第2話:闇喰いの渓部秀人
「また全滅か。いい加減、オメエだけが生きて還って来るってんじゃ、
ギルドの支部長が、顔をしかめる。
背中からは、ひそひそと、俺のことを何か言っているのが聞こえてくる。
――またアイツ一人だけ戻ってきやがったよ。
――いくら冒険者は自分の命が一番だからって、ああも恥知らずにはなりたくねえよな。
――見てよ、あの子。あんなボロボロの服を着せられて。いいように使われているのね、囮の奴隷かしら。
「
「……一応」
支部長に問われ、背中のリュックから石の塊を取り出してみせた。
質がいいのか悪いのかは分からない。けど、とりあえず言われた特徴は満たすはずの石だ。
ごろごろとザックから転がる石は、明るいこの部屋の中では、ただの青みがかった白っぽい石にしか見えない。
だが――
「……お前、やりやがったな」
支部長が、顔を押さえる。
「なんてものを見つけてきやがったんだ、てめえは。――ちょっとこっちへ来い」
支部長は、天井を見上げてため息をつくと、手をひらひらさせながら奥に向かった。
「セファはそのへんで待ってな。ええと、何か飲み物でも……」
「セファも行くよ?」
セファは、椅子からぴょんと飛び降りた。
ぼろぼろの服の裾がふわりとめくれ上がり、もうすこしで見えてはいけないところまで見えそうになってしまう。
ああもう、コイツ本当に無頓着なんだから!
「んふー!」
無表情に、けれど鼻息荒く薄い胸を張ってみせる。
「セファは、しゅー君の『ばでぃ』だから!」
その、ジト目で得意げにそっくり返るのは、いったいなんなんだ。
窓のない、薄暗い部屋。
この部屋に引っ張り込まれるのは、これで何度目だろうか。もはや慣れてしまった、通称「仕置き部屋」。
「……まったく、まさかお前、コイツの分け前を渡したくなくて葬り去って来たんじゃねえだろうな?」
「腰抜けでまともな戦闘力もない俺が、そんなことできるわけないじゃないですか。オヤジさんがそれを一番わかってるでしょ?」
「……お前のずる賢さは、単純な戦闘力では計れねえからな……」
ずる賢いって……。俺ってそんなに信用無いのかよ。
「何言ってやがる。異能
そういって、
「とにかくだ、そう疑いたくなるくらい、お前はやりやがったってことだ。見ろ、この高純度のレディアント銀を。これはダンジョンの勢力図が塗り替えられるくらいに恐ろしく価値の高いものだ」
「……そんなに純度が高いの? これが?」
俺が頭をかきつつ半信半疑で聞くと、セファがジト目で俺を見上げた。
「ここは
「嬢ちゃんの言うとおりだ」
支部長は、呆れたようにため息をつきながら、セファの言葉に続けた。
「
これほど、と言われても、こんなかろうじてうすぼんやりとしか輝いていないものが? 俺は燦然と青く輝くレディアント銀の塊を見たことがあるから、コイツ程度の光なら大したことないと思ってしまっていた。
「それで、どうするんすか、それは。値打ちものなら、俺の報酬、増えますよね?」
「増えるどころじゃない。パーティ壊滅の失点は大きいが、これほどのモノを見つけちまったんだ、また
しかめっ面をしながらも興奮が治まらないのか、妙に早口な支部長に、しかし俺は釘を刺す。
「あー、
「何を言ってる、これほどの純度の鉱石だ、他の支部に漁られる前にいただけるだけいただいてこないとな」
「それなんですけど、一酸化炭素――毒の空気が湧いていると思うんです。当分はやめておいた方がいいですよ」
「……毒の空気、だと?」
俺の言葉に、支部長の顔色がさっと変わった。
「はい。たぶん、いま潜ると危険です。当分は、どんなにすごい冒険者だったとしても侵入を禁止しといたほうがいいですよ」
俺の言葉に、支部長はしばらく俺をじっと見つめていたが、すぐにガハハと笑いだした。
「そうか、そうか。毒の空気か。分かった、警告を出しておこう」
「あの、ほんとマジでヤバイ毒ですから。無色無臭、毒だと気づかないタイプの毒です。潜ってる最中に頭が痛くなり出したらヤバイです。即脱出しないと危険ですから、当分は絶対に禁止っすよ?」
「しゅーの言う通りにしたほうがいい」
俺に続いて、セファが口を開いたのを見て、少し驚く。セファが俺以外の奴に口を利くのは、ちょっと珍しい。
「セファには毒の空気がなんなのかよく分からない。けど、しゅーが言うならきっとそう。おやじ、ほんとにだめ」
俺たち二人の言葉に、支部長は軽く両手を上げてみせた
「分かった分かった。だが、勝手に潜るヤツらを止めることはできんからな? 警告は出しておいてやるが、……独り占めは、許さんぞ?」
最後の支部長の笑いは、怖かった。
怖かったが、独り占めも何も、おそらく一酸化炭素が充満して死の空間になったはずのあの洞窟に、もう一度潜るような無謀さなんてない。少なくとも酸素を必要とするする生き物は、たとえモンスターであっても生きていけないはずだ。
ダンジョンでしか暮らせなくなってしまった俺だけど、当分はあの洞窟に潜る気はない。
一酸化炭素の比重は空気と比べてわずかに軽い。
すこしずつ、ほんの少しずつ、徐々に地下から地上へ抜けていくだろうが、空気の動きがほとんどない洞窟深部、いつごろ、どれくらいになったら安全な濃度までさがるのかなんて、ただの高校生だった俺に分かるはずもない。
「
「しつこいヤツだな、そんなにとられたくないのか? だったらお前がまた道案内すればいいだろう」
「だから、俺は当分、あの洞窟には絶対に潜りませんから」
「分かった分かったって。そういうことにしておいてやる」
支部長は、さらさらと一筆書きつけると、席を立った。
「ほれ、これをもって
銀特級ダイバーの誕生だ、
「おい、俺は銀一級で……」
「前も言ったが、経験年数が足らんからまだ金には上げてやれん。だからこその特級だ。ありがたく受け取れよ?」
肩書きなんてどうだっていいのに。
いつの間にか俺につけられた二つ名。
二つ名というより、悪口にしか思えないけどな。
ファイクは、ダンジョンでまれに出くわす、犬に似た中型の獣だ。
しぶとく、執念深く、しつこく、だから冒険者たちからは嫌われているモンスターのひとつだ。
そして嫌われる原因のひとつに、共食いを平気でするらしい、ということ。
俺は共食いなんかしないし、もちろん故意にパーティのメンバーを見捨てたり、まして陥れたりなんかしていないのに。
「……しゅー君。行こ?」
俺の顔色を見たか、セファが、声をかけてくれた。
なんでもないよ、と、無理に笑顔を作ると、くしゃくしゃっと頭を撫でる。
セファがくすぐったそうに小さく身をよじるが、けれど、俺の手を払おうとはしなかった。
彼女なりに、俺に気を遣ってくれたみたいだ。
……俺に妹がいたら、こんな感じなのかもしれない。
こんなところに来なければ。
もう、いろいろ諦めた。
太陽のもとで生活することも。
――日本に帰ることも。
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