10/11話 大暴走
雀雄は、再び、辺りを、きょろきょろ、と見回し始めた。もしかしたら、メダルは、床ではなく、ゲーム機の上面や内部に落ちているかもしれない、と思ったのだ。
「あっ!」
思わず、大きな声を上げた。雀雄の周囲に置かれているゲーム機の内部には、新デザインのミリオンメダルが、たくさん転がっている。しかし、それらのうちの一つ、彼のちょうど左横に位置しているマシンの内部に、一枚だけ、旧デザインのミリオンメダルが入ってるのを見つけたのだ。
雀雄は、その機械に近寄ると、ガラスケースの中を、まじまじ、と凝視した。例のメダルの縁には、赤黒い液体が、わずかに付着していた。間違いない。皇二を殺害する時に使った物だ。
「なんで、ゲーム機の内部なんかに……?」彼は、あらためて、マシン全体を眺めた。
それは、「トランセンドバスト」という名前の、いわゆるプッシャーゲームだった。電源は入れられており、プレイされるのを待っていた。
ガラスケースの中には、フィールドがあり、そこには、たくさんのメダルが置かれていた。奥の壁には、前後に移動する直方体──「プッシャー」と呼ばれるギミックが設けられていた。
プレイヤーは、フィールドの奥に、手持ちのメダルを投入する。すると、そのメダルは、プッシャーにより、手前に押される。それにより、元からフィールド上に置かれていたメダルも、玉突きの要領で、手前へと押されていく。最終的には、フィールドの端に位置しているメダルも、押されて、開口部へと落下する。そのメダルが、プレイヤーの懐に入る。大まかに説明すれば、そんな仕組みのゲーム機だ。
このゲームでは、プレイヤーは、メダルを投入するのに、レールを使う。それは、テーブルの左右に、一本ずつ、設けられていた。それぞれ、ガラスケースを貫通しており、先端は、フィールドの奥、プッシャーの上面あたりに向けられていた。
レールは、斜めに傾いており、フィールドに向かって、下っていっている。プレイヤーは、その上を、メダルを転がし、ガラスケースの内部に送り込むのだ。
レールは、少しだけ、左右に回転させられるようになっている。それにより、メダルを投入する場所を、ある程度、調整できるようになっていた。
「なるほど、そのせいか……」
雀雄は、はあ、と溜め息を吐いた。きっと、二階から落ちてきたメダルは、どちらかのレールの上に着地したのだろう。そして、そのまま、レールを転がって、ゲーム機の中に入ってしまった、というわけだ。まったく、なんて不幸な偶然なんだ。
「とにかく、取り出さないと……」
雀雄は、そう呟くと、布袋を、隣にあるゲーム機のテーブルに置いてから、その場を離れた。二階に上がると、工具箱が落ちている所へ行く。
目当ての物は、到着するなり、すぐに見つかった。ハンマーだ。それを手に取ると、一階に戻り、トランセンドバストの前に立った。
ハンマーを握り締めた右手を、振り上げる。間髪入れずに、ケースめがけて、振り下ろした。
がああん、と音が鳴って、じいいん、と右手が痺れた。しかし、ガラスは割れなかった。
ハンマーを、ケースから離す。ガラスの表面を、まじまじ、と観察してみた。しかし、掠り傷一つ、付いていなかった。
「まあ、よく考えてみりゃ、当たり前かもしれねえな……こいつの中には、一枚百万円の価値を持つミリオンメダルが、大量に入っているんだ。正当なプレイ以外の方法で入手されないよう、丈夫なガラスが使われているに違いない」
しかし、ケースを破壊できないとなると、いったい、どのようにして、目当てのメダルを取り戻せばいいのか。雀雄は、腕を組み、考え込み始めた。
「まさか、従業員でもケースを開けられない、なんてことはないだろう……何らかの方法で、オープンできるようになっているはずだ」
しかし、その方法がわからない。それを記述した書類か何かが、バックヤードにあるかもしれないが、いったいどこにあるのか、見当もつかない。捜している間に、夜が明けて、従業員が、店に来てしまうかもしれない。
「そうだ!」雀雄は大声を上げた。「こいつは、プッシャーゲーム……中に入っているメダルを、フィールドから落として、獲得するゲームだ。通常どおりの手順で、プレイすればいい。そうすれば、いつかは、目当てのメダルも、ゲットすることができる」
ならば、早く、投入するためのメダルを調達しなければ。彼は、そう思い、その場から動きだそうとして、ふと、ぴたっ、と足を止めた。
「……どうやって、調達すればいいんだ?」
思わず、独り言ちた。言うまでもなく、トランセンドバストを、最近フィールドに投入されたばかりのメダルをゲットできるほどに、プレイするには、たくさんのメダルが必要だ。それも、ただのメダルではない。一枚につき、百万円の価値を持つ、ミリオンメダルだ。そんな物を、この状況下で、いったい、どうやって、大量に獲得すればいいのか?
「そうだ、回収したミリオンメダルを使って……ううん、意味がないな。あれらは、スペクラ11を無力化するのに、必要なんだ。投入したところで、取り戻さないといけないメダルが増えるだけだ……」
床や、マシンとマシンの間などに、転がっていないか、探してみようか。いや。この店では、営業が終了した後、従業員たちが、放置されているメダルを回収するようになっている。見つかる可能性は低い。見つかったとしても、それが、ミリオンメダルである確率は低い。ミリオンメダルであったとしても、そんなに大量には、手に入らないだろう。
「レールの、ガラスケースとの接点に設けられている、メダルをくぐらせるための穴は、ミリオンメダルが、ちょうど通れるくらいのサイズしかない……他のメダルは、すべて、ミリオンメダルよりも大きい。それらを、代わりに使うことは、物理的に不可能だしなあ……」
その後も、雀雄は、ぶつぶつ、と独り言ちながら、考えを巡らせ続けた。そして、数分後に、閃いた。
「待てよ……たしか、ミリオンメダルは、販売機で買えたはずだ。人の手を経ないから、今みたいに、従業員がいない時でも、購入することができるだろう……それで、メダルを調達しよう」
そう結論づけると、雀雄は、マシンから離れた。販売機は、今までにも、何度か、目にしたことがあった。記憶を頼りに、探す。
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