプの明かりは、これまで使っていたものよりもいくぶん明るい。高い買い物だったが、きっと今後も役に立つだろう。


 それにしても、モンスターというものは、なぜか暗いところに住み着きたがるらしい。理由は不明だが、いるんだから仕方が無い。一応、ギルドで教わった常識としては、地下は地上よりも魔素マナが多いからなんだそうだ。


 だったら地上に出てこずに、地下にずっと棲んでいればいいのに。ダンジョンで増えては地上に出てくるから厄介だ。


 今回も、ヴォルフェンと呼ばれる犬頭のモンスターの被害に遭った村からの要請があり、それに応じたこの三人組の冒険者が討伐に出向くことになり、そして俺がそいつらに、案内役の洞窟冒険者ダイバーとして指名された、というわけだ。

 銀等級だから比較的安く雇えて、しかし特級ということで有能、という理由で選ばれたらしい。ああもう、誇らしいよまったく!


 それはともかく、魔導灯デービーランプをセファが手にして先頭を歩き、すぐ後ろを俺が歩く。そしてその後ろに三人が続く。TRPG風に言えば、法術師ソーサラーの女、戦士ファイターの男、遊撃手レンジャーの男。


「噂通りか。女、それも子供を前に立たせて、盾にして歩くとはな」

「そうそう。それにウチのドンカーフには革の鎧を勧めておきながら、パーティの女の子にはひらひらのワンピースを着せたまま洞窟探検なんて、キミ、いい趣味してるよねえ」


 戦士野郎のあざける言葉に続いて、遊撃手の男の声も聞こえてくる。


 だが、余計なお世話だ。俺達はこれでうまくやっている。セファのことを何も知らない奴らが勝手に何かを言っていたって、俺達には関係ないことだ。


 セファが立ち止まった。俺を見上げる。


「しゅー君。ランプの火が高くなってる。どうするの?」


 セファの言う通りだった。魔導灯デービーランプの炎が、若干高くなっている。目の錯覚でないことは、ランプに取り付けられている目盛りを参考にしても分かる。

 ……よくない傾向だ。


「法術師さんよ。こっから先は、火炎術を使うのをやめた方がいい」

「……何を言っているの? 私が得意なのは火炎術だと言ったでしょう?」

「こいつを見てくれ。これをどう思う?」


 俺はセファから魔導灯デービーランプを受け取ると、目の高さまで持ち上げた。


「どうって、ランプでしょ? それがどうしたっていうの」


 ……この世の真理を探究し、膨大な知識を詰め込んでいる法術師も、専門外のことは疎い、というわけか。


「ゲージを見てくれ。本来の火の高さより、若干高くなっているのが分かるだろ?」

「……だからなんだ? よく燃えていれば、明るくなっていいだろ」


 隣の戦士野郎が、苛立たし気に答えた。うん、バカは気楽でいいな。


魔導灯デービーランプは、可燃性のガスのある所でも不用意に燃え上がらないように工夫された明かりだ。ただしガスがあるところだと、こんなふうに炎が大きくなる」


 ランプの目盛りを見れば、その炎が通常の高さよりも若干高くなっているのが一目瞭然。つまり、この洞窟の空気には、すでに可燃性ガスがある程度の濃度で混じっていることを示している。


「かえって都合がいいじゃねえか! シュトルティの火炎術の威力が上がって派手になるってことだろ!」


 ……本当にコイツ、首の上に乗っけている頭の中、カラッポじゃないのか?

 今はまだそうむやみに怖がるレベルの濃度ではない。

 でもこれ以上ガスが濃くなった場合、火炎術を使うと想定外の威力を叩き出して自分たちまでひどい目に遭う恐れがある、ということが分からないのだろうか。


 案の定、顔色を変えた法術師の女に、「だからあんたはノータリンって言ってんだよ、このスカポンタン!」としばかれている。こちらには俺の言った意味がわかってもらえたらしい。


「それじゃシュトルティの術が当てにならないってことじゃないか。仕方が無い、この森林族ガーヴェン随一の頭脳をもつリスイネン様が何とかするしかないってことだね」


 そう言って、背中の袋から謎の機械を取り出すのは、森林族ガーヴェンと呼ばれる、耳がやや尖った亜人の遊撃者。

 森林族ガーヴェンには美男美女が多いのだが、こいつはカギ鼻に丸メガネの坊ちゃん刈り、出っ歯な上にヘンなドジョウ髭のおかしな奴だ。


「……とにかく、今後は不用意な火の気は厳禁だ。湿っぽい洞窟でそれくらい、と思うかもしれないけど、空気自体が燃えやすいんだ。これ以上は危ないと思ったら、討伐どころじゃないから引き返す。その時は指示に従ってくれよ?」

「それを何とかするのがあんたの仕事でしょ。くだらないこと言ってないで、さっさとモンスターの巣に案内おしよ」


 ……高慢な法術師は、やっぱり高慢だった。俺に、メタンガスを何とかできるわけないだろ。


 実際、こういう仕事は結構ある。

 ダンジョンに不慣れな冒険者は多く、だから俺みたいな洞窟冒険者ダイバーが呼ばれるのだ。

 だったら、せめて敬意を払って言うこと聞いてくれよ。なにせ、ダンジョンだろうが自然洞窟だろうが、環境が特殊なんだから。




「うわッ……ぎゃあっ!?」


 顔に絡みつかれて齧られ、戦士野郎が悲鳴を上げる。


「だから動くなって言ったろ!」


 戦士野郎の顔にへばりついて襲い掛かっているのは、コウモリだ。

 日本で見るようなコウモリじゃない、羽を広げると五〇センチはありそうな、巨大なコウモリ。しかもこいつら、時には集団で自分より大きな生き物に平気で襲い掛かる連中だ!


 その巣に入っちまった俺たちは、刺激しないようにゆっくり出るように言ったのに、たまたま近くに飛んできた奴……おそらく斥候役のコウモリに、戦士野郎が手を出したんだ。


 で、コレだよ! たちまち数百という群れに襲い掛かられてる、俺達は!

 鼻メガネの森林族ガーヴェン男がやみくもにやたら小さな弓矢で応戦してるけど、もともと真っ暗な中で生きてるコウモリに対して、ランプの光の届かない所は全く見えない俺たちじゃ、どうすることもできない!


 俺は手ぬぐいを手に取ると、手首のスナップを利かせて戦士野郎の顔めがけて勢いよく振った。誰もがやったことあるだろ? 湿らせたタオルをムチにする、あれだ!


「ひべっ!?」


 戦士が情けない声を上げるが、顔からコウモリがはがれる。


「逃げろ!」

「馬鹿言うんじゃないよ! こんなコウモリなんかに逃げ帰るなんて、そんなことしたらアタシたち笑いものじゃないか!」

「こんな大きな群れなんか相手にしてたら、ほんとに死ぬぞ! 恐水きょうすい病で死にたいのか!」


 戦士野郎を助けるために伏せから起き上がってしまったものだから、たちまち俺にもコウモリが襲い掛かってくる! ああもう、ちくしょう!


「しゅー君!」

「セファ! 動くな!」


 言いつけに反して起き上がってしまったセファの上に覆いかぶさるようにして、彼女をかばう。たちまち背中や首筋、腕などに、コウモリどもが群がってくる!

 幸い、特注のなめし革の探検服は、コウモリの小さな牙ごとき、すぐには貫通しない。振り払えば、簡単にしのぐことができる。


 背後からは女法術師の悲鳴が聞こえてきた。戦士野郎の咆哮と何かが破裂し潰れる音。

 矢を放つ風切り音も聞こえたが、そいつはすぐに聞こえなくなり、かわりに森林族ガーヴェン男のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 俺は振り返ると、できるだけの声を張り上げた。


「このままじゃマジで食われる! いったん逃げるぞ! とにかく何やってもいいから、入ってきたところに逃げ込め!」


 俺はコウモリどもを振り払いながら、転がっていた魔導灯デービーランプを手元に寄せる。


 今回買ったランプは、どんな向きにおいても、落として転がっても、常に上を向き続ける優れものだ。親父に教えてもらった、江戸時代版サーチライトといえる龕灯がんどうってやつの仕組みを教えて作ってもらった特注品だ。

 かなり高くついたけど、この前のクラカガチ戦で、落としたときにもちゃんと上を向くことの重要性を痛感したから、作ってもらったんだ。


 だが、俺はランプの炎を見て、背筋が凍る思いだった。


 炎が、青みを帯びて、縦長に伸びている――!


「……やっぱりだめだ! 火だけは使うな、死ぬぞ!」


 叫んだ時だった。

 背後から、青い光が洞窟に放たれたのを感じた。

 法術を展開するときに空間に描かれる魔法陣から放たれる、チェインレンダーと呼ばれる、青い光。


「煉獄の炎よ、やっておしまい!――『爆炎哮フラム・シュライド』!」


 ――やるなって言った直後に、あのバカ女!

 法術女の金切り声に、俺は、セファの小さな体をかき抱くようにして身を伏せる!


 瞬間。


 赤い炎が魔法陣から放たれたのと同時に、その炎が今度は青い炎をまとったかと思うと、すさまじい爆音と熱波が俺たちを襲った。

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