07/11話 メダルゲーム
そして、数十分が経過した。その頃には、なんとか、ブラックジャックとして使用したメダル、四百枚のうち、三百九十七枚を、取り戻すことに成功していた。
「さて、残り三枚か……」
雀雄は、インテグレーターの南側に立っていた。きょろきょろ、と辺りを見回す。
そこで、フロアの東端にも、メダルが一枚、落ちているのを見つけた。それは、柵の真下に位置していた。彼は、そのメダルに近づくと、拾い上げ、布袋の中に入れた。
ブラックジャックから零れたメダルが、こんな所にまで転がっている、ということは、残り二枚は、一階に落ちていっている可能性があるのではないだろうか。実際、二階については、もう、あらかた捜し終えたわけだし。
そう考えて、柵の上から、身を乗り出した。一階に、視線を遣る。
雀雄は、フロアの東辺中央にいた。一階には、その東辺に沿うようにして、ゲーム機が、たくさん並べられていた。そして、二階にいる彼の、ちょうど真下に該当する位置にあるマシン、それの前に、ミリオンメダルが一枚、落ちているのが見えた。
「まったく、面倒な……」
雀雄は、ぶつぶつ、と愚痴を零しながら、歩き始めた。階段を下って、一階に入る。
一階フロアの、二階を有している西半分と、二階を有していない東半分との境界線には、壁の類いは、設けられていない。代わりに、そこの、東側には、メダルゲーム機が、西側には、アーケードゲーム機が、背中合わせに並べられており、境界線の役目を果たしていた。
雀雄は、落ちているメダルに向かった。その辺りは、ミリオンメダル専用ゲーム機のコーナーとなっていた。
しばらくして、彼は、目的地に到着した。目当ての物を拾い上げ、布袋に入れる。
「残り一枚、いったい、どこにあるのやら……」雀雄は、そんなことをぼやきながら、きょろきょろ、と辺りを見回した。
彼の、ちょうど右横には、「デストロイ・ランドマークⅡ」というマシンが置かれていた。専用のブロックで組み立てられた、宮殿だの城塞だの遺跡だのといった建物を、破壊するゲームだ。
機械は、前後に長い直方体をしている。それの真ん中あたりでは、天井から、大きな振り子がぶら下がっていた。
振り子には、重りの代わりに、金属球が付いていた。それは、ゲーム機の手前に設けられている「アプローチエリア」にセットされている。
マシンの奥には、「ターゲットエリア」がある。そこに、ランドマークが置かれていた。
プレイヤーは、アプローチエリアから、金属球を、規定の回数だけ、ターゲットエリアめがけて押し出す。そして、それを建物にぶつけ、破壊するのだ。
ランドマークを構成しているブロックが崩れると、内部から、「ボール」が出てくる。それのうち、エリア外に落ちた物によって、プレイヤーは、さまざまな恩恵を受けられるようになっていた。例えば、「ノーマルボール」は、一つ落ちるごとに、メダル一枚を手に入れられる。「デカボール」は、一つ落ちるごとに、メダル十枚を手に入れられる。「アゲインボール」は、一つ落ちるごとに、残り投球数を、一回、増やせる。
「うーん……このマシンの中には、落ちていないな……」
雀雄は、再び、辺りを、きょろきょろ、と見回し始めた。もしかしたら、メダルは、床ではなく、ゲーム機の上面や内部に落ちているかもしれない、と思ったのだ。
「あっ!」
思わず、大きな声を上げた。雀雄の周囲に置かれているゲーム機の内部には、新デザインのミリオンメダルが、たくさん転がっている。しかし、それらのうちの一つ、彼のちょうど左横に位置しているマシンの内部に、一枚だけ、旧デザインのミリオンメダルが入ってるのを見つけたのだ。
雀雄は、その機械に近寄ると、ガラスケースの中を、まじまじ、と凝視した。例のメダルの縁には、赤黒い液体が、わずかに付着していた。間違いない。皇二を殺害する時に使った物だ。
「なんで、ゲーム機の内部なんかに……?」彼は、あらためて、マシン全体を眺めた。
それは、「トランセンドバスト」という名前の、いわゆるプッシャーゲームだった。電源は入れられており、プレイされるのを待っていた。
ガラスケースの中には、フィールドがあり、そこには、たくさんのメダルが置かれていた。奥の壁には、前後に移動する直方体──「プッシャー」と呼ばれるギミックが設けられていた。
プレイヤーは、フィールドの奥に、手持ちのメダルを投入する。すると、そのメダルは、プッシャーにより、手前に押される。それにより、元からフィールド上に置かれていたメダルも、玉突きの要領で、手前へと押されていく。最終的には、フィールドの端に位置しているメダルも、押されて、開口部へと落下する。そのメダルが、プレイヤーの懐に入る。大まかに説明すれば、そんな仕組みのゲーム機だ。
このゲームでは、プレイヤーは、メダルを投入するのに、レールを使う。それは、テーブルの左右に、一本ずつ、設けられていた。それぞれ、ガラスケースを貫通しており、先端は、フィールドの奥、プッシャーの上面あたりに向けられていた。
レールは、斜めに傾いており、フィールドに向かって、下っていっている。プレイヤーは、その上を、メダルを転がし、ガラスケースの内部に送り込むのだ。
レールは、少しだけ、左右に回転させられるようになっている。それにより、メダルを投入する場所を、ある程度、調整できるようになっていた。
「なるほど、そのせいか……」
雀雄は、はあ、と溜め息を吐いた。きっと、二階から落ちてきたメダルは、どちらかのレールの上に着地したのだろう。そして、そのまま、レールを転がって、ゲーム機の中に入ってしまった、というわけだ。まったく、なんて不幸な偶然なんだ。
「とにかく、取り出さないと……」
雀雄は、そう呟くと、布袋を、隣にあるゲーム機のテーブルに置いてから、その場を離れた。二階に上がると、工具箱が落ちている所へ行く。
目当ての物は、到着するなり、すぐに見つかった。ハンマーだ。それを手に取ると、一階に戻り、トランセンドバストの前に立った。
ハンマーを握り締めた右手を、振り上げる。間髪入れずに、ケースめがけて、振り下ろした。
がああん、と音が鳴って、じいいん、と右手が痺れた。しかし、ガラスは割れなかった。
ハンマーを、ケースから離す。ガラスの表面を、まじまじ、と観察してみた。しかし、掠り傷一つ、付いていなかった。
「まあ、よく考えてみりゃ、当たり前かもしれねえな……こいつの中には、一枚百万円の価値を持つミリオンメダルが、大量に入っているんだ。正当なプレイ以外の方法で入手されないよう、丈夫なガラスが使われているに違いない」
しかし、ケースを破壊できないとなると、いったい、どのようにして、目当てのメダルを取り戻せばいいのか。雀雄は、腕を組み、考え込み始めた。
「まさか、従業員でもケースを開けられない、なんてことはないだろう……何らかの方法で、オープンできるようになっているはずだ」
しかし、その方法がわからない。それを記述した書類か何かが、バックヤードにあるかもしれないが、いったいどこにあるのか、見当もつかない。捜している間に、夜が明けて、従業員が、店に来てしまうかもしれない。
「そうだ!」雀雄は大声を上げた。「こいつは、プッシャーゲーム……中に入っているメダルを、フィールドから落として、獲得するゲームだ。通常どおりの手順で、プレイすればいい。そうすれば、いつかは、目当てのメダルも、ゲットすることができる」
ならば、早く、投入するためのメダルを調達しなければ。彼は、そう思い、その場から動きだそうとして、ふと、ぴたっ、と足を止めた。
「……どうやって、調達すればいいんだ?」
思わず、独り言ちた。言うまでもなく、トランセンドバストを、最近フィールドに投入されたばかりのメダルをゲットできるほどに、プレイするには、たくさんのメダルが必要だ。それも、ただのメダルではない。一枚につき、百万円の価値を持つ、ミリオンメダルだ。そんな物を、この状況下で、いったい、どうやって、大量に獲得すればいいのか?
「そうだ、回収したミリオンメダルを使って……ううん、意味がないな。あれらは、スペクラ11を無力化するのに、必要なんだ。投入したところで、取り戻さないといけないメダルが増えるだけだ……」
床や、マシンとマシンの間などに、転がっていないか、探してみようか。いや。この店では、営業が終了した後、従業員たちが、放置されているメダルを回収するようになっている。見つかる可能性は低い。見つかったとしても、それが、ミリオンメダルである確率は低い。ミリオンメダルであったとしても、そんなに大量には、手に入らないだろう。
「レールの、ガラスケースとの接点に設けられている、メダルをくぐらせるための穴は、ミリオンメダルが、ちょうど通れるくらいのサイズしかない……他のメダルは、すべて、ミリオンメダルよりも大きい。それらを、代わりに使うことは、物理的に不可能だしなあ……」
その後も、雀雄は、ぶつぶつ、と独り言ちながら、考えを巡らせ続けた。そして、数分後に、閃いた。
「待てよ……たしか、ミリオンメダルは、販売機で買えたはずだ。人の手を経ないから、今みたいに、従業員がいない時でも、購入することができるだろう……それで、メダルを調達しよう」
そう結論づけると、雀雄は、マシンから離れた。販売機は、今までにも、何度か、目にしたことがあった。記憶を頼りに、探す。
しばらくして、目当ての装置を見つけることができた。それは、トランセンドバストが置かれている通路の、東壁の突き当たりに、背面をくっつけるようにして、据えられていた。銀行にあるATMのような外観をしている。
「ここか……よし」
雀雄は、くるっ、と体を半回転させると、販売機から離れた。メダルを購入するには、当然ながら、金を用意する必要があるからだ。
今、彼は、一銭も持ち合わせてはいない。しかし、当てはあった。
雀雄は、二階へ行くと、皇二が倒れている所へ向かった。到着すると、死体が着ている服を弄る。
しばらくして、カードキーを入手した。彼は、それを用いて、バックヤードに入った。
そこの内部構造は、事前に調べておいたため、迷うことはなかった。まず、雀雄は、事務室に入った。何か、入れ物として使えそうな物がないか、探す。
しばらくして、ロッカーに、ゴミ箱用の、大きなポリ袋が収められているのを見つけた。彼は、それを一枚、手に取ると、部屋を出た。
次は、金庫室に向かった。しばらくして、到着したので、入る。
部屋には、雀雄の背よりも高い、巨大な金庫が鎮座していた。おそらくは、内部に入り込んで物をしまう、という利用のされ方を想定しているのだろう。外観は真っ黒だが、正面の右端、彼の顔と同じくらいの位置に、灰色をしたコントロールパネルや、銀色をした取っ手が設けられていた。
金庫については、事前に、内通者から情報を得ていた。しかし、それでも、やはり、実際に目にすると、圧倒された。
いやいやいや。雀雄は、ぶんぶんぶん、と頭を激しく左右に振った。呆気にとられている場合ではない。早く、ここから、金を調達しないと。
彼は、コントロールパネルに近づいた。カードキーを当てるなり、特殊なコマンドを打ち込むなりして、正規のプロセスを介さない、不正な開錠に必要な手順を行う。
しばらくして、がしゃこん、という、ロックが解除される音が鳴った。雀雄は、扉の取っ手を、両手で握り締めると、ぐいーっ、と引っ張った。
ある程度、扉を開けたところで、取っ手を離す。右方へ移動すると、金庫の内部に視線を遣った。
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