08/11話 ミニゲーム

「おお……!」

 感嘆の声が漏れた。金庫の内部に設けられている棚の各段には、大量の札束が置かれていたからだ。内通者によると、合計、十億円が保管されているそうだ。

 今度は、覗き込む前に、心の準備を行っていたため、すぐさま、我に返ることができた。雀雄は、中に踏み込むと、金を、手当たり次第に、ポリ袋に入れていった。

 ある程度の重さになったところで、彼は、金庫から出た。なあに、足りなくなったら、また来ればいいだけの話だ。

 その後、雀雄は、バックヤードを出て、ミリオンメダル販売機に向かった。それに近づくと、真っ黒だったディスプレイが、明るくなった。

 近くに、メダルを入れて持ち運ぶための、プラスチック製のカップが、縦に積み重ねられていた。そこから、一個、手に取ると、排出口の下に置いた。

 ディスプレイを操作し、メダル購入画面を表示させた。がしゃっ、という音がして、紙幣投入口のカバーが開いた。

 雀雄は、ポリ袋から、次々と、札束を取り出しては、そこに入れていった。彼は、歯を、ぎりりっ、と強く食い縛っていた。伸ばされている唇の表面が切れ、血が垂れていた。

 彼は、今回、金庫に収められている金を盗むつもりで、クエル・マリラにやってきた。しかし、今や、ミリオンメダルを入手するするのに、金庫に収められていた金を、費やしてしまっている。

 メダルを買えば買うだけ、最終的に獲得することができる利益が減ってしまう。スペクラ11を無力化しなければ、店から出られないため、購入しない、という選択をすることもできない。

 販売機は、破壊されることがないよう、頑丈に出来ている。正当な手順を踏めば、メダルや金が保管されている所を開けられるのだろうが、あいにく、その方法を知らない。

 今回の犯行に漕ぎつけるまで、雀雄は、合計で、約一億円を使っている。つまり、九億円までなら、費やしたところで、全体の利益としては、黒字になるのだ。

 しばらくして、ポリ袋の中身が尽きた。「可能な限り購入する」と書かれているボタンを、タッチする。

 たくさんのミリオンメダルが、次々と排出され始めた。カップに入って、じゃらじゃらじゃら、と音を鳴り響かせていった。

 しばらくして、支払いが終わった。念のため、カップの中身を確認してみたが、すべて、新デザインの物だったため、がっかりした。

「とりあえず、これでプレイしてみるか……」

 雀雄は、カップを持って、販売機から離れた。しばらくして、トランセンドバストに到着する。

 その前には、丸椅子が置いてあった。彼は、それに腰を下ろすと、カップを、テーブルの上に置いた。

 雀雄は、右側にあるレールの取っ手を握った。ある程度、角度を調整してから、メダルを載せる。

 ぱっ、とメダルから手を離した。それは、レールの上を転がっていくと、ガラスケースを通り抜けて、ゲーム機の中に入っていった。

 奥壁には、プッシャーが取りつけられている。そのギミックを、簡単に表現するならば、ゆっくりと前後に動く、直方体だ。奥へと引っ込んだり、手前へと飛び出したりしている。

 プッシャーは、二段、あった。直方体が、二つ、縦に積み重ねられるようにして、設けられている。

 上段プッシャーと下段プッシャーは、動作内容が、微妙に異なっていた。上段プッシャーが引っ込む時、下段プッシャーは飛び出し、上段プッシャーが飛び出す時、下段プッシャーは引っ込むようになっていた。

 フィールドは、三つ、設けられていた。上段プッシャーの上面のエリアを指す上層フィールド、下段プッシャーの上面のエリアを指す中層フィールド、下段プッシャーより手前のエリアを指す下層フィールドだ。

 プレイヤーが投入したメダルは、上層フィールドの奥に落ちる仕組みになっている。目当てのメダルも、似たような所に位置していた。

 どのフィールドにも、たくさんのメダルが、敷き詰められるようにして置かれている。しかし、いっさいの空白がない、というわけではない。上層フィールドにおいては、上段プッシャーが飛び出しきった状態、中層・下層フィールドにおいては、それぞれの奥壁に取りつけられているプッシャーが引っ込みきった状態において、奥壁から、数センチ手前に離れた所までは、まったく、メダルが存在していなかった。

 投入メダルは、上層フィールドの奥、既存メダルが存在していないエリアに落下した。すぐさま、ぱたん、と倒れる。

 その時点においては、上段プッシャーは、飛び出しきっていた。それから、ゆっくりと動きだし、じょじょに、奥壁の中へと、引っ込んでいった。

 しかし、その上面に載っているメダルたちは、引っ込まなかった。奥壁に遮られ、上層フィールドに残り続ける。

 投入メダルが、上層フィールドに残り続ける、ということは、それにより、投入メダルよりも手前にある既存メダルたちが、手前に押し出される、ということだ。現に、上層フィールドの手前の端に位置していた既存メダルが、一枚、落下した。中層フィールドの、既存メダルが存在していないエリアに、ぽとり、と着地する。

 中層フィールドでも、上層フィールドと同じ光景が繰り返された。上段プッシャーが飛び出し、下段プッシャーが引っ込んだ時、落下メダルよりも手前にある既存メダルたちが、手前に押し出されたのだ。それにより、中層フィールドの手前の端に位置していた既存メダルが、一枚、落下した。下層フィールドの、既存メダルが存在していないエリアに、ぽとり、と着地する。

 下層フィールドでも、上層・中層フィールドと同じ光景が繰り返された。ただし、今度は、フィールド自体は、動いてない。動いているのは、下段プッシャーだ。それが飛び出した時、落下メダルよりも手前にある既存メダルたちが、押し出された。

 下層フィールドは、ほとんど長方形に似た台形をしていた。それの、下段プッシャーがある奥辺以外──左辺・右辺・前辺の向こう側は、ただっ広い開口部となっていた。このゲームにおけるプレイヤーの目標の一部は、ここに、メダルを落下させることだ。

 雀雄の最終的なゴールは、ブラックジャックとして使用した、旧デザインのミリオンメダルをゲットすることだ。しかし、彼は、最初からマシンの中に入っている、新デザインのミリオンメダルについても、手に入れられる物なら手に入れたい、と考えていた。もし、それらを獲得できたなら、手持ちのメダルが多くなる。すなわち、投入するメダルの数を増やすことができる、ということだ。

 そして、数秒後、下段プッシャーが飛び出したことによって押し出された既存メダルのうち、下層フィールドの手前の端に位置していた二枚が、それぞれ、左開口部と前開口部に、落下した。

「ふん……」

 雀雄は、鼻を鳴らした。メダルは、ただ、開口部に落下させるだけでは、プレイヤーの物とはならないのだ。

 左右の開口部に入ったメダルは、店の物となり、マシンのどこかに設けられている保管庫に蓄えられる。それについては、プレイヤーは、二度と、手が出せない。もちろん、雀雄も同様だ。

 前開口部に入ったメダルは、パイプの中を移動させられた後、排出され、上層フィールドに投じられる。これについては、まだ、ゲットできるチャンスがある。

 プレイヤーがメダルを入手するには、それを「グレイル」に入れる必要があるのだ。

 グレイルとは、擂鉢のような見た目をしたオブジェクトだ。開口部の中を、右部から前部、前部から左部、左部から右部、というように、時計回りに移動している。

 左部から右部へ進む時は、奥壁に設けられたトンネルの中を通っていた。その時だけ、スピードが上がっているようで、左開口部にある入り口をくぐって、半秒も経たないうちに、右開口部にある出口から、姿を現していた。

 雀雄は、その後、手持ちのメダルを、一枚、新たに投じた。それにより、上層フィールドの手前の端に位置していた既存メダルが、一枚、押し出されて、落ちた。

 上段・下段プッシャーの手前の面には、パチンコ台で見かけるようなチャッカーが、いくつか設置されている。メダルは、それを通過した。

 ゲーム機の奥壁の、上層フィールドよりも上には、スロットリールが四つ、横に並べて取りつけられている。それらが、とぅるとぅるとぅる、というようなBGMとともに、回転し始めた。

 リールの上には、番号が書かれた、円形のプレートが貼りつけられていた。左端から、「1」「2」「3」「4」と記されている。

 雀雄は、テーブルの右側あたりに設けられている赤い丸ボタンに、人差し指を載せた。ぽち、ぽち、ぽち、ぽち、とプッシュする。

 押すたびに、ぴたっ、という電子音を鳴らしながら、リールは止まっていった。そこには、ドル袋や聖杯、髑髏などといったシンボルが描かれていた。それらは、リール一つにつき、上行・中行・下行の三箇所に現れていた。

 これらの絵柄が、いずれかの行において、いくつか揃うことにより、ゲーム機に搭載されている、何かしらのギミックが作動するのだ。

 ギミックには、いろいろな種類があった。例えば、ドル袋シンボルが三つ揃えば、上層フィールドに、メダルが十枚、投じられる。聖杯シンボルが三つ揃えば、グレイルが、一定時間、前開口部の中央部に固定され、移動しなくなる。

 中でも、雀雄が狙っているのは、ダイヤモンドシンボルがすべて揃った場合のギミックだった。テーブルに記されている、簡単な説明書によると、それは、「クリティカル・イベント」と呼ばれていた。

 上段・下段プッシャーが、同時に、奥の壁へ、完全に引っ込む。その数秒後、それらが、下層フィールドの手前の端すら越えて、ガラスケースぎりぎりに飛び出してくる。そんな内容だった。

 しかも、その時、各開口部に落ちたメダルは、例外なく、すべてプレイヤーが獲得することができる。つまり、上層・中層・下層フィールド上にあった全メダルを、手に入れられる、というわけだ。

 また、天井には、クレーンゲーム機で使われるような、キャッチャーが付いていた。アームの先端は、ショベルのようになっている。

 おそらくは、これも、何らかのギミックに用いられるのだろう。具体的にどんな動きをするのか、までは、わからないが。

 今回の目押しでは、シンボルは、いっさい揃わなかった。雀雄は、歯噛みすると、メダルを投入する作業に戻った。

 そして、一時間ほどが経過した。その頃には、目当ての物は、下層フィールドの左下隅に位置していた。全体の三分の一ほどが、外にはみ出している。今にも、落ちそうだ。

「いいぞ……!」

 雀雄は、メダルを一枚、投入した。それは、上層フィールドの奥に落下した。

 投入メダルにより、上層フィールドから、既存メダルが二枚、落下した。それらは、チャッカーを通過せずに、中層フィールドの奥に着地した。

 上層フィールドから落ちてきたメダルにより、中層フィールドから、既存メダルが四枚、落下した。それらは、チャッカーを通過せずに、下層フィールドの奥に着地した。

「よし、よし、よし……!」

 中層フィールドから落ちてきたメダル四枚が、下段プッシャーに押し出される。それにより、下層フィールドの左下隅に位置していた、目当ての物が、空中へと飛び出した。

 ちょうど、グレイルが、前開口部と左開口部の境目、下層フィールドの左下あたりに来ていた。メダルは、それめがけて、落ちていった。

「行けえ!」雀雄は、思わず叫んだ。

 しかし、声援は意味を成さなかった。メダルは、グレイルの縁にぶつかると、かあん、という音を立てて、大きく跳ね上がったのだ。

「なあ?!」雀雄は、あんぐり、と口を開けた。

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