09/11話 ファンブル
メダルが跳ね上がっている間に、グレイルは、左開口部を、トンネルに向かって進んでいっていた。これでは、もう、メダルは、とうてい、グレイルには入らないだろう。放物線の様子からして、下層フィールドに着地しそうにもない。
「なら、前開口部だ……!」
雀雄は、唸るように言った。メダルが、左開口部に落ちてしまうと、店の物となってしまう。そうなれば、もう、入手する機会は、永遠に失われる。
しかし、前開口部に入ったならば、パイプの中を移動させられた後、上層フィールドに投じられる。いわゆる「ふりだしに戻る」だが、「ゲームオーバー」よりは、はるかにマシだ。
「ぬうう……!」雀雄は、両手を組んで祈った。
次の瞬間、左の眼球に、額から垂れてきた汗が、入った。思わず、両方の瞼を閉じる。
右手の甲で、目の上を、ごしごし、と擦ってから、開けた。目当てのメダルは、すでに、どちらかの開口部に入ったようだった。
直後、下層フィールドの手前の端に位置していた、新デザインのミリオンメダルが、一枚、落ちるのが見えた。それは、前開口部へと入っていった。
「どっちだ……」雀雄は、ぼそり、と呟いた。「目当てのメダルが落ちたのは、左開口部か──それとも、前開口部か?!」
彼は、天井、上層フィールドの真上の位置に設けられている、パイプの口を睨みつけた。前開口部に入ったメダルは、そこから排出されるようになっていた。
一秒が経過した。メダルは、落ちてこない。
二秒が経過した。メダルは、落ちてこない。
三秒が経過した。メダルは、まだ、落ちてこないのか。
そう、心の中で呟いたところで、パイプの口から、メダルが一枚、排出された。それは、上層フィールドの奥に、ぽとり、と落下した。
紛れもない、旧デザインのミリオンメダルだった。
雀雄は、はああああ、と大きな安堵の溜め息を吐いた。思わず止めていた呼吸を、再開する。
「まったく、ビビらせんなよな……」
雀雄は、その後、ぼんやり、として、精神を落ち着かせた。しばらく経ったところで、新たなメダルを投入しようとして、カップに右手を突っ込んだ。
指は、空を掴んだ。メダルは、もう、一枚も残っていなかった。
雀雄は、眉間に皺を寄せた。椅子から腰を上げると、販売機へ行く。そのあたりに放置していたポリ袋を持つと、金庫室へ向かった。
しばらくして、目的地に到着した。金庫の中に置いてある札束を、次々と、袋に入れていく。
せめて、一千万円の黒字が欲しい。雀雄は、そう考えていた。でなければ、とても割に合わないではないか。
彼は、札束をポリ袋に入れ終えると、それを持って、部屋を出た。金庫には、一億一千万円が残されていた。
雀雄は、得た金を使って、ミリオンメダルを調達した。それの入ったカップを持って、トランセンドバストに戻った。
丸椅子に腰かけ、カップをテーブルの上に置いた。メダルを、ゲーム機に投入していく。
そして、一時間ほどが経過した。目当てのメダルは、今や、下層フィールドの真ん中やや手前あたりに位置していた。
カップの中身にも、それなりに余裕がある。少なくとも、目当てのメダルを下層フィールドから落下させるには、じゅうぶんだろう。
「やれやれ、やっと、取り戻せそうだ……」雀雄は、そんなことをぼやきながら、メダルを一枚、投入した。
その後、上層フィールドの手前の端に位置していたメダルが、一枚、落下した。それは、上段プッシャーの手前の面に設けられているチャッカーのうち一つを、通過した。
とぅるとぅるとぅる、というような音とともに、リールが回り始めた。雀雄は、それの停止ボタンを、長押した。
ぴたっ、という電子音を鳴らしながら、リールが、一番から順番に、動かなくなっていった。ボタンを長押しすることにより、リールを連続的に止められる、ということに、さきほど、気づいたのだ。
しばらくして、すべてのリールが止まった。それらの中行において、髑髏のシンボルが、横に四つ、並んでいた。
ででーん、という、耳にしただけで不吉な印象を抱くような電子音が鳴った。直後、男声による、「YOU FUMBLED!」というアナウンスも流れた。
「え……!」雀雄は、口を、あんぐり、と上げた。
直後、ういいん、という音を立てながら、天井から、何かが下りてきた。それは、キャッチャーだった。アームは、開かれている。
キャッチャーは、下層フィールドにまで移動してきた。よく見ると、それの正面には、髑髏シンボルが描かれていた。アームを、閉じ始める。
じゃらじゃらじゃら、という音を立てながら、たくさんのメダルが、アームの先端に付いているショベルへと入っていった。その中には、目当てのメダルも含まれていた。
「ああ……!」
キャッチャーは、アームを閉じたまま上昇すると、奥壁のほうへと移動していった。それは、上層フィールドの真上で、ぴたり、と止まった。
アームが、ぱかっ、と開かれた。ショベルの中に入っていたメダルたちが、上層フィールドへ落下していき、ちゃらじゃらじゃらん、という音を立てた。
「ああああああ!」
雀雄は大声を上げた。目当てのメダルも、上層フィールドに着地したのが見えた。
上段・下段プッシャーは、絶え間なく前後に動いている。そのため、数分後には、上層・中層フィールドにあるメダルのうち、大部分が、下層フィールドへと落ちてきた。
しかし、目当てのメダルは、上層フィールドに残っていた。奥壁の近くに位置している。
「はああ……」
雀雄は、大きな溜め息を吐いた。がっくし、と肩を落とす。
しかし、いつまでも落胆してはいられない。早く、旧デザインのミリオンメダルを手に入れて、スペクラ11を無力化し、クエル・マリラから脱出しなければならない。
もし、それよりも前に、店に来た従業員に見つかったら、最悪だ。雀雄が皇二を殺した、ということは、すぐにばれる。ベールイ・レーベチに捕まえられ、甚振られたうえで殺されるに違いない。
彼は、カップに手を突っ込んだ。しかし、指は空を切った。メダルが、底を尽いていたのだ。
雀雄は、歯噛みすると、椅子から立ち上がった。販売機の所へ行き、ポリ袋を手に取る。そして、金庫室へと向かった。
もはや、残っている金、すべてを注ぎ込まないと、目的を達成するのに必要な数のミリオンメダルを買えないだろう。まったく、なんてことだ。一億円を無駄に消費したうえ、犯罪組織に命を狙われる、というリスクまで負う羽目になるとは。
雀雄は、はああ、と大きな溜め息を吐いた。しかし、ミリオンメダルを購入しないわけにはいかない。スペクラ11の警戒レベルは、現在、「9」に設定されている。この状態だと、たとえ、手ぶらだったところで、少しでも通路に入った途端、電極弾を食らってしまう。クエル・マリラから出るためには、どうしても、システムを無力化する必要があるのだ。
彼は、金庫室から一億一千万円を手に入れると、販売機で、買えるだけのミリオンメダルを調達した。それを持って、トランセンドバストに向かう。カップを、テーブルに置くと、椅子に座ろうとした。
「そうだ!」ふと、閃いて、腰の動きを止めた。「皇二は、この店に設置されているゲーム機を、改造している……もしかしたら、トランセンドバストも、改造されているかもしれない」
いや。かもしれない、ではない。改造されているに違いないのだ。
なぜなら、トランセンドバストは、最初から電源が入れられていた。ということは、このゲーム機は、皇二のメンテナンス対象であり、ひいては、彼の手により改造されている、ということだ。
「もしかしたら、まともにゲームをプレイしなくても、メダルを手に入れる方法が、あるかもしれない!」
そう考えると、いてもたってもいられなくなった。トランセンドバストから離れると、階段に向かう。
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