06/11話 おっぱい♪ おっぱい♪

「ううう……!」

 雀雄は、ルグブリスに引き摺られながら、フロアを、東に向かって進んでいた。それは、まるで、馬に引き回される刑を受けている囚人のようだった。

 彼は、紐を外そうとして、あわよくば、掃除機を転倒させようとして、ぐい、ぐいっ、と両足を動かした。しかし、どちらの願いも、叶いそうになかった。

 そうしている間に、ルグブリスは、音楽を流し始めた。どうやら、暴走の影響か、BGM機能が、勝手に動作したらしい。登録されていたらしい、とあるアダルトゲームのオープニングソングが、ゲームセンターじゅうに、大ボリュームで響き渡りだした。

「おっぱい♪ おっぱい♪ メロンおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ メロンおっぱい♪」

 しばらくすると、ルグブリスは、直角に左折した。体が、それを追いかけて曲がった後、遠心力のせいで、右方へ、ぶうんっ、と大きく振られた。

「ぬお……!」

 通路の右側には、キック力測定ゲーム機が置かれていた。皇二がメンテナンスを行っていたらしく、稼働しており、プレイヤーの蹴りを待機している状態となっていた。

 雀雄の体は、それの的に、どがあん、という音を立てて、衝突した。直後、マシンの上部に取りつけられているディスプレイに、ムービーが流れた。サッカーボールが、前方へと吹っ飛ばされていき、タワーに命中して、それを崩壊させる、というような内容だ。

「おっぱい♪ おっぱい♪ スイカおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ スイカおっぱい♪」

 雀雄は、その後も、ルグブリスに引き摺られていった。彼は、行き先を確認するべく、頭を上げるために、首に力を込めようとした。

 体が、左方へ、ぶうんっ、と大きく振られた。空中、床から数センチ離れたあたりを吹っ飛びながら、ついさきほど、マシンが、直角に右折したことに、気がついた。

 通路の左側には、ブロック玩具を組み合わせることにより作られた、国会議事堂の模型が置かれていた。参議院の端から衆議院の端まで、三メートルほどの長さを持つくらいのスケールに、落とし込められている。とても精巧であり、作業には膨大な時間が費やされたであろうことが想像できた。

 雀雄は、それに突っ込んだ。がしゃぐしゃごしゃ、というような音を轟かせながら、参議院を破砕し、中央塔を撃砕し、衆議院を粉砕した。

 数秒後、体が、模型の外に出て、通路に戻った。国会議事堂は、今や、平べったいブロック塊と化していた。

「おっぱい♪ おっぱい♪ バレーボールおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ バレーボールおっぱい♪」

 その後も、ルグブリスは、東に向かって突き進んでいった。今、走行している通路は、左右に、アーケードゲーム機やエレメカが、隙間なく並べられており、一本道のようになっていた。

 雀雄は、首に渾身の力を込めると、頭を上げ、行く手を確認した。そこで、現在位置から数十メートル離れた所で、通路が、行き止まりになっていることに気がついた。

 眉間に皺を寄せ、目を凝らす。自動販売機のような見た目をしたアーケードゲーム機が、床に、ばったり、と倒れていた。それにより、通路が塞がれているのだ。

 マシンの側面には、大きな穴が開いており、そこから、内部機構を覗くことができた。近くには、ゴルフボール大のボルトが落ちていた。インテグレーターのコックピットから吹っ飛ばされたそれの直撃を食らったに違いなかった。

「おっぱい♪ おっぱい♪ バスケットボールおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ バスケットボールおっぱい♪」

 一秒後、雀雄は、倒れているゲーム機の手前の床が、なにやら、きらっ、と光ったのを見た。そちらに、視線を遣る。

 それは、ガラスの破片だった。さまざまな多角形をした破片たちが、通路一面に散らばっているのだ。

 近くには、歪な球形をした、巨大なガラス塊も落ちていた。目を凝らしたところで、それが、ただの塊ではなく、雀雄が、皇二を殺す前、トイレに行った時に見かけた、キャラクター像の頭部である、とわかった。

 床には、スカッシュボール大のナットも落ちていた。おそらくは、インテグレーターのコックピットから吹っ飛ばされたそれの直撃を食らって、前に倒れ、その衝撃で、粉々に砕け散ってしまったのだろう。

「おっぱい♪ おっぱい♪ バランスボールおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ バランスボールおっぱい♪」

「ぐう……!」

 雀雄は思わず、低い唸り声を上げた。このままでは、ガラス片が散乱している床の上を、引き摺られることになる。

 脚裏や腰、背中などに、たくさんの切り傷を負うだろう。運が悪ければ、重要な血管が傷つくか何かで、死に至ってしまうかもしれない。

「おっぱい♪ おっぱい♪ ウォーターバルーンおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ ウォーターバルーンおっぱい♪」

 雀雄は、脚に渾身の力を込めると、ぐぐぐ、と膝を曲げた。上半身を、爪先へ近づける。

 両手を、ぐぐぐ、と伸ばすと、右足のスニーカーを、がしり、と掴んだ。右膝を、さらに屈めることで、右脛を、手前に、ぐいっ、と引っ張る。

 一秒後、右足は、すぽっ、と靴から抜けた。

「おっぱい♪ おっぱい♪ ガスタンクおっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ ガスタンクおっぱい♪」

 雀雄は、次に、左足のスニーカーも脱ごうとした。靴を、がしり、と両手で掴む。左膝を、さらに屈めることで、左脛を、ぐいっ、と引っ張った。

 しかし、脱げなかった。その後も何度か、左脛を、手前に向かって動かした。しかし、左足は、多少、靴の中で擦れる程度で、そこから抜くことは、叶わなかった。

「おっぱい♪ おっぱい♪ 月おっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ 月おっぱい♪」

 その間にも、どんどん、ガラス片が散乱しているエリアは、近づいてきていた。何か、道具はないか。そう思い、雀雄は、きょろきょろ、と辺りを見回した。

 あった。数メートル先の床に、カッターナイフが落ちているのだ。

 近くには、工具箱が、蓋の開いた状態で、ひっくり返っていた。インテグレーターのコックピット上に置かれていた物だ。それが高速回転していた時に、ここまで吹っ飛ばされてきたのだろう。

「おっぱい♪ おっぱい♪ 地球おっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ 地球おっぱい♪」

 数瞬後、ルグブリスが、工具箱のそばを通り過ぎた。雀雄は、すれ違いざま、右手を、ばっ、と伸ばした。落ちているカッターナイフを、がしっ、と引っ掴む。

 親指を、スライダーに押しつけるなり、前方へ、一気に動かして、がちちちちっ、と刃の大部分を出した。それを、左足のスニーカーから伸びている靴紐に、当てる。間髪入れずに、ぐいぐいぐいっ、と、左右に何度も往復させ始めた。

「おっぱい♪ おっぱい♪ 木星おっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ 木星おっぱい♪」

 二秒後、靴紐は、ぶちっ、という音を立てて、千切れた。その頃には、雀雄の足からガラス片が散乱している地帯までの距離は、もう、一メートルを切っていた。体が、慣性の法則に従い、そこめがけて、ずざざざざ、と床を滑っていき始めた。

 彼は、カッターナイフを放り出すと、両手を、ばっ、と下げた。だん、と床に強く押しつける。

 掌が、ざざざざざ、という音を立てて、絨毯と擦れ始めた。摩擦による痛覚と温覚を、味わう。それと引き換えに、体のスピードを、どんどん落とせていっていることが、感じられた。

「おっぱい♪ おっぱい♪ 太陽おっぱい♪ おっぱい♪ おっぱい♪ 太陽おっぱい♪」

 しばらくして、雀雄の、靴下に包まれている足裏が、散乱しているガラス片のうち、最も手前にある物の尖端に、とん、とぶつかった。

 それだけだった。そこでようやく、彼の体は、完全に停止したのだ。

「おっぱい♪ おっぱ──」

 BGMを遮って、どがあん、という大きな音が、前のほうから轟いてきた。上半身を起こすと、そちらに、視線を遣った。

 通路を塞いでいるゲーム機の側面に、ルグブリスが激突していた。それの外装は、派手に破損しており、内部機構が、露になっていた。

 ぶつかったせいで、故障の程度がひどくなったらしく、流しているBGMの内容が、めちゃくちゃになった。「きょせいきょせいごくちょうきょせいごくちょうきょせいぎんがぎんがぎんがだんぎんがだん」

 雀雄は、両手を床について、立ち上がった。ルグブリスに、よろり、よろり、と近づいていく。

 コントロールパネルに、「BGM再生/停止」と書かれたボタンがあるのを見つけた。それを、かちり、と押す。

 さいわいにも、正しく動作した。音楽は、ぴたり、とストップした。

 それから、雀雄は、あらためて、周囲を見回した。辺りには、ルグブリスの、外装の破片だの、内部機構に組み込まれていた部品だの、いろいろな物が散乱していた。

 その中には、ダストボックスもあった。口は、開いたままになっている。

 雀雄は、それに近づき、取り上げると、空中で、ひっくり返した。中から、灰色をした埃だの、黄色をした紙屑だのが、外に出てきた。

 一秒後、ダストボックスの内部から落ちてきた物が、床にぶつかって、こつん、という音を立てた。そちらに、視線を遣る。

 それは、ミリオンメダルだった。雀雄は、「ふううー……」と長い安堵の溜め息を吐くと、それを拾い上げた。

「やっと、取り戻せたぜ……」

 その後、雀雄は、インテグレーターの所に戻った。最初にルグブリスを見かけた時、放り出した布袋を、手に取る。その後、メダルの回収を再開した。

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