03/11話 ロデオ

「面倒なことになったな……」

 標的を殺害し終えた雀雄は、ぶつぶつ、と呟きながら、床に散らばったメダルを集めていた。拾った後は、予備として持ってきておいた布袋の中に入れていた。

 皇二の死体は、インテグレーターの南側に位置していた。大の字に、ばったり、と俯せになっている。頭を北へ、足を南へ向けていた。頭の周囲には、血溜まりが広がっている。

 死体の左横には、テーブルが倒れている。上に載っていたノートパソコンは、ディスプレイが開いたままの状態で、テーブルの左斜め前あたりに転がっていた。断言はできないが、画面に映し出されている内容からして、どうやら、故障してはいなさそうだ。

 布袋から零れたメダルのうち、多くは、皇二の両足の近くに落ちていた。しかし、すべてではない。着地した後、床を転がっていき、遠く離れた所で、ようやく動かなくなった、というような物も、いくつか、あった。

 雀雄は、皇二の死体は、店内に放置するつもりだ。金を手に入れた後は、今日じゅうに、海外へ高飛びする予定だからだ。

 死体が発見されるのは、早くても、本日、従業員が最初に店に来た時、つまり、午前六時くらいだろう。しかし、その頃には、もう、雀雄は、日本にいない、というわけだ。

 下手人が雀雄である、ということは、すぐに、ばれるに違いない。しかし、肝心の逃亡先を突き止めるための材料となるような物は、どこにも残していない。さらには、高飛びした後、余生を送る国として、いくらベールイ・レーベチと言えど、影響力を有していないような所を選んだ。さすがに、日本には、もう二度と、戻れないだろうが、それに備えて、あらゆる未練は解消しておいた。

 しかし、散らばったミリオンメダルを放置することは、できなかった。今後の犯行計画において、そのメダル四百枚が、必要であるからだ。

 作戦を練るうえで、最も手こずったのが、スペクラ11を無力化する方法だった。それが稼働している状態では、盗んだ金を持って店を出ることなど、できやしないからだ。さすがは、セキュリティシステムなだけあって、そう簡単には、突き止められなかった。

 雀雄は、その方法を、金に糸目をつけず、調査した。そして、つい七か月前に、見つけたのだ。

 それは、バックヤードのコンピューター室に置いてある、スペクラ11のサーバーを、特定の方法で改造する、という物だった。そうすれば、たとえ、どんなアイテムを所持していようと、いっさい、引っかからなくなるのだ。必要な工具は、バックヤードで調達すればいい。また、それを行うために、半年間、技術書を読んだり、専門のスクールに通ったりして、機械工作のスキルを身につけた。

 しかし、まだ、問題は残っていた。改造には、スファレライト銅で出来た、三十センチ以上の長さを有する、棒状の物体が、二本、必要なのだ。最初に、店に入る時、そんな物を所持していたら、すぐに引っかかってしまうに違いない。

 ところが、意外にも、本件に関しては、比較的、容易に解決策を見出すことができた。ゲームセンターで使われているミリオンメダルは、スファレライト銅で出来ている。これを、二百枚、縦に重ねれば、ちょうど三十センチの長さを有する、金属棒と化す。それを用いることにしたのだ。

 厳密に言うと、スファレライト銅で出来ているのは、過去に使われていた、旧デザインのミリオンメダルだ。三週間前、ミリオンメダルのうち、ほとんどは、新デザインの物に入れ替えられた。それは「ウルツ銅」という合金で出来ているため、スペクラ11の改造には、何の役にも立たない。

「こんなことなら、なんとかして、凶器に、別のやつ、使えばよかったな……」雀雄は、はあ、と溜め息を吐いた。

 内通者に命じて、トイレに作らせた隠し空間は、とても狭く、ちょうど、ミリオンメダル四百枚しか、収納することができない。ゲームセンターの営業が終了した後、店内に放置されているメダルは、すべて、従業員により、回収されてしまう。そのため、スペクラ11の改造に用いるミリオンメダルを、凶器としても使わざるを得なかったのだ。

「まったく……さっさと、逃げたいんだけどなあ。ミリオンメダルさえ集め終えれば、後は、もう、すぐに終わるんだが。金が保管されている金庫を開ける方法も、スペクラ11を無力化する方法も、すべて、わかっているんだからさ……」

 その後も、雀雄は、ぶつぶつ、と呟きながら、メダルを集めていった。十数分をかけて、四百枚のうち、百枚強を回収し終えた。

 ふと、インテグレーターのコックピットの手前に設置されている踏み台の上にも、メダルが乗っかっているのを見つけた。それも、拾い上げ、布袋に入れる。

 このゲーム機における、一番の特長は、宇宙戦闘機の操縦に合わせて、コックピットが動くことだ。昇降したり、傾斜したり、回転したりする。また、ダメージを受けると、それの程度に応じて、振動する。プレイヤーは、安全のため、シートベルトを装着するようになっていた。

 皇二は、それらの演出が、さらに派手な物になるよう、改造していた。それにより、このコックピットは、通常よりも大きく昇降したり、通常よりも深く傾斜したり、通常よりも速く回転したりするようになっていた。

 雀雄は、顔を上げた。そこで、近くに、もう一枚、落ちているのを見つけた。

 コックピットは、上から見ると、円形をしている。それの中心点を経由するようにして、直線的な通路が設けられていた。幅は、一メートル半ほどだ。メダルは、それの、真ん中あたりに転がっていた。

 雀雄は、右手に布袋を持ったまま、ステップを進んだ。コックピットに上がる。

 通路の端と、コックピットの円周部とは、五センチほど離れていた。通路の床は、コックピットの円周部から、十センチほど低くなった所にあった。

 通路には、円の中心点に該当する位置に、シートが置かれていた。背凭れと、長方形をした座面の後部は、通路の壁にくっついている。座面の前部の裏側には、四角柱のような見た目をした脚が、二本、取りつけられていた。

 シートの前には、ディスプレイが設けられていた。今、それには、バトルフィールドが映し出されていた。深い藍色をした宇宙空間の中を、プレイヤーの操縦する宇宙戦闘機が飛んでいる。画面の隅には、HPや、ミニマップ、撃破すべき敵戦闘機の数などが、表示されていた。

 どう見ても、ゲームステージの真っ最中だった。おそらくは、皇二が、メンテナンスのために、このような状態にしたのだろう。

 ディスプレイの下には、コントロールパネルが設けられていた。そこには、機体の向きを変えるためのスティックや、エネルギーを充填するためのレバー、必殺技を繰り出すためのボタンなどが、取りつけられていた。

 メダルは、シートの前あたりに落ちていた。雀雄は、それ目指して、通路を進み始めた。

 通路の右側には、コックピットの上に、工具箱が置かれていた。蓋は、開けられたままになっている。中には、ハンマーだのカッターナイフだのが入っていた。皇二が、メンテナンスにおいて、使っていたのだろう。

 しばらくして、雀雄は、シートの前に着いた。メダルを拾おうとして、腰を屈める。

 直後、ががががが、という音が鳴り響き、コックピットが、激しく振動した。

「うわあ?!」

 雀雄は思わず、間抜けな声を上げた。がしっ、と、通路の右側の壁に、両手で掴まることにより、すんでのところで、こけるのを免れた。振動は、四秒ほどで収まった。

「いったい、何だってんだ……」

 雀雄は、辺りを、きょろきょろ、と見回した。ディスプレイに、視線を遣る。

 そこに映し出されているバトルフィールドの、奥のほうに、敵戦闘機がいた。そいつは、プレイヤーの戦闘機に向かって、ビームらしき物を撃ってきていた。それを食らった時の演出として、コックピットが振動したに違いなかった。

「まったく……」

 雀雄は、壁から離れて、通路に立った。そこで、右手に持っていたはずの布袋が、なくなっていることに気づいた。

 ぎょっ、として、辺りに、きょろきょろ、と視線を向ける。それでも、見つからなかったので、通路の端、踏み台が設置されている側に行った。

 そこで、布袋を発見できた。それは、踏み台の横にあった。

 さきほど、雀雄が壁に掴まった時、思わず、右手を離して、床に落としてしまったのだろう。その後、コックピットの激しい振動により、独りでに移動して、最終的には、通路の端から落ちた、というわけだ。

 わざわざ取りに行くのも、面倒に思えた。どうせ、メダルを拾った後は、フロアに戻るんだ。コックピットを降りるのは、メダルを回収してからにしよう。

 雀雄は、そう結論づけると、くるり、と後ろを振り返った。目当ての物は、通路の端、踏み台が置かれているほうとは反対側にあった。布袋と同じで、さきほど、コックピットが激しく振動したせいで、独りでに移動してしまったに違いなかった。

 雀雄は、はあ、と溜め息を吐くと、あらためて、通路を進んだ。到着すると、左手で、メダルを摘まんで、拾い上げる。

 ぐんっ、と、全身が床に向かって押しつけられた。体が重たくなったわけではない、コックピットが急激に上昇しているのだ。そう気づくのに、大して時間はかからなかった。

 コックピットは、半秒もしないうちに、二メートルほど上昇した。そこで、ぴたっ、と、それまでとは打って変わって、完全に停止した。

 雀雄の体が、慣性の法則に従って、床を離れ、真上へと吹っ飛んだ。

「のわ……!」

 雀雄は思わず、そんな声を上げた。手足を、じたばたせる。吹っ飛んでいる間に、体が、やや前傾した。

 数瞬後、背中に、どしん、という衝撃と、どむん、という鈍痛を受けた。天井にぶつかったのだ。

「ぐっ!」

 短い呻き声が、喉から押し出された。それから今度は、落下し始めた。

「クソ……!」

 数秒後、雀雄は、どがん、と、コックピットの通路に、俯せに寝そべるような格好で、ぶつかった。そこは、踏み台が置かれているほうとは反対側の端あたりだった。頭は、シートのある方向を向いていた。

「いてて……」彼は、その場で四つん這いになった。「まったく、酷い目に遭った……」

 そこで、床についている左掌から、メダルがなくなっていることに気がついた。きょろきょろ、と辺りに視線を遣る。

 さいわいにも、すぐに見つけることができた。それは、シートの座面の前部に取りつけられている脚の、すぐ横に落ちていた。二本ある脚のうち、手前側に位置しているほうだ。

 雀雄は、そこへ移動するために、立ち上がろうとした。

 がっくん、と、コックピットが大きく手前に傾いた。通路が、勾配五十度強の上り坂と化した。

「うわ、うわ、うわ……!」

 雀雄は、ずるずるずる、と床を滑っていった。メダルは、シートに付いている脚の根元の側面に引っかかっていた。

 やがて、彼は、通路の端に達し、すぐに、それすらも越えていった。下半身が、宙に、ぶらん、と、ぶら下がり始めた。

「クソが……!」雀雄は、滑っていく体を止めようとして、必死に、両腕をばたつかせた。

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