ダンジョンダイバーズ!!~異能と呼ばれる特級冒険者ですが、俺はこのコのために仕方なく潜ってるだけなんです!~

狐月 耀藍

第1話:抗え、生きて還るために

「くそったれ! これまでか!」


 オイル袋の封印を解き、地を這う虫どもの群れに投げ込む。

 革袋からはゲル状の油がまき散らされ、解かれた封印から発生した火種が油に引火する。


 これがガソリンなら、ある程度気化したところで爆発するんだろうが、残念ながらそんな揮発性の高い油はない。そのかわり、ナパーム剤か何かのように燃えやすい、粘性の高い油に付いた火は、瞬く間にめらめらと広がってゆく。


 忠告を聞かずにこの先に進んだ冒険者たちは、もう、生きてはいないだろう。また俺だけが生きて還ってしまうんだ。


 本当なら、確実な生死の確認ぐらいはした方がいいんだろう。だが、洞窟の中で油に火をつけてしまった。

 まもなく、この周辺の中の酸素は、俺が放った火によって食い尽くされるだろう。そしたら次に発生するのは一酸化炭素、致死性のガスだ。ぐずぐずしていたら、俺まで死んでしまう。


「くそっ、もう少し、採っておきたかったけど……!」


 この洞窟で、希少な金属の材料となる結晶が手に入る――そんな噂を耳にした連中に、「異能」と呼ばれるほどの生還率を誇る俺に声がかかったのは、三日前――いや、洞窟内で一泊したから、四日前だったか。

 せっかく、お宝の山を見つけたというのに。


「セファ! ついて来てるか!」

「ん」


 魔導灯デービーランプの明かりは、ほそぼそとして頼りない。この洞窟に満ちる魔素マナが、それだけ少ない証拠だ。セファにはもう、無理はさせられない。


 ――べしゃ。


 転びやがった! やっぱりもう限界だったか!

 急いでとっかえすと、転んで泥だらけになったセファの手をつかんで、再び走り始める。


「だいじょーぶ……セファ、走れるよ?」

「大丈夫もクソもあるか! あのクソ蟲ども、さっきので全滅してりゃいいけどな、追いつかれたらお前なんか一分で骨になっちまう!」

「……だったら、もう、あと、百拍もしないうちに、追いつかれる」

「おまえ、また勝手に【探索】使いやがったな! この洞窟は魔素マナが少ないって分かってるくせに! 死ぬぞ!」

「でも、追いつかれたら、どーせ死ぬんでしょう?」


 くっ……セファの言うとおりだ。


 俺は腰のオイル袋をまた一つ外すと、封印を外して背後に投げつける。飛び散った油に引火して、ふたたび洞窟内が明るく照らし出された。


 同時に、俺たちを追ってきた、ムカデともミミズとも形容しがたい多脚の蟲どもが、その炎に群がるように飛び込んでゆくのが見えて、胸が悪くなる。


 傾斜のついた洞窟は、しっとりと濡れていて滑りやすく、実に危険だ。だが、そんなことは言っていられない。セファはもう、おそらく走れない。

 このガキんちょは、特殊な条件下でなければ健康を維持することだって危うい。にも関わらず、自分の命を平気で消耗させるような法術を、平気で使う。


 その結果が、この傷だらけの体だ。

 いつもいつも、無茶しやがって。

 ギルドでの冷や飯食いの理由の半分は、お前のせいだからな!


「……ごめんなさい」


 ――ああ、くそっ!

 俺はセファを抱き上げると、「うるぁあっ!!」と叫んで再び駆け出した。

 その、無いようでいて意外にふわりと柔らかい胸の感触を、抱き上げたときに指に感じた、下着をつけていない彼女のおしりの感触を、けれど堪能しているヒマなんてなく。


「重く、ない……?」

「重いよ! でもな、お前を置いて逃げれるほど、俺も薄情な人間のつもりはねえんだよ!」


 セファの言葉に、やけくそになりながら答える。


「謝らなくていいから、法術を使う前に、俺に確認しろ!」

「……ごめんなさい」

「謝るなって!」

「あと――おしり、つかまないで? 『えっち』」

「あ゛~~~~っ!! そんなこと言ってる場合じゃ――」


 俺が叫んだのと、ぐにょりとしたものを踏んだのが、ほぼ同時だった。

 それは大きくうねり、俺は足を取られて転倒してしまう。


 シャアアアッ!


 この特徴的な音は――眼無しヘビクラカガチ! でかくなると四、五メートルにもなるようなヤツじゃねえかっ!


 立ち上がってから、セファを投げ出してしまったことに気づいて、慌てて名を呼ぶ。ランプも地面に放り投げてしまったせいで周りは暗く、セファの姿を見失ってしまった。


 セファ。

 彼女を拾ってから、俺はずっとダンジョンが家みたいになっちまった。


 ちっこくて、

 小生意気で、

 面倒くさいやつで。


 だけど……!


「セファ! どこだ、怪我はないか!」


 床を照らすランプの明かりを頼りに拾いに行こうとして、そして気づいた。

 クラカガチが、そのランプのそばで首をもたげ、チロチロと舌を見せながら、こちらを睨みつけていることに。


 あぁ、もう!

 よりにもよって!


 ランプがなければこの先、洞窟を抜けるなど不可能だ。いや、方法はあるにはある。けど、その方法は使いたくない。セファの命がもたない。


 俺は、無くした小剣の代わりに腿のポケットからナイフを取り出す。

 ヤツの鱗は相当に固く、しかもなめらかなため、剣は通じにくい。だが、やるしかない!


 ジリジリとゆっくり迫ると、ヤツも首をもたげ、威嚇してくる。だが、ランプは諦められない。

 俺はナイフを構えると、一気に飛び込む!


 即座に反応してくるクラカガチ!

 小盾バックラーを食わせてひるんだところに、ナイフを突き立てる――が、鱗が火花を散らすだけ、かえって刃先を滑らせてしまったためにこちらの体勢がくずれる……!


 盾に食らいつかせたせいで左腕が使えず、倒れかけた拍子に突いてしまってか、右手に力が入らず。

 肝心のランプは拾えていないのに、すでにピンチ!


「……てめえに食われて終わるほど、俺はに来てからヌルい生き方、してねえんだよっ……!!」


 喰われてたまるか――ちくしょう俺! 抗え、生きて還るために!


 のしかかりつつ首を捻り上げようとしてくるクラカガチに、左手を奪われそうになりながら、しかし必死に腕を引き寄せる。


 ――そのときだった。


「おにーちゃんをいじめるヘビは、死んじゃえ」

「……!!」


 いつもののんびりとした口調に、思わず力が抜けてしまった俺の視界の端を、銀の髪をなびかせる少女が駆けてゆく。


 魔導灯デービーランプを拾い上げた少女が、それをそのままクラカガチに叩きつけ――

 クラカガチごと、爆発したランプの炎に包まれる!


「――セファっ!?」

 

 一気に炎に呑まれてのたうつ大蛇を見つめながら、恍惚とした表情のセファ。服はたちまち燃えて炎に舞い上がり、銀の髪の一筋一筋が、炎にあおられなびきながら、大蛇がもがき苦しむさまを、彼女はとろんとした目で見つめ続ける。

 燃素フロギストンの炎に、真っ白な肌を愛撫されるように包まれて、潤んだ目で身をよじらせながら。


 下腹部には、普段隠しているはずの、青く輝くハートのような紋様が浮かび上がっていた。ハートの上部からはさらに枝のようなものが伸びて、楕円形の複雑な紋様を両脇に抱え込むような構造のものだ。

 詳しいことはよく分からないが、多分、古武道でよく言われる、気を集め錬る場所――臍下せいか丹田たんでんを表しているんじゃないかと俺は思っている。


 白磁のように滑らかな肌には、本当は全身、色々な所に入れ墨タトゥー状の紋様があるけれど、頻繁に浮かび上がるのは、この下腹部のものだけだ。


 魔力による炎のなかで、むしろ悦びさえ感じさせる表情で、やがて動かなくなったクラカガチを、しかしセファは見つめ続ける。俺がもし真似をしたら、本物の炎よりもはるかに強力な魔力の火炎で、数分と持たずに消し炭になっていたであろう、炎の中で。


 ああ、あの時と一緒だ。

 初めて出会ったあの遺跡、その遺跡の中で出会った、あの時と。


 ヒトにして、ヒトならざるもの――それが、セファ。


 けれど俺は知ってるんだ。

 彼女の抱える悲しみを。

 彼女の欲する未来を。

 彼女の望む明日を。

 彼女の秘す愛を。

 彼女の秘密を。

 ――セファ。

 

 この世界に落ちてきて、日本に帰る手がかりも全くなく、どうしようもなく捨て鉢になった俺を、かろうじて世界に押しとどめてくれたセファ。

 大地に満ちる魔素マナがなくては生きていけない彼女のせいで、俺は地上で生活することが難しくなった。


 でも、独りぼっちだった俺に付きまとってくれるセファは、俺にとって、かけがえのない存在なんだ。


 時には幼い子供のようにふるまってみたり、

 時には妹のように甘えてみせたり、

 時には恋人の真似事をしてみたり、

 時には妙に大人びた表情でこちらの胸の内を見透かすようなことを言ってみたり。


 可愛い奴で、時に小憎たらしくて、けれど頼りになる相棒で。


「しゅー君……」


 小さくなった炎にちろちろと足元をあぶられながら――

 足元から煽られるように、薄暗くよく見えなくなってきた表情で、とろんとした目で見つめられ、俺は思わず、返事の言葉を失ってしまう。


「しゅー君……セファは、がんばったよ? ……ほめて、くれる……?」


 思わず駆け寄った俺は、彼女を強く、強く抱きしめる。

 その、幻想的なまでに白く、けれど傷だらけの裸身を。


「……しゅー君、くるしいよ……?」

「無茶、しやがって」


 俺は、セファの小さな体を、背中も折れよとばかりに改めてかき抱いた。


 ああ、生きている。あの炎に呑まれていながら、彼女の肌は、わずかにひんやりしているようにすら感じられながら――生きている。


「……だいじょうぶだよ。セファにとって、解放された魔素マナはご飯だから。焼かれたって平気、ううん、むしろご飯」

「もしクラカガチが爆発にひるまずに襲ってきていたら、いったいどうするつもりだったんだ?」

「そしたら、しゅー君が助けてくれるから」

「そんなことできるかよ、俺は弱いんだぞ」

「しってる」


 セファは身をよじると、自由になった腕を、俺の腰に回した。

 そして、静かに、それでいて、どこか、嬉しそうに、続けた。


「それでも、しゅー君は助けてくれるのも、しってるから」

「だから無茶を言うなって」

「ふふ……」


 妙に大人びた微笑みをみせたセファは、俺の懐に顔をうずめた。


「しゅー君、セファは、約束、守ってるよ……?」

「……約束」


 初めて会った時に交わした、「約束」という名の契約――




 ちろちろと炭が赤く光る様子を見ながら、俺はどうしようもなくぐるぐると回り続ける考えに囚われいた。


 まただ。

 また、俺がガイドを務めたパーティが全滅してしまった。

 また、俺だけが生き残ってしまった。

 あれほど細心の注意を払ったのに。

 どうやったら、冒険者たちの欲をかく行動を制御できるのだろう。

 それもこれも、みんな俺が冒険者たちをうまく律することができないから――


「ねえ、しゅー君」


 体を丸めているセファの背中から、彼女の裸身をそっと包むようにしながら一枚きりの毛布にくるまって横になっていた俺は、その言葉に驚いた。もう寝てると思っていたからだ。


「……なんだ?」

「セファね? ――しゅー君が、好きだよ?」

「……俺も、セファのこと、大切に思ってる」


 その言葉は嘘じゃない。

 彼女は俺と同じだ。


 神秘的な、ぬけるように白い肌、銀の髪、そして金の瞳。

 この世界の住人であっても、セファ以外に、そんな人間は一度も見ていない。


 俺も、彼女も、この世界にとっては異端なんだ。在り方は違うけど、同じ異端。

 地底で生き抜くスキルを身に付けている俺と、魔素マナが豊富な地底でしか生きられないセファ。


 でも、できるなら、俺も彼女も、日の光の下で過ごせるようになりたい。


 彼女が眠っていて、そして目覚めたのと同時に崩壊し、水没した、地底湖神殿。

 あの神殿と共通する文明なら、彼女が地底で細々と魔素マナを取り入れて生きねばならないこの状況を、改善する方法があるかもしれないのだ。

 そのために、彼女を創造した文明の手掛かりを探して、地底を巡る。


「……しゅー君、セファね? セファもしゅー君のこと、大切だけど、それよりも、好き、なんだよ?」

「……俺もだ」

「しゅー君は、とってもがんばったよ? がんばって、生き抜いて……セファのそばに、いまも、居てくれてる……」


 ぎゅっと、彼女を抱きしめる腕に力をこめる。

 俺の不安を、後悔を、感じ取ってくれていたのかもしれない。俺より小さい女の子に、励まされるなんて。


 いつもみたいに、俺をからかっているくらいが、彼女はちょうどいい。

 ……でも、今は。

 今、この時だけは。


「……ありがとな、セファ」

「……うん」



――――――――――

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